連載
 

スギダラな人々探訪/第49回 「生物材料工学研究室 小幡谷英一さん その3」

文/ 千代田健一
  杉を愛してやまない人びとを、日本各地に訪ねます。どんな杉好きが待ち受けているでしょう。
 
*小幡谷さんの第1回目(全3回) 「木は見た目である」はこちら
  *小幡谷さんの第2回目(全3回) 「軽い材料ほど強い」はこちら
   
 

先月号に引き続き、筑波大学生命環境科学研究科准教授の小幡谷英一(オバタヤエイイチ)さんの記事の最終回です。 →http://www.sakura.cc.tsukuba.ac.jp/~obataya/

  第3回のトピックは「本当にリサイクル?」です。 リサイクルできるものは本当に環境に優しいのか? 一概には言えないようです。材料学者の立場から木材の環境性能の良さと木材利用の奨めをわかりやすく解説していただきました。
   
 
   
 

「本当にリサイクル? 〜PETボトルから木材利用を考える〜

 
  小幡谷 英一 (筑波大学生命環境科学研究科准教授)
   
  最近、リサイクルという言葉をあちこちで見聞きします。スーパーの店頭に置かれたPETボトルの「リサイクル回収箱」はいつもいっぱいです。私たちは、PETボトルをこの箱に投げ入れることで、何かしら
  「地球に優しい」ことをしたような気になります。でもそれで本当に環境が改善されるのでしょうか?それは本当に資源の節約につながっているのでしょうか?そもそもこれは本当に「リサイクル」なのでしょうか?
 
 
 
PETボトルであふれた「リサイクル回収箱」
   
  リサイクルは「再循環」という意味です。回収と再生を繰り返しながら同じ用途に何度も使われる、それがリサイクルです。たとえば、回収された紙は再生紙の原料に、回収されたガラス瓶はガラス瓶の原料に、回収されたアルミ缶はアルミ缶の原料になります。一方、回収されたPETボトルのほとんどが元の姿には戻りません。一部が樹脂原料になる以外は「サーマルリサイクル」と称して燃やされています。にも関わらず、多くの人が「PETボトルはリサイクル可能」と思っていますし、「PETボトルをリサイクル回収箱に投入する→STOP地球温暖化」と信じている人もいます。
   
  そもそもPET(ポリエチレンテレフタレート)は、石油から作られる合成樹脂であり、その製造から廃棄に至る全ての過程で大量の二酸化炭素を排出します。その意味で、PETボトルは「環境に優しくない」ボトルです。「PETボトルをリサイクル回収箱に投入する=環境に優しい」という考え方は、「ハイブリッドカーで100m先のコンビニに買い物に行く=環境に優しい」という考え方に似ています。PETボトルを回収箱に投げ入れることで、可燃ゴミを多少減らせるかもしれませんが、少なくともPETボトルは「循環」しません。資源の節約や地球温暖化の抑止に貢献したいなら、やるべきことはPETボトルを回収箱に投げ入れることではなく、PETボトル飲料を買わないことです。ところが実際には、PETボトルの回収箱に「リサイクル」と書かれているせいで、PETボトルがあたかも環境に優しいボトルであるかのように誤解されています。リサイクルという言葉によって、石油製品の消費量が増加し、その回収と処分に多くのエネルギーが消費されるのでは、本末転倒です。
   
  木材はどうでしょう。リサイクル可能な材料でしょうか。答えはNoです。木材は、金属やガラスのように溶かして再生することができませんから、いったんバラバラにしてしまうと元には戻せません。では木材は環境に優しくない材料か、というとそうでもありません。木材を構成する炭素は、生育過程で大気中から吸収した二酸化炭素に由来しますから、木材を燃やしても大気中の二酸化炭素濃度を増加させません(このような性質はカーボンニュートラルと呼ばれています)。また、加工時のエネルギーも他の人工材料に比べて少なくてすみます。さらに、計画的に植林すれば、石油と違って枯渇しません。木材はリサイクルできませんが、それでも文句なしに「環境に優しい」材料なのです。
   
  木材の環境性能を活かすには、使う順番が重要です。いくら「カーボンニュートラル」だと言っても、数十年かけて育った木材を一瞬で燃やしてしまったのではいくら植林しても追いつきません。
   
