連載
  杉で仕掛ける/第39回 「杉デザインで心掛けていること 2」
文/ 海野洋光
   
 
 
   前号では、杉デザインの価格の話や生産システムの話をしました。最後には、行政について話しましたが、木材・林業界では、業界のシステム上、どうしても行政を巻き込む形がスタンダードになっています。もっと、行政サイドを知っておかないととんでもないことになるのです。私は、とんでもないことをいつもやっていますが、気にしていません(笑)。気にしていたら、杉のデザインは、いつまで経ってもできないのです。
   
   私にとって、意外だったのが、行政は、利益優先の目標ができないらしいのです。特定の企業の利益につながることを「良」としません。平等主義を必ず貫きます。批判されることを極端に嫌う組織体質なのです。支援するなら「○○組合」などを通してとか、「業界を束ねている組織でないと支援できない」言うことになってしまいます。「○○会議」とか「○×協議会」なるものを作りたがるのも行政です。責任の所在を曖昧にしたがるのでしょうか???私たちは、売れなければ、在庫が増え、経営を圧迫します。そして、会社自体がどうにもならなくなるのです。
   
   私の考える杉デザインは、林業者も木材業者もそして、加工業者も販売者も儲からなければなりません。当然、デザイナーも…。閉塞感のある現在の木材・林業界の経済状況の中では、独自路線で切り拓く先行企業を支援する方が効果は高いのですが、肝心なところは、民間主導のように思えます。何も努力をしていない企業もみんなで手をつないで一緒にゴールしようでは、対応が遅れて一緒に地獄を見るようなものです。確かに未知の分野を切り拓くわけですからリスクはあります。失敗の方が多いかも知れません。しかし、そこで得られた経験や知識をオープンにしていくことによってより質の高いデザインが出来上がると思っています。
   
   杉プロジェクトを始めて、この経験や知識の蓄積を行政側に求めていたのですが、これがどうもうまくいかないのです。行政の担当者は、短い周期で別の方に交代してしまいます。これは、行政内部では、さまざまな課題をキャリアとして積み上げるのには最適なのですが、杉デザインプロジェクトのような長期のプロジェクトには、逆に障害となります。日向市の場合、この点が考慮されていました。この話は、別の機会に書きますが、他に行政の方は、学ぶべきポイントだと思います。
   
   杉のデザインプロジェクトを進めるにあたって、「どうして、融通の利かない行政を巻き込まなければならないの?」と言う声が聞こえそうなのですが、私は、行政排除ではなく、「連携」。これが肝心だと思っています。多額の開発費・設備投資をかけて、企業は研究開発事業や営業を行い、経営を軌道に乗せることを優先します。それには、企業にとって大きなリターンを期待できるからです。しかし、杉を売ろうと考えるのは、必ず「田舎」の地方です。地方で行政の力をサブエンジンにしなければ、長期になってしまう杉デザインプロジェクト自体を組めないし、杉材でハイリターンなど夢の夢なのです。無理かもしれませんが…。地方では、行政が、サポートに徹してもらうことによってプロジェクトが成立するのです。
   
 

 何度も言うようですが、「物販」になると行政能力は、極端に萎縮(無力化)してしまいます。そこで、私は、行政に「物販能力」を頼ることを諦めました。不得意の逆である。行政の得意な「購入」してもらう方法をとったのです。杉デザインを購入してもらい、モデルケースをいくつも作ろうと考えたのです。

 住宅メーカーは、設備投資に高額のモデルハウスを建てて、集客します。それだけ、モデルハウスは、住宅メーカーにとっては重要な投資なのです。誰でも、考えることは一緒ですが、私は、公共物に杉デザインを使ってもらう方法をとったのです。行政の行う「杉デザインの購入」には、大きな錦の御旗があります。「地場産業の育成」です。この御旗なら、行政は動きやすいのです。

