特集 銘木と銘酒の町フォーラム
  木のある酒蔵 - 吉野杉の木桶仕込みにかける想い -
文/写真 橋本晃明
   
 
 
  吉野杉の木桶仕込み、60年ぶりの復活。
  蔵内を探すと屋根裏に追いやられた木桶がありました。かつては、さぞかしよい酒を醸していたと思われる古びた杉桶がいまでも数本残っています。
   
  私は、奈良吉野で明治45年より酒造業を営んでおります美吉野醸造株式会社の杜氏で橋本晃明と申します。この度の木桶仕込み復活プロジェクトを酒造りの面からお伝えできればと思います。
   
 
  美吉野醸造株式会社の酒蔵。屋根裏には木桶が眠る。
   
 

酒蔵での木桶からホーロータンク(現代主流の容器)への切り替えの要因には戦後の量産の時代に安全に大量のお酒を醸造することが求められ、メンテナンスが容易で殺菌が簡単に行えるホーロータンクによる酵母菌添加型の安全醸造が酒造りの常識となりました。現代の酒造りでは、いかに簡略化をすすめるかが酒造りの技術革新とされ、アルコール発酵を行う酵母菌も多種多様に発見され添加用に商品化されています。

 
     
         ホーロータンク
   
  そんな時代の中、酵母菌を添加しない山廃仕込みを酒造りの基本方針とし、木桶を復活させようとしている弊蔵の酒造りは、常識とは正反対の事をしている事になります。
   
  しかし、常識外れな酒造りだからこそ表現できる味わいがあり、酒屋万流と言われ蔵それぞれの方針が個性を生み出し、その土地の料理に合うからこそ、地方の造り酒屋が醸す酒が「地酒」と言われる所以であると思います。これからもそんな酒造りを行ってゆきたいと思います。
   
  今回の木桶仕込みでは新桶を使用しており、桶屋さんには「1年目の酒は色も赤いし、飲めたもんじゃない。」と言われており、手探りのなか酒造りをスタートさせました。
結論から言いますと、出来たお酒の結果には正直驚かされました。穏やかな立ち香で、含み香に強すぎず少なすぎない上品な木香が感じられるお酒になり、さらに色が全然赤くならなかったのです。吉野杉の「淡い桜色」と「穏やかな香り」の両方の特徴がマッチしたと思われます。
 
吉野杉の木桶の内部。赤味の色合いが淡い桜色。これぞ吉野杉。
   
 
   
  まずは、酒造りを簡単に説明したいと思います。
純米酒の原材料はとてもシンプルで「米」と「水」で出来ております。シンプルだからこそ原材料の良し悪しがお酒の出来に大きく影響されます。
今回の木桶仕込みでは、とことん地酒にこだわりました。
お米は酒米の王様と言われる「山田錦」を奈良県の米農家さんに契約栽培で丹精込めて作っていただき、仕込み水には吉野大峰山系の伏流水とされる弊蔵の井戸水を使用しております。
   
  簡単に流れを説明すると下記のようになります。
   
 
洗米 → 蒸し → 麹づくり → 酒母づくり → もろみ造り → 搾り → 加熱処理 → 瓶詰 → 出荷
   
 

原材料の次に大切な工程が、酒の骨格となる麹づくりです。麹菌はカビの一種で通称「もやし」と言われ、麹室(こうじむろ)という温度30度前後、湿度60%以上の低温サウナのような部屋で繁殖させます。この部屋の部材にも吉野杉が使用されており、多湿な場所ですので木の調湿作用がおおいに役立っております。

次に麹と水と蒸米を混ぜ合わせて酒母をつくりますが、現代主流の酒母は乳酸・酵母菌を添加してつくる速醸と言われる製法ですが、今回はあえて乳酸・酵母菌を添加せずに蔵に住み着きの菌で育てる山廃仕込みを行いました。
山廃仕込みは日数が通常の3倍かかりますが、自然淘汰でよい酵母菌だけを育てる事ができ、古くから用いられてきた酒造りの製法ですので木桶で酒造りを行っていた時代には、こうした醸造法が主流だったはずです。

 
麹室の中。内部はすべて吉野杉。50年間、一度も貼り替えていません。
   
  いよいよ、木桶に山廃仕込みで造った酒母を移し、3回に分けて麹と水と蒸米を倍々に増やしてゆく三段仕込みを行って「もろみ」を造ります。
   
  が、その前に湯ぶりという殺菌を行っておく事が木桶の場合には必要で、米を蒸す大釜で湯を沸かし、数人で湯をバケツリレーの要領で汲み入れてしばらく熱湯殺菌を行います。今回の木桶は小型のものですが満量で1200リットルも入りますので、非常に時間と体力が必要な作業です。この作業が、ホーロータンクの場合には必要なく作業の短縮となります。
   
  こういった大変な部分もありますが、木桶ならではのメリットもありました。
酒造りのもろみの工程では、温度管理が主な操作となります。酵母菌による発酵と麹菌がつくった酵素による米のでんぷん糖化を同時にかつバランスよく進めるためです。
防腐剤を使用しない酒造りは、従来「寒仕込み」と言われ寒くなる晩秋から春先までの期間に行うことで雑菌防止・発酵による発酵熱の冷却などが行いやすいためといえます。
しかしながら、今年のような冷え込みの激しい年においては、仕込み中期の温度を上げたい時期には困難を要しました。
ホーロータンクは表層部が鉄で内部がガラス素材でコーティングされており熱伝導率が高いため外気温の影響が受けやすく、もろみの温度にも顕著に表れ、冷え込みが続くともろみ温度の低下がみられ、ホーロータンクでの製造の際には、保温マット・あんか(伝熱装置)による保温道具を用意する必要がありました。
木桶においては、もろみ初期・中期ともに保温マットを巻く必要がなく外気温の高低による影響が少なく、品温の上昇と保温効果を実感できました。
今回の仕込みでは山廃仕込みによる個性的なお酒に仕上げる事を前提に温度経過を考えたため、もろみ中期の温度を極力上げる必要があり、特に気温の低い時期には非常に造りやすい容器と言え、まさに微生物が健全に育つための木の家と言えます。
そして、ゆっくり、ゆっくりと発酵が進み、フォーラム前日に搾りを行うことができ当日になんとか間に合いました。
   
   
  湯ぶりの様子。木桶から湯気が立っています。   左が木桶。右がホーロータンク。ホーロータンクは保温マットを巻いている。
   
  このようにして出来上がった山廃仕込み純米酒が「百年杉 木桶仕込み」です。
   
  山廃仕込みならではの酸のしっかりとした力強い酒ながら、穏やかな吉野杉の香りに包まれた優しい口当たりも持ち合わせており、木桶仕込みのナチュラルな味わいを表現できたと思います。さらに熟成が進むにつれ円熟してゆきますので、年数と共にワインのような楽しみ方をしていただきたいと思います。
   
  来年度への心地よいプレッシャーのなか、吉野杉の木桶仕込み、60年ぶりの復活に感無量です。
 
 
「百年杉・木桶仕込み」
   
   
   
   
  ●<はしもと・てるあき> 奈良県吉野町の酒蔵、美吉野醸造株式会社の杜氏。
米のう旨味が伝わる酒造りを目指す。吉野ウッドプロダクト・木のある暮らしを物語る協議会のメンバーとして、吉野杉の木桶仕込み復活に携わる。
   
 
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