  ですから、たとえば30年かけて育った木は、少なくとも30年は使い続けたいものです。そのためには、まず木材をできるだけそのままの形で住宅などに使い、寿命が尽きたら集成材や繊維板に加工して家具や建材に利用し、さらにバラバラにして紙の原料にし、最後は燃料としてエネルギーに変換する、という流れが必要です。このような流れは、「階段状に水の落ちる滝(カスケード)」に似ていることから「カスケード利用」と呼ばれています。
  ここで心配なのが「リサイクル」や「カーボンニュートラル」という言葉です。PETボトルの話を思い出してください。本来リサイクルできないPETボトルを、リサイクルと称して回収することは、PETボトルの消費量を増加させるだけで、環境を守ることにはつながりません。同様に、本来リサイクルできない木材を「リサイクルすればいいから」と短期間で使い捨て、「カーボンニュートラルだから」という理由でどんどん燃やしてしまったら、木材本来の環境性能は活かせません。木材は、単に大量に使えばいいというものではなく、できるだけ「長く」使う必要があります。そこで私は、今後目指すべき木材利用を、recycleやcarbon neutralといった誤解を招きかねない外来語ではなく、私たちが慣れ親しんだ日本語で表現したいと思います。
   
 

1.使い回す

  英語で言えばリユース(reuse)です。たとえば住宅解体の際、いきなりバラバラに粉砕するのではなくできるだけ丁寧に解体し、寸法の大きな構造材を回収して、別の住宅や家具などに再利用するのです江戸時代まではごく普通に行われていたことです。
   
 

2.使い倒す

  使い回すうちに細かくなってしまった木材を、パーティクルボードや紙などの原料として利用します。先に述べた「カスケード利用」に当たります。
   
 

3.使い尽くす

  徹底的に使い倒し、材料として再生できないほど細かくなってしまったら、燃料としてエネルギーに変換します。
   
 
このうち、「使い倒す」については既にかなり工業化されており、住宅や家具の解体材(木質廃棄物)を原料に、多くの木質材料が製造されています。今後はそれらの木質廃棄物(=資源)をいかに効率よく安定して回収するかが課題です。一方、「使い回す」については、古民家の再生といった特殊な状況を除くと、まだまだ一般的ではありません。解体のしやすさを考慮に入れた住宅の設計や、再生材(解体材、古材)の流通を商業的に成立させるための仕組み作りが必要です。また「使い尽くす」についても、大きな流れにはなっていません。最近、木材からバイオエタノールを作ろうとする試みが各所で行われていますが、木材に含まれる炭素や水素を無駄なく使うという意味では、新たなエネルギーを投入してエタノールに変換するよりも、扱いやすいペレット状にして直接燃やした方が無駄がないように思います。いずれにせよ、30年かけて育った木は、30年かけて使い尽くす必要があります。30年かけて育った木をエタノールに変換し、一瞬で燃やしてしまったのでは地球温暖化の抑止にはつながりません。
   
  結局のところ、我々消費者にできることは、多少高価でも愛着を持って使い続けられる木製品を選び、「修理しながら」「極力長く使う」ことです。また、木製品を作る人には、「木材は環境に優しい」というキャッチフレーズに甘えることなく、愛着を持って長く使われるような製品を作って頂きたいと思います。
   
 
   
  工業製品の製造に関わっているボクにとっても、改めて考え直さねばならないテーマであると感じました。自動車や家電製品に代表される工業製品にはコストを抑えたり、設計の自由度を確保するためにPETやABS、PP等様々な樹脂が多用されていますが、生産者がやっている環境への取り組みとしてはせいぜい、それらの材料を分別して回収し、中にはリサイクル(再循環)させたり、他の用途に変換したりしている訳ですが、そういった材料においても使い回す、使い倒す、使い尽くす、という小幡谷さんの3つの奨めの考え方が適応できるのではないかと思いました。本文の最後、「木材は環境に優しい」というキャッチフレーズに甘えることなく・・・というくだりはスギダラな人々対するメッセージでもありますね。小幡谷さん、3回に分けてとてもわかりやすく書いていただきありがとうございました。(ち)
   
   
   
  ●<ちよだ・けんいち> インハウス・インテリアデザイナー
株式会社パワープレイス所属。 日本全国スギダラケ倶楽部 本部広報宣伝部長
『スギダラな人々探訪』web単行本:http://www.m-sugi.com/books/books_chiyo.htm
『スギダラな人々探訪2』web単行本:http://www.m-sugi.com/books/books_chiyo2.htm
   
 
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