連載
  続・つれづれ杉話 (隔月刊) 第16回 「自分でつくる人になる
文/写真 長町美和子
  杉について、モノづくりについて、デザインについて、日常の中で感じたモロモロを語るエッセイ。 
 
今月の一枚
  ※話の内容に関係なく適当な写真をアップするという身勝手なコーナーです。
 
  うちはマンションの3階なのですが、はす向かいの駐車場の車に反射した光が、季節と時間によって思わぬ場所に影をつくります。きれいだな、と眺めていたら、イギリスの作家のガラス器に、制作時の手作業の跡があることに気づきました。直に見るとわからないんですけどね。
   
 
   
  自分でつくる人になる
   
  昨年末、仲間と行った椅子のデザイン展「chair+」で、私と編集者の内田みえさん、グラフィックデザイナーの粟辻美早さんの3人は作品として小さな本をつくって展示販売した(『chair+本』サイレントオフィス刊)。私としては、せっかくモノが生み出されようとしているところに遭遇するのだから、やっぱり書いておかないともったいないな、と思ったのが一つ。もう一つの動機は、本の中にも書いたけれど、メンバーとして一緒にモノづくりに関わりたかったから。デザイナーが発想して、思考して、何をどうつくるか決めていく、まさにデザインが生まれるその瞬間に、同時進行で話を聞きつつ、ちょっと自分の意見も挟んだりして、取材しながらさりげなくモノづくりに参加できたら面白いな、と思ったわけだ。
   
  なんかしらんけど、肩書きが「ライター」となると、取材して書くことだけしか期待されないようで、モノづくりの現場で「あー、ここはこうした方がいいと思うなぁ」とか「ここはちょっとこれじゃ持たないでしょ」とか意見を言っても、たいていの場合は笑ってやり過ごされてしまう。一応、その手の学校も出たんだけどなぁ。長年建築とデザインの世界を見てきた経験と知識を生かして真面目に発言してるつもりなんだけどなぁ。ぼやいたところで開発の実績がなければ相手にされないのだ。
   
  例えば、何か新しいプロジェクトが立ち上がる時、長町さんもぜひ参加してくださいよ、と言われるのは、何か刷り物にコピーを書いてくれ、という話であって、そのプロジェクトの方向性を決める会議に出席して、企画自体に意見を言ったりしても、最終的には「じゃ、さっきの打ち合わせの内容でよろしく」とパンフレットのまとめを依頼されるだけで終わる。私は書記係か!
   
  それはさておき、展覧会で展示販売した本は、出来上がったモノやコトを「結果」として取材して図録的なものにしたわけではなく、作品が出来上がる時に読み物として本も出来ている、というこれまでにない企画だったこともあって、デザイン業界の関係者、編集系の人たちからはなかなか好評だった。また、予算に限りがあってカメラマンに撮影を依頼できなかったので、絵柄はすべてデザイナー本人が用意したものを使ったのだが、それも結果的にはよかった。私がモノづくりに首を突っ込んだように、デザイナーたちは自分の表現として本づくりに参加することができたからだ。6人のデザイナーは自分のページをどう見せるかで互いを意識し、最後の最後までかなり絵柄の差し替えが続いた(彼らは文章よりもビジュアルにこだわる)。
   
  しかし、本をつくったということでメンバー同士自己満足してしまったところが大きく、その内容を展覧会場できちんと伝えることができたか、という点では反省するところが多い。それに、読んでくれればデザイナーの思想も展覧会の目指すところもわかってもらえるはずなのだが、本自体を買ってもらうところまで持っていくのがムズカシイ! いや、モノを買ってもらう、手にとってもらうのがこんなに大変だとは思わなかった。小さくて安いからホイホイ売れるかと思ったら大間違いである。
   
  考えてみれば、これまでの私の「つくる」は文章を書いて編集者に渡すまでで終わっていて、あとは野となれ山となれ、だったのだ。本当にそれを伝えたいと思っていたのか、本当にそれを必要とする人がどれくらいいるのか、それを書くことで本当に自分は喜びを感じていただろうか。この本づくりを通じていろいろ思うところが大きかった。
   
