連載
  スギと文学/その30『風林』 春と修羅 宮澤賢治より 1922〜23年
文/写真 石田紀佳
 
 かしはのなかには鳥の巣がない       
    あんまりがさがさ鳴るためだ     
ここは艸があんまり粗く               
とほいそらから空気をすひ              
おもひきり倒れるにてきしない            
そこに水いろによこたはり              
一列生徒らがやすんでゐる              
   (かげはよると亜鉛とから合成される)      
それをうしろに                   
わたくしはこの草にからだを投げる          
月はいましだいに銀のアトムをうしなひ        
かしははせなかをくろくかがめる           
柳沢の杉はなつかしくコロイドよりも         
ぼうずの沼森のむかふには              
騎兵聯隊の灯も澱んでゐる              
《ああおらはあど死んでもい》            
《おら死んでもい》                 
   (それはしよんぼりたつてゐる宮沢か       
    さうでなければ小田島国友           
       向ふの柏木立のうしろの闇が       
       きらきらつといま顫えたのは       
       Egmont Overture にちがひない     
    たれがそんなことを云ったかは         
    わたくしはむしろかんがへないでいい》   
《伝さん しやつつ何枚 三枚着たの》      
せいの高くひとのいい佐藤伝四郎は          
月光の反照のにぶいたそがれのなかに         
しやつのぼたんをはめながら             
きつと口をまげてわらつてゐる            
降つてくるものはよるの微塵や風のかけら       
よこに鉛の針になってながれるものは月光のにぶ    
《ほお おら……》                 
言ひかけてなぜ堀田はやめるのか           
おしまひの声もさびしく反響してゐるし        
さういふことはいへばいい              
   (言はないなら手帳へ書くのだ)       
とし子とし子                    
野原へ来れば                    
また風の中に立てば                 
きつとおまへをおもひだす              
おまへはその巨きな木星のうへに居るのか       
鋼青壮麗の空のむかふ                
  (ああけれどもそのどこかも知れない空間で     
   光の紐やオーケストラがほんたうにあるのか    
   …………此処あ日あ永あがくて          
       一日のうち何時だがもわがらないで……  
   ただひときれのおまへからの通信が        
   いつか汽車のなかでわたくしにとどいただけだ
とし子 わたくしは高く呼んでみやうか        
  《手凍えだ》                   
  《手凍えだ?                   
   俊夫ゆぐ凍えるな                
   こないだもボタンおれさ掛げらせだぢやい》    
俊夫というのはどつちだらう 川村だらうか      
あの青ざめた喜劇の天才[植物医師]の一役者     
わたくしははね起きなければならない         
  《おゝ 俊夫てどつちの俊夫》           
  《川村》                     
やつぱりさうだ                   
月光は柏のむれをうきたたせ             
かしははいちめんさらさらと鳴る
   
   
   
   
  ●<いしだ・のりか> フリーランスキュレ−タ−
1965年京都生まれ、金沢にて小学2年時まで杉の校舎で杉の机と椅子に触れる。
「人と自然とものづくり」をキーワードに「手仕事」を執筆や展覧会企画などで紹介。
近著:「藍から青へ 自然の産物と手工芸」建築資料出版社
草虫暦:http://xusamusi.blog121.fc2.com/
『杉暦』web単行本:http://www.m-sugi.com/books/books_nori.htm
『小さな杉暦』web単行本:http://www.m-sugi.com/books/books_nori2.htm
ソトコト(エスケープルートという2色刷りページ内)「plants and hands 草木と手仕事」連載中
   
 
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