JR九州/大分支社 地場産木造オフィス大作戦
  JR九州スギダラ支社への道 設計編
文/図 小林健一
 
 
 
  パワープレイスの小林です。 月刊杉に文章を書かせていただくのは2006年、内田みえさんの「ウチダラオフィス奮闘記」以来6年ぶりで、登場する機会はほとんどありませんでしたが、内田洋行と組んで地道に全国のスギダラ計画を実行しているインテリアデザイナーです。 今回はJR九州スギダラ支社計画でのデザインを担当しましたので、コンセプトの策定や設計での問題点など、その紆余曲折、山あり谷ありの話を書いてみたいと思います。
   
  スギダラ支社への蹴りだし、コンセプト作成とJR九州への提案
   
  事の始めは2010年、一昨年の10月末頃だった。 「おい! コバ、津高の親分が今度、大分駅の高架下に支社オフィスをつくるから何か杉を使った仕掛けをしたい、相談にのってほしい、と言っているぜ!!」 と、なんとも漠然とした指令が若杉から下った。それから間もなく 「おい!千代ちゃんから資料が送られてくるぞ、11月頭には現場下見に行くからそれまでに何か考えて、提案資料つくるぞ!! 今度は建築だぞ! いよいよ建築デザインするぞ!!」 と、さらに傍若無人な指示であった。
   
  送られてきたのは都市計画図のような縮尺の配置計画図と建築平面図、オフィス棟のデスクのレイアウトがされた基本計画レベルの図面と幾枚かの写真、とにかく大規模な計画だった。 はっきり言うといままでオフィスを中心としたインテリアの仕事をしてきたので土木にも近い建築のスケールの違いに戸惑い、何とも手のつけようが無いというのが最初の印象であり、さらに杉を使ってということになると、うーんどうしたものか??とうなってしまった。内装の仕上げに杉を使うだけでは何も面白くも何ともないなというのは若杉、千代田、小林の共通の認識だった。
   
  しばらくの間、鉄道の高架下、鉄道のコウカシタ、テツドウノコウカシタ・・・・ 念仏のように唱えながらあれこれ考えていた。そして、鉄道高架の橋脚ってそうとう太いよな〜そりゃあれだけの重量物を長い間安全に支え続ける構造だからかなり頑強に造られているのだろう、、、この下にもう1つ自立する建築を建てるのは何か無駄というか、もったいない気がしてならなかった。いっそのこと橋脚を構造体と見なして内装の壁を作るような構成に出来ないだろうか、という思いに至った。 そして、若杉と事前打合せ。橋脚を構造体(=スケルトン)と見立てその中に木造の箱(=インフィル)をはめ込む、って感じで、いつも自分たちがやっている手法「スケルトン&インフィル」という考えでいったらどうっすか?と話すと「おう、それだ、それ!!」と一気に盛り上がり、 「Railway Skeleton & Wood Container Infill」というなんとも強引なコンセプトが出来上がった。
   
  ここで若杉はすかさず、この木造部分は当然地元大分産の杉でやる。その場合大分での協力者が必要だろうと読み、早速海野さんに志村製材の三宮さんという強力な助っ人を紹介してもらい仲間に引き入れてしまった。さらに、木造のしかも建築の話になれば自分たちだけでは役不足だと感じると東大の腰原さんに声をかけ「大分でJRと一緒におもしろいことやるから一緒にきませんか?」とろくに説明もせずに一緒に現場を下見することを約束してしまい仲間にしてしまった。まるで海賊王になりたい「ルフィ」のようだ・・・ と思いつつも、この状況をみる眼力と判断力、行動力はさすがだと感心してた。そして後々、この二人はこのプロジェクトでは大事な役割を担う重要な登場人物になっていくのだった。 (三宮さんと腰原さんの詳細の話はそれぞれの記事をご覧ください)
   
  こうしてコンセプトの方向性は定まり、最初の蹴りだしをする提案書を作成して下見当日を迎えた。11月7日 日曜日にもかかわらず、JR九州の福田さん、ジェイアール九州コンサルタンツ(以下コンサルとさせていただきます)の方々と我々内田洋行チームは若杉、千代田、腰原さん、小林の四名で参加した。昼過ぎから現状の支社オフィス、工事途中の新しい大分駅を見学しながら、ほぼ完成している高架構造体下の建築予定の現場を見て廻った。このときに始めて今後の様々な苦楽を共にする福田さんと会うのであった。 現場はというとやはりでかい、想像以上に・・・いつもの現場とは勝手が違うなと思いつつ、今回の提案受け入れられるのかという一抹の不安がよぎるのであった。 現場の視察に皆夢中になり、昼食も取らずに気づけば夕方近くになっていた。駅北口アーケード街のノスタルジックな喫茶店に入り簡単に食事を済ますと、いよいよ今回の提案資料をアイスコーヒーと灰皿の間に配っていった。
   