  最近、「何かを考察する」「情報として流す」という形のない仕事ではなく、野菜を育てるように、料理をつくって食べさせるように、布を織って服をつくるように、なんかもっと実のある具体的な生産に携わりたいと強く思う。脳みその肥大した人じゃなくて、もっと身体や五感を使った生活をしていきたい。そういう歳なのかしらねぇ。昔、年寄りはなんで盆栽に凝るのか、リタイヤした人はなぜ畑仕事に興味を持つのか、と母に問いかけたら、「やることがなくなっても本能的に何か育てていたいのよ」と答えたもんだ。
   
  突き詰めて考えていくと、本当につくりたいものは自分の暮らしに役立つもので、それを伝えたいのは身近な人で、必要としているのも身近な人で、暮らしのためのささやかな道具や食べものを生み出す工程にこそ喜びがあるのかもしれないと思えてくる。つまりはその「必要なものを生み出す工程」が「生きる」ということなんだろう、と。
   
  工芸作家の安藤雅信さんと明子さん夫妻の著書にこんな言葉があったのを思い出す。
   
 
  芸術にしろ工芸にしろ、広義において「道具」であり、つくる側、使う側も今一度その存在の動機を確認する必要があります。そうすれば、つくる側と使う側にもっと密接な感情のやりとりが生まれ、消費社会を問い直すきっかけになるはずです。
  『安藤明子の衣生活』ギャルリ百草開廊時の挨拶文より
   
  「存在の動機」。いい言葉である。
   
  自分や家族の暮らしを豊かにするものを他の人にもつくってあげたいと思う気持ち。喜んでもらいたいと思う気持ち。誰かに教えてあげたいと思う気持ち。根本にあるのはそこだよね。うーむ、これからは人のモノづくりに参加するんじゃなくて、自分でつくる人になるぞー。
   
 
   
  *『chair+本』(サイレントオフィス刊)定価500円 好評販売中!
   
  「chair+(チェアプラス)」展は、デザイナー、建築家、編集者、ライター、プロデューサーの10人で結成したグループ「SIDE」によって、2010年12月に六本木のAXISギャラリーで開催されたデザイン展です。何のために、誰のためにつくるのか、どんなシーンで使って欲しい椅子なのか、というデザインのきっかけ、それこそ「存在の動機」を「+(プラス)」の部分で表現しようという、ちょっと変わった展覧会でした。メンバーは、粟辻美早、五十嵐久枝、内田みえ、小泉誠、寺田尚樹、長町美和子、萩原修、藤森泰司、村澤一晃、若杉浩一。そうです、かなりスギダラが入ってます。本には、若杉さんのデザインによるobisugi designの新シリーズ(?)、酒のための椅子「CHOITO IPPAI(ちょいと一杯)」開発物語も載ってます! 1冊からでも購入できますので、ぜひお問い合わせを。 今なら送料無料です!
   
 
 
『chair+本』(サイレントオフィス刊)定価500円    酒のための椅子「CHOITO IPPAI(ちょいと一杯)」
   
  問い合わせ/サイレントオフィス(内田みえ) m-uchida@silent-office.co.jp
   
   
   
   
  ●<ながまち・みわこ> ライター
1965年横浜生まれ。ムサ美の造形学部でインテリアデザインを専攻。
雑誌編集者を経て97年にライターとして独立。
建築、デザイン、 暮らしの垣根を越えて執筆活動を展開中。
特に日本の風土や暮らしが育んだモノやかたちに興味あり。
著書に 『鯨尺の法則』 『欲しかったモノ』 『天の虫 天の糸』(いずれもラトルズ刊)がある。
『つれづれ杉話』web単行本:http://www.m-sugi.com/books/books_komachi.htm
『新・つれづれ杉話』web単行本:http://www.m-sugi.com/books/books_komachi2.htm
恥ずかしながら、ブログをはじめてみました。http://tarazou-zakuro.seesaa.net/
   
 
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