連載
  杉で仕掛ける/第40回 「杉デザインで心掛けていること 3」
文/ 海野洋光
   
 
 
   杉デザインを売る作業は、結構、しんどい作業です。杉デザインプロジェクトの中で売るという行動が、成功、失敗を決める重要な要素なのですが、誰もそのノウハウを開発していないようでした。学ぼうとしないのです。まあ、デザインで付加価値を上げる木材のプロジェクト自体の成功事例が、極端に少ないのですから仕方がありません。
   
   前号で話をした「見えないモノを見えるようにする」という意味は、一生懸命に見ようとするから見えないのであって「見えないモノは見えない」と割り切ることが肝心ということです。見えないけど確かに存在するということが、理解できれば見えたことになります。空気を例に話をしました。空気は、見えませんが、幟のはためきや枝の揺れで風として空気が存在することが見えます。見えないけど分かるということに気づけば良いのです。
   
   一般消費者に「杉デザインを買ってもらう」パターンを作り出すことは、かなり、しんどい動きです。どうしてでしょうか?様々なことが絡まっているからです。
   
   今まで、何度も話しましたが、江戸時代であれば、木材は、貴重品だったし、木材を素材として何でも作っていました。車、車輪、お椀、タンス、家、橋など木材自体が、オールマイティな素材だったのです。しかし、現代は、鉄、ゴム、プラスチックなど木材に代わる素材は、豊富にあるのですから…。「いまさら、木材はないでしょう」と言うことになってしまいます。価格の問題は、1話で話した通りですし、更に商品のメンテナンス性や耐久性を木材に問われれば、別の素材と比べられれば、もうどうしようもありません。時代の流れが、売り手市場だった時代から、すでに買い手側に移ってしまったのです。
   
   時代の流れが木材の需要を減らしてきたのですから、急激に好転させることは土台無理なのです。それでも、杉デザインを売らなければなりません。売れなければ、全国で沸き起こっている杉デザインプロジェクト自体が、無意味なものになってしまう懸念が私にはあるのです。多くの地方で国産材の動きが活発化してきたことは、良いことなのですが、今までの国産材にかかってきた負荷を撥ね退けるパワーまでには、育っていないと考えるのです。一過性の流行ではない本格的なビジネスの流れにするためにいくつかの障害を超えることのできるテクニックを作り出さなければならないのです。
   
   売る人は、どうしても「ニーズ」を見てしまいがちです。お客さんはモノを購入するために「ニード(Need)必要である」が重要と言う人が、たくさんいます。そこで木材屋さんは、お客さんのニーズをまんべんなく、聞いて、条件に合う木材を探すと外国産材になってしまうのです。国産材が売れていた古き良き時代は、国産材しかありませんでしたから、お客さんは、必ず、国産材を買い、仕方がなく使っていたのです。売り手市場のときは、生産すれば、売れるのですから問題はありませんでしたが、現在は、買い手市場です。お客さんが、必要とするモノを販売しなければ、売れないのです。必要とするモノを見極めると木材は、国産材以外の外国の木材を買う方が都合の良いことになっています。
   
   杉デザインプロジェクトは、木材市場の激戦区の中に切り込んでいこうとするプロジェクトなのですから、かなりの消耗戦です。前号で話した行政の力を頼らなければならないし、役に立たないことも、知っておかなければなりません。主導権はあくまでもプロジェクト自体です。杉デザインを販売するということがプロジェクトに課せられた使命だからです。
   
   杉デザインは、ニーズよりもウォントです。でも、「ウォント(Want)欲しい」って何でしょう??自分に問いかけてみてください。自分がモノを購入するときは、「必要だ」と思って買うのか?「欲しい」と思って買うのか?おそらく、「必要だ」と思って買う人は結構、冷静ではないでしょうか?価格を調べたり、品質や機能を他の商品と比べたりしませんか?「欲しい」と思って購入するモノは、案外、衝動的な買い物が多いと思います。
   
   お客さんは「杉デザインが欲しい」と言ってくれるんだ。でも、買ってくれる人がいないから、プロジェクトが停滞しているんじゃないか!!と言われそうですね。しかし、本当に「欲しい」という杉デザインの販売をしているでしょうか?どこか、他の商品と比べることのできる「必要だ」と言う販売のやり方をしているのではないでしょうか?
   
   今までの杉デザインを買わせるための仕組みが、根本的に間違っていることに気づかなければなりません。価格?確かに安いことに越したことはありません。しかし、「欲しい」と思わせるには、価格よりも大切なことがあります。杉デザインに出会った時の「これだ!!」と言う衝撃体験なのです。また、海杉が、変なことを言っていると思われるかもしれませんが、杉デザインには、他の商品と比べることのできない衝撃体験が必要なのです。
   
