特集 秋田杉恋プロジェクト&第二回スギダラ全国大会

   
審査員 
 
 
  再び秋田を訪れる頃に
  文/武田光史
   
   ひさしぶりに秋田の山並みを見ながら、やっぱり東北の山々は穏やかで優しいシルエットだな〜、と思う。昨年の初夏、青森から岩手、宮城と車で南下したときも、東北の新緑の風景の美しさに心を打たれた。秋田の山を眺めたのは『窓山』以来だが、加藤さんや応援の学生など懐かしい元気な顔に会えたのもうれしかった。
   
  杉恋コンペの実物を見て、デザイナーのプレゼンを聞いて、入賞を決めるのが目的で秋田を訪れたのだが、出来上がった作品の精度の高さにまず驚いた。紙の上の2次元の提案が杉を使った3次元の実物大で置いてあるのだが、制作者の熱意がこもっていて、提案を上回るほどの魅力ある出来映えでもあった。それに菅原先生のお人柄なのだろう、熱心な学生達やOBがイベントを献身的に支えているのも心強かった。
   
  再度秋田を訪問するときは、沢山の『ワンちゃん』や『祭りかざり』が杉の香りと一緒に、駅や空港でお迎えしてくれたら、どんなに楽しいだろう。そういえば、加藤さんが窓山に食堂を作りたい、とおっしゃっていた。蕎麦が中心でジュンサイや土地の食材を使った料理を出したいそうだ。そうなったら秋田に出かける楽しみが何倍にも大きくなることだろう。あ〜、一杯やりたくなった。あれほど、あれほど呑んだのに・・・
   
 
  カマクラフォリーでくつろぐ武田先生
   
  武田 光史<たけだ・こうじ> 武田光史建築デザイン設計事務所 代表
   
   
 
  杉恋、その前の窓山
  文/小野寺 康
   
  「杉恋」は、宮崎の「杉コレクション」の熱さとも違う、これが秋田らしさなのか、清々しくも温かいイベントになりました。 景観コンペの審査員をさせてもらいましたが、驚かされたのは作品の出来栄えです。実に丁寧な仕事は、やはり秋田の風土性でしょう。残念ながら入選者の中に秋田の人は少なかったけれど、紛れもなく秋田ならではのコンペになったのは、加工職人の志の高さと技術の確かさのおかげでした。
   
  最後の全体ディスカッションもまた、文字通り全国からスギダラメンバーが集結してくれたため、これも賑やかで盛りだくさんのセッションになりました。カラオケバーならぬ、杉の棺桶を囲みながらのカンオケバーもくつろいだ雰囲気で気持ち良かった(カンオケなのに)。 しかし、そんな和やかな一日の中で、時折ちらちら網膜の記憶にかぶる風景がありました。
   
  ――窓山です。
  窓山再生ワークショップ&デザイン会議。
   
  平成20年の秋に催されたそれは、もはや滅んだに等しい、限界集落である能代市二ツ井町の窓山集落をデザインで救えるかという、誰も答えなぞ持ち得ない、絶望的な命題を掲げつつ、とにかくその地に集まり、顔を合わせて笑って酒を飲み交わすところから何かが始まるのではないかという、無謀かつ不思議なワークショップでした。もちろん何の結論も出なかったけれど、澄み切った窓山の空の下でゆっくりと交わされた会話とその光景は、一生忘れ得ないのではないかという強い印象をもたらしてくれました。
   
 
  あのとき、何かがそこから始まった。 窓山再生の妙案も結論も何も出なかった。でも、大きな収穫はあった。 ――人は、つながるのだ、ということ。 それが、今回の杉恋に続いている。そんな気がします。

今回の杉恋プロジェクトには、希望と夢が満ちていました。決してメルヘンではない、デザインの技術によって裏打ちされた確かなそれを、とにかく秋田の地に刻んでみるか、やはり酒飲んで笑いながら。そんな気持ちのいい時間は、窓山からずっと続いてきているように思えたのです。 きっと、またつながった。だから、また続く――きっと。
中々な小野寺さん    
 
  3次会でも熱く語る小野寺さん
   
  小野寺 康<おのでら・やすし> 小野寺康都市設計事務所 代表
   
   
 
  杉に恋し、秋田に恋した
  文/南雲勝志
   
  杉恋が終わった。 二日間、いや三日間にわたり杉に恋し、秋田に恋した。
   
  菅原香織の無謀な計画であったことは間違いない。 しかし、0と1では大きく違う。とにかく一歩踏み出したい、とにかく秋田から発信したい。 そんな思いは誰でももっていいはず。 杉コレはすばらしい、だけど杉コレレベルの事はそんなに簡単には出来ない。 じゃあ、まず始められるところから始めよう! 無理ない範囲で出来るところから・・・
   
  結果はどうだったか、無理がたたって入院、おまけに協賛金は思うように集まらない。 無理無理ダラケの無理ダラだった・・・ だけど菅原香織の選択は間違ってなかった、と思う。 ただし、その背景に杉ダラという仲間がいたからこそ出来た。 篠原先生、川上先生、武田先生始め、日南、吉野、福岡、東京、本部支部を含め全国の仲間が応援した。参加できなくとも応援した沢山の仲間がいた。
   
  若ちゃんとも長いこと話した。 何が正しく、何が間違っているかよく分からない。 やり方も正しかったかどうかも分からない。 でも絶対正しいなんてないんだし、やろうと思ったらやればいい。 人に迷惑かけたっていいかも。
   
  今地方が元気にならなければ日本の未来はないという。 地方が元気になること、それは地方そのものを応援するというより、そこに住む「人」を応援するのではないだろうか?
   
  秋田を応援した「人」は秋田の「人」を応援した。 いや、もしかして秋田を見て、自分に置き換えて頑張ろうと思ったかもしれない。 僕もそうだったように思う。 そして結果、僕らはまた多くの秋田の人を好きになり、秋田を好きになった人を好きになった。
   
  杉に恋して秋田を恋す。いいキャッチフレーズだったと思う。
   
  菅原さん始め、秋田側で頑張りきった皆さん、本当にお疲れ様でした。 そして秋田を応援したすべての皆さん、これに懲りずまたやろうね!
   
  だれも懲りてないか。(笑)
   
 
  帰りの新幹線まで広場で飲む
   
  南雲 勝志<なぐも・かつし> ナグモデザイン 代表
   
   
   
   
 
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