  このときの提案の内容は前述のとおり コンセプト 「Railway Skeleton & Wood Container Infill」 高架橋脚を構造体(スケルトン)としてその橋脚の間にに木構造のコンテナ(インフィル)を挿入して最後に外側に蓋(カーテンウォール)をしてしまおうという発想。 そのコンテナを地場産の杉材で組み、それらをつなげて、さらに横に穴を開けて連続させることによってオフィスのような大きな空間も実現可能。あくまで内部空間として使用するので木材の劣化は最小限に抑えられる上にカーテンウォールを採光を兼ねたガラスにしてしまえば、外部からも木を感じることができる公共性のある建物になる!! 概ねこのような内容で、この主旨を手書きのスケッチとイメージ写真を見せながら説明をした。
   
 
   
 
  「Railway Skeleton & Wood Container Infill」のコンセプト提案
 
 
橋脚の間にに木構造のコンテナ(インフィル)を挿入   外側に蓋(カーテンウォール)を設置
   
  腰原さんは「構造的に解析すれば十分いけるんじゃないか」とコメント、さらに「ひょっとすると国交省の助成金の対象になるかもしれない」という話。一方JRの福田さんも「非常におもしろいのではないかと思う」 「地場産の木材を使えるのは尚のこといい」とこちらも乗り気になってきていた。そして、ひとしきり議論をし、この案で今後の設計を進めてみようとこととなった。 正直、えっいいの?これで進めてしまって、と思ったがもう後戻りはできない、こうしてスギダラ計画の建築に挑戦することとなった。不安もありながらよーしやるぞ!という気持ちがふつふつと沸いてきた。しかし、数枚のぽんち絵と写真の提案書で設計方針を決めてしまうとはJR九州の懐の深さというか、おそるべし津高親分のチームと思わずにはいられなかった。
   
  課題の山積 基本設計・実施設計
   
  年が明け2011年いよいよ本格的に支社の建築の設計が始まる。基本コンセプトはよく、アイデアは面白く可能性は感じられるが、実際のプランとなると様々な課題が次から次へと上がってくるのは世の常である。なにせ、高架下に木造空間をそして自社のオフィスを木質空間でつくるというはじめての試みなのだから当然である。しかし、この時JR(特に福田さん)の今回のプロジェクトに対して意義を見出してしまった思い入れは並大抵のものでは無く、何とかして課題をクリアして行こうという空気が出来上がっていた。 その課題というと例えば下のようなことがある。
   
 

・構造上の制約
・建築基準法など各種法律の制約
・コストの問題
・音(走行音の内部空間への影響)
・木造部分の変形、見た目の印象 などなど

   
  ひとつひとつ答えを導き出す作業をひたすら続けたのだが、ここでは法的な解釈、構造上の問題、コストの問題について書いてみたいと思う。
   
  まずは構造上の制約。今回は橋脚のスパンが10m以上あり、当初のコンセプト、自立した木造の箱を貫入させる構造にする場合、相当梁のサイズを大きくしないと難しいという腰原さんの回答だった。げ、最初から大きな問題が、、、木構造の部分は大断面集成材などは極力使わずに成るべく住宅などに使用する一般流通材でやろうと考えていた。そこで、梁にあたる部分を何箇所かスラブからサポートして断面積を小さくする方向転換をはかる。柱を挟み込むように大梁を桁方向に設置し、その大梁を小梁でつなぎ部分的にスラブよりサポートするという構成にした。さらに小梁間に構造用合板で水平構面(天井面)をつくって構造的に安定させる。
   
 
  木材基本構成図
   
 
  鳥瞰図
   
  こうすることによって、梁の断面積を抑え経済寸法の材を使うとともにスパンの短い高架の場合は自立する構造も可能という展開性、発展性をもたせるように考えた。(くわしくは腰原さんの記事をご覧ください)
   
  次に、法的な制約はいかに不燃処理などの特殊加工をせずに一般流通材を用いて施工することができかどうかということが大きな課題であった。 これを建築は主要構造部をRC造の橋脚とその周囲をカーテンウォールで囲った結果できる大空間(ワンルーム)でとして捉え、内部空間の木構造はあくまでインフィルであり、単なる間仕切り壁という考え方で解いた。あとは内装制限の制約だが、階数が1の場合1500u以下の防火区画をすることによって制限がかからずこの問題を解いた。これら構造、法的な解は腰原さんが導きだしてくれた。早速メンバーのチーム力が発揮される。何よりも始めての挑戦でメンバーが大丈夫なのか?本当にいけるのか?という不安になる時に腰原さんの説明で空気がガラッと変わり「よしっ!行こう」という雰囲気になる瞬間が何度もあった。
   