   内田洋行の若杉さんが、私に話してくれました。「海野さん。プラスチックの型代っていくらすると思いますか?」「ン百万からン千万ですよ」それを消費者が買える価格に設定すると「ン万個の生産をしなければならないんです。私たちが、展示会に合わせてデザインしても必要な数は、数個だととても怖くてプラスチックはデザインできないんです」これは、大きなヒントでした。プラスチックのような大量生産品でも廉価な価格になるには、初期投資は、かなり大きいということです。初期投資さえ回収すれば、売れば売るほど利益が上がる仕組みになっています。杉デザインをこの仕組みで生産し販売すると無理が出てきます。しかし、オーダーメイドであれば、個数は少なくても、採算が合えば、無理をすることなく利益が確保出来るということになるのです。「受注生産」と呼ばれるシステムです。受注生産は、お客からのオーダー(注文)があり、様々な条件をクリアーして販売となります。そのため、技術力が伴わなければ、商品としての価値が出ません。幸い、都会よりも田舎の方が、杉に関しては技術力があります。杉を扱える職人が残っているからです。「杉材でオーダーするなら宮崎」と言う雰囲気は、出てきたのではないでしょうか?杉コレもそんなところに貢献しているという自負もあります。
   
   もちろん、受注生産体制があっても、販売体制が整っていなければ、ビジネスにはなりませんし、林業者まで儲かるという仕組みには到底なりません。販売数が少なければ、価格を採算が合うラインまで引き上げなければならないのです。多くの杉デザインプロジェクトが、ここでミスを犯してしまします。どうしてもまた「ニーズ」の方を見てしまうのです。例えば、木製プランターを作ろうとすると木材は、デザインの自由度があるようで結構、縛られニーズ(価格・機能・運搬)が先になってしまいどこにでもあるようなものがデザインされてしまいます。杉デザインの一番難しいところは、売ろうとすればするほど、売れなくなるというジレンマになるのです。凝ったデザインは、加工が難しく、価格が高くなります。反対に安くしようとすれば、どこにでもある陳腐なものになってしまいこれも、他の素材製品に負けてしまうのです。
   
   
  試作 日向市駅前のプランターボックス 南雲勝志デザイン
   
   なんだか同じことを何度も繰り返しているようですね。話を整理します。買い手を作るには、買い手に欲しいと言わせなければなりません。そこで普通は買い手のニーズを・・・となるのですが、それでは、様々な問題が生じて、結局は杉デザイン以外のものを選んでしまいます。お客さんを獲得するための条件をクリアーしようとすればするほど、杉デザインは、お客から離れて行ってしまいます。
   
   そこで、お客を見つけることをやめにするのです。お客のニーズに応えることもやめにします。そんなことをしたら??売ろうとせずに買わせる仕組みを作ってあげるのです。欲しいと思わせる杉デザインは、お客に見つけてもらうのです。今は、インターネットの時代です。「検索」を掛ければ、自分の知りたい情報がいくつでも出てきます。お客を探すよりもお客さんが見つけてくれる方が簡単です。私は、鳥居専門店HPを開設して気づいたのですが、「鳥居を欲しい」と言う方が、毎日のように何人もメールや電話をしてきます。そして、驚いたことに「いくらですか?」とビジネスで尋ねてくれるのです!様々なプロジェクトに関わってなんとか杉を売らなければと気負っていましたが、杉デザインで売れるモノ(鳥居)に出会った瞬間「これだ!!」と思いました。もちろん、そこに行きつくまでにいろいろな試行錯誤や失敗があり、遠回りのような、道草もしましたが、どうも、今までのマーケティング感覚ではないものを身につけなければ、杉デザインはビジネスにつながらないことが良くわかったのです。
   
   杉デザインビジネスでは、お客のニーズを想像して杉デザインを生産しても売れるモノに結びつけるには、大変難しいです。それよりもお客に見つけてもらう工夫をし、見つけたお客の満足度を可能な限り引き上げることをすると売り上げが伸びるのです。それが、杉の付加価値を上げ、地方で生産できるメリットにもつながります。当然価格の設定もお客とお交渉から始まりますので採算に合う価格設定ができます。消費者の「欲しい」を杉デザインが叶えるという構図がポイントなのです。
   
  鳥居専門店を開設して気づいたことがいくつかあります。当初は、過疎の集落で若者のいない高齢者の方が、朽ち果てた鳥居を建立するお手伝いができれば…と考えていました。
  しかし、鳥居を依頼する方のほとんどが、企業の総務や管理課の方でした。ビルの屋上の鳥居が腐り始め、どうして良いか?分からなく、インターネットで検索すると「鳥居専門店」がヒットしたということのようです。当初、私が全く狙っていない客層でもありました。こうした、試行錯誤をしなければ、モノは売れないし、経験値は上がってきません。
   
   
  広島のお客さまからの感謝のハガキ     横浜のデパートの屋上の鳥居
   
  買い手の作り方
 
 

売ることをやめる。
お客のニーズに応える製品を開発しない。
お客の必要とするモノをきちんと作る。
お客の満足度を引き上げることに徹する。
製作の技術を常に上げる努力を怠らない。
売る手法の経験値を上げる。

   
   杉デザインを初めて10年が経過しました。いろいろなことに挑戦していますが、まだ、終わりのない戦いに挑んでいるようです。
   
   
   
   
  ●<うみの・ひろみつ>木材コンシェルジュ
ほぼ、毎日更新しています。ブログ「海杉 木材コンシェルジュ」 http://blog.goo.ne.jp/umisugi/
2009年3月31日をもって、日向木の芽会 を卒業しました。
海野建設株式会社 代表取締役 / HN :海杉
『杉で仕掛ける』web単行本:http://www.m-sugi.com/books/books_umi.htm
   
 
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