 私が考えたのが、いまから、10年前の平成13年に宣言した「日向・入郷を世界の木材都市に!」でした。

日向木の芽会の会誌
   
   この考えで日向市の行政の方と10年間一緒になって取り組んできました。お蔭様で世界の鉄道のデザイン賞であるブルネル賞を日向市駅舎が受賞し、他の受賞等を合わせると15の賞を頂いているそうです。世界の木材都市にふさわしいランドマークが出来上がりました。 日向市駅周辺には、巨大な杉デザインの展示場ができ、今でも増殖中です。
   
  木材使用方法のモデル 日向市駅   日向市駅に設置されたベンチ、日向(ひむか)リング
   
   杉デザインプロジェクトでは、デザインされた杉モノを作り上げるだけでは、ダメなのです。本当は、マーケット(市場)を作り出すことです。行政に「地場産業の育成」でお願いするのは、簡単に言えば、「未来のマーケットを作り」です。
   
   マーケットをつくるという意味は、大きく2つの意味があります。1つは、杉のデザイン市場を構築することです。買う場所(市場)作りです。日向市駅周辺に杉デザインの展示場ができたように(私は勝手にそう思っていますが…)いつでも作品を見ることのできる地元に市場のようなマーケットを作ることができました。地元に展示場を作ることは、行政側でも理解を得やすかったと思います。
   
   2つ目は、杉デザインを購入する人を見つけることです。漠然としすぎて理解できないかもしれません。このポイントは、とても重要です。つい最近まで、『間伐材を利用しよう!』と言うキャッチフレーズが、林業界ではあふれて言いました。今は、『国産材を使おう!』に変化してきています。モノを売るためには、モノを買う人を作り出さなければならないのです。マーケットと言うのは、売り手と買い手がいて、モノが動くことで成立します。杉デザインもまだ、売り手の方が多い状況で、とても、買い手を増やすことをしませんでした。どのようにしたら、購入する人を見つけるかをプロジェクトの中に入れなければ、ならないのです。
   
   私の経営に関わること(商売のコツ)ですから、あまり、表に出しても、平凡で笑われるだけなのですが、謎かけのような話をします。私の商売は、「見えないモノを見せる工夫をすること」を常に考えています。
   
   杉デザインも誰が購入してくれるのかまったく見えません。こんな人が買ってくれるかなあと想像はできます。しかし、本当に想い通りに杉デザインを買ってくれるでしょうか?多分、全国で発生している杉デザインプロジェクトは、「売る」という行動になったとたんストップしているように感じます。みなさん、ここで動かなくなるのです。不思議なことですが、現実です。例えを「空気」にします。プロジェクトの多くのメンバーは、一生懸命、見えない空気を見ようと目を凝らします。双眼鏡を使ったり、顕微鏡を使ったり、時には、光を当てたり…。
   
   見えないモノを見えるようにする工夫とは、どんなことだと思いますか?確かに空気は、まったく見えません。でも、森をみると枝や葉が動いています。確かに見えないけれど、空気は風となって枝葉を動かしていることで空気は、見えるのです。商売も同じようなことを考えれば良いのです。購入者を見つけようとするから、購入者が見えなくなるのです。モノを買ってもらおうと考えると、「欲しいと思わせる」よりも「必要なものを売る」方が絶対に売れます。原点に戻ってみれば良いのです。「杉を売ろう」始めたプロジェクトが、いつの間にか、「プロジェクトを成功させよう」にすり替わっていることがあります。同じようで違います。なんだか、仙人の言葉のようですね。でも、大切なことです。
   
   前号から杉デザインの価格の話や生産システムの話。そして、行政との連携と話してきました。次号は、買い手の作り方です。
   
   
   
   
  ●<うみの・ひろみつ>木材コンシェルジュ
ほぼ、毎日更新しています。ブログ「海杉 木材コンシェルジュ」 http://blog.goo.ne.jp/umisugi/
2009年3月31日をもって、日向木の芽会 を卒業しました。
海野建設株式会社 代表取締役 / HN :海杉
『杉で仕掛ける』web単行本:http://www.m-sugi.com/books/books_umi.htm
   
 
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