  さらに、理想の前に立ちはだかるのは「予算」という非情な現実で、今回のプロジェクトでもその例を免れなかった。JRの自社施設の建築予算は標準仕様が決まっておりそれほど潤沢な予算があるわけではなく、オフィスの内装なども軽鉄の下地にプラスターボード+クロス貼りというきわめてオーソドックスな仕様でしか考えられていなかった。いくら地場産の木材を使うといってもこれら大量生産工業製品群にはコスト的に太刀打ちできるものではなく、前にも述べているように経済寸法と特殊加工をしない一般流通材を使用することでコストを抑える工夫を繰り返した。ただ、構造用合板などをそのまま使用することによって荒さや粗野な感じがあまりにも際立たないよう、三宮さんの協力を得て、素材の選びかたや塗装の仕方など何度もサンプルで確認しながら吟味をしていった。 こうして様々な課題をひとつひとつクリアしながら設計は基本設計を経て実施設計へと駒を進めていくのであった。
   
  設計を進めていく上で課題これだけではなかった。ファサードのデザインや収まり、入居者側の要求事項など大小様々な変更、検討事項があった。基本設計・実施設計を担当してくれるコンサルと日本設計と幾度と無くデザイン、仕様の議論を繰り返し、何度も何度もカーテンウォールの高さやサッシュの割付、照明計画の考え方やエントランスの収まりのデザインなどの打合せを続けてきた。時には意見の対立もあり、難しい判断を下さなければならないことの連続であった。
   
  その中で福田さんはコンサルと内田チームの間に入り双方の意見をまとめたり、説得したりする役を演じてくれたのだった。それだけではないだろう、自分たちの知らないところで社内の様々の部署との調整など気の遠くなるような話し合いを続けてくれたのだった。一方、内田チームはこの若きリーダーが今回のプロジェクトを何とか完遂して欲しいという思いで、当初の思想からできるだけぶれないように設計を進めていった。どんなに多くの課題が立ちはだかろうとも「とにかく圧倒的なクオリティと量のデザインを出し続けるんだ!!」と若杉から発破を掛けられながら、TDCのメンバー、テラダデザインという外部の建築家も巻き込みながら CG、ムービー、模型などのアウトプットをひたすら出しつづけていった。もう総力戦である。
   
 
  完成イメージパース(外観)
   
 
  完成イメージパース(エントランス)
   
 
  テラダデザイン作の模型
   
  こうして年明けから始まった設計は様々の苦難を乗り越え6月に実施設計までを完了し、その後の工事入札、現場施工というフェーズに移っていった。残念ながら設計監理の業務は請け負うことが出来ずに事実上現場を離れることになったが、何度か、福田さんからここの収まりが変わった!、とか、ここの色が!という連絡があり、様々な調整で東奔西走している福田さんに微力ながら力を貸すことをだけは続けた。
   
  と、ここまでがこのプロジェクトの事の始まりから、設計段階までの顛末でした。施工ではさらなる問題が山積されていたと思いますが三宮さんの記事をご覧ください。
   
  そしてスギダラ支社竣工
   
  2012年2/27の関係各者向け内覧会でその出来上がった建物の姿を見て感動しました。当初の設計通りにほぼ出来上がっているだけではなく、コンクリートで出来た高架下にこれだけの豊かな空間ができ、それが商業施設ではなくオフィスとして使われる!しかも街に対して開放され、中が見える構造になっている様を見て涙が出そうになりました。よくぞここまで出来たなというJR九州の皆さんへの敬意と、これを仕上げる為に10kgも激痩せしてしまった志村製材三宮さんへの感謝を感じられずにはいられませんでした。
   
  スギダラ支社のプロジェクトはJR九州の津高親分、福田さんをはじめJRの方々、JRコンサル、日本設計、施工を担当してくれた方々が幾多の困難を乗り越え、不屈の精神であきらめず目標に向かって突き進んだ結果だと思います。そのきっかけはスギダラの活動であり、スギダラの地域のために、誰かのために、自ら進んで事を起こすという「おせっかい」の精神の積み重ねだったのではないかと思います。 今回、鉄道高架下に木質空間の建築を建てるという新たな世界に向かっていくメンバーの中で設計者として立っていられることの幸せと責任の重さとそして、自分の甘さを痛感していました。途中で何度か心が折れそうになった時に気持ちを奮い立たせてくれ、感じさせて(勝手に思っているのかもしれませんが)くれた今回の仲間に感謝をしています。そして、これからもこのスギダラ精神をもとにデザインを続けていきます。
   
  今後、スギダラ大分支社が皆さんに愛され長く大切に使われていくことを願うと共に、鉄道高架下の空間が本当に地域で愛される豊かな空間になることを期待します。 そのためにはいつでも駆けつけます!!
   
   
   
   
  ●<こばやし・けんいち> インハウス・インテリアデザイナー
株式会社パワープレイス所属 http://www.powerplace.co.jp/
   
 
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