特集 酒と杉 

 
サケとスギ
文/ 武田光史
 
 
   

建築の仕事をしていて良かったーと思うのは、色んな所で、色んな人と、色んな物が食べれることだ。僕はその土地で収穫されたものを、体に採り入れた方が、より深くその環境を理解出来る、と信じている。新潟だったらカニやノド黒と地酒、今旬の宮崎だったら地鶏と焼酎だろう。宮崎でサケと言ったら焼酎のことを指す。鹿児島は芋、熊本は米、沖繩はタイ米など、それぞれの焼酎は一種類の原料に徹しているが、宮崎は米、麦、芋、蕎麦、栗など何でもありで、実におおらかで多種多彩である。そんな焼酎屋の一つに高鍋の黒木本店がある。『百年の孤独』と言う麦焼酎で有名だが、芋でも米でも素晴らしい焼酎の作り手である。

   
 

10年ほど前、九州山脈の杉林に囲まれた小さな盆地のような場所に『尾鈴山蒸留所』を建設する時から黒木さんとのつき合いが始まった。焼酎にもテロワールが必要だ、と彼は言う。その土地ならではの風味と風合いは、そこの土壌で育った素材からしか出来ない。地元の農家に委託して作物を作ってもらうだけは飽き足らず、遂には、自ら農業まで始めてしまった。そんな訳だから、建物も地場産の杉を、ふんだんに使ったものになる。杉に包まれた、薄暗く静かな空間で、麹と酵母は昼夜を問わず、一心不乱に、不平も言わず、無給で働いている。

   
   
  尾鈴山蒸留所外観。 上から臨む。   尾鈴山蒸留所外観。
 
  尾鈴山蒸留所内観。 昨年、カメ醸造(この写真)から木樽醸造に切り替えた。
   
 

以前、蒸留所の貯水タンクを木製にする提案をしたことがあった。ニューヨークのビルの屋上には無数の木樽の給水塔が乗っている。年間50度以上の気温差のある過酷な都市で、市民の水を支えているのだから、性能が悪いはずが無い。調べて見ると、熱伝導率が低いので結露しないし水温の変化が少ない、錆びない、底が平らで掃除がしやすいなど、利点が多い。焼酎は純度ほぼ100%のアルコールを水で割って、度数を決定してから製品になるので、水の質はとても大切だ。2年前に高鍋の工場は、仕上げの割り水の貯水槽を木に換えた。木槽は一般的には米ヒバで作るが、宮崎には飫肥杉という、うってつけの杉がある。水に強くて耐久性があり、昔は造船にも使った。樽になるために生まれた木と言っても過言ではない、とあまり自信はないけれど思う。小野寺さんだったら、橋になるために生まれた、って断言しそうだ(月刊杉02〜04号/油津木橋記その1その2その3その4参照ください)。厚さ8cmの台形の杉の角材を、柱のように並べてステンレス丸鋼のタガで締め、直径2.8m,高さ3mの円柱の木樽が完成した。西日を受けながら工場の前に堂々と立ち、ピュアウォーターをしっかり守っているその姿は、とても頼もしい。美味い焼酎に成るぞ、とヴィジュアルに実感出来るのも嬉しい。

風景、風土、風味を合せて三風と言う。楽しい場所で、楽しい人達と、美味しいものを食べていると、風土と風味が風景の奥行きを深め、陰影を濃くするんだなー、と宿酔の頭でしみじみ思う。

   
 
  高鍋の黒木本店
   
   
 
 
  ●<たけだ・こうじ> 建築家。日本工業大学教授
   
   
   
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