連載
 

いろいろな樹木とその利用/第18回 「トチノキ」 

文/写真 岩井淳治
  杉だけではなく様々な樹木を紹介し、樹木と人との関わりを探るコラム
 
植物を覚えてくるとトチノキとホオノキの葉は遠くからでも見分けられるようになります。またケヤキの樹皮とトチノキの樹皮も老樹になると鱗状に剥げて似てきますが、やはり見分けられます。しかし草本である、トチバニンジンという植物はトチノキの幼樹とそっくりなので迷います。
第18回目は「トチノキ」です。
   
 
   
 
  トチノキの幼樹(平成21年4月19日撮影)
   
  北海道、本州、四国、九州の山地に分布し、5〜6月当年枝に高さ20〜30cmの大きさの目立つ円錐花序をつけ、花には良質の蜜があるので蜂蜜用に利用されます。
葉は対生する大型の掌状複葉で小葉は7枚前後が多く、かつては七葉樹などと書かれていました。秋には栗を一回り大きくしたような種子をつけます。そのままでは苦くて食べられませんが、これを食べられるまでに加工するには大変な手間をかけなければなりません。
そんなトチノキですが、どのように使われてきたのでしょうか。
   
   
  ●トチ餅
  トチノキといえばトチの実でトチの実といえばトチ餅という連想ができるほど有名ですが、トチ餅を食べたことがありますか?
黄〜茶色がかっていて柔らかく、風味がありなかなかおいしいものですが、私は普段食べつけていないので味についてはこれ以上コメントできません。トチ餅好きな方々に聞くと、うまいトチ餅とそうでないものがあるようで、どの辺りに違いがあるのか興味深いところです。
さて、トチ餅は含まれる成分のせいか数日経っても普通の餅のように堅くならず柔らかいままので、冬山に入って獲物を獲るマタギの食料にも重宝されていました。
 
  たくさん実の付いたトチノキ(平成20年8月25日撮影)
   
  ●トチ餅の作り方
  トチの実はサポニン、アロインを含み直接食用にはできません。そのアク抜きの方法には各地に独特の方法がありますが、大体似通っていますので、平均的な方法を紹介します。
 
(1)
採取したトチの実は虫殺しのため、採ってすぐに数日〜1週間ほど水につける。

(2)

その後腐敗防止のため、莚の上で2週間ほど天日乾燥し、カラカラに干し上げる。
(3)
そうして保存しておいたものを、使う際に、1週間ほど水につけて吸水させる。
(4)
お湯に漬け実をあたため剥きやすくし、鬼皮と渋皮を剥く。
(5)
剥いたものはザルや袋に入れ、数日〜1週間、水にさらす。(流水が一番よい)
(6)
鍋でトチの実を30分ほど煮沸する。(この工程をしない場合あり)
(7)
木灰と熱湯をあわせた木灰液の中に煮たトチの実を入れ混ぜ、冷めない状態を保ち一昼夜〜数日置く。

(8)

ひとかけらを洗って食べてみてアクの抜け具合をみる。
(9)
アクが抜けていたら、トチの実を取り出し水洗しながら灰や渋皮を取り除く。
(10)
このトチの実ともち米を一緒に蒸して杵でつき、もちを作る。
   
  現代的な方法も紹介します。(改良トチ粉の製法)
 
(1)
種子を殺虫乾燥する。

(2)

小さく砕き、製粉機にかけ皮を除く。
(3)
できた粉に濃度1%のアルカリ液(炭酸ソーダ液)を注ぎ、その後すすいで乾燥させる。
  この粉は、菓子や水あめ、煎餅に作り、米の代用として使われました。
   
  このように大変な手間がかかるのですが、クリのように手間もかからず、すぐ食べられるものもあるのにどうしてこんなにまでして食べようとしたのでしょうか?
これはトチの実は救荒食としての性質が強く、乾燥貯蔵すれば数十年も持つもので、しかも不作の年があまりない実であったためです。実もおおきいですし、木の実の中では多量の澱粉質が含まれているという特長もあります。
 
  美味しそうなトチの実・・・ですが苦くて直には食べられません(平成21年10月6日撮影)
   
   
  ●語源と方言
  方言名には利用してきた歴史を背景とした重要な情報が詰まっております。
ツルバミ、トチ、ホントチ、ミヤマトチ、ササトチ、クリトチ、エゾトチノキ、オオトチ、オオドチ、トジノキ、トジ、トンジ、トチッポ、トチネンボウ、トツ、トチブノキ、ドングリトチ、トチグリ、クワズノクリ、ダイシグリ、ヤチグワ、コウボウダイシグリ、コウボウダイシクワズノクリ、ウツナ、ウバボウ、クニギ、クヌギ、クノギ、ジザイガシ、シダミ、ジダングリ、ジダンボウ。
(樹木大図説Uから引用。歴史的かなづかいは改めた。)
   
  コウボウダイシという言葉が出てきますが、ある日、栗を煮ていたおばあさんのところに行脚していた弘法大師が通りがかり、栗を所望したところ「これは苦いからダメだ」と断ったため、それ以後苦くなったとの話があります。
   
   
  ●材・葉の利用
  トチノキは大木になり、材にするときれいな光沢もあるため様々に利用されてきました。材は比較的軽軟で粘性弾性に富み、材質は緻密で、加工がしやすい特徴があります。
床柱、磨き床板、違い棚、天井板、門扉、室内扉、腰板、洋家具、裁ち物板、張板、ろくろ細工、お盆、紡績用木管、彫刻材、硯箱、重箱、玩具、合板、キャビネット材、鉛筆。 トチノキ木炭を画用、火薬原料として利用。
葉は、柏餅やちまきを包むのに利用したり、タバコの代用としたとの記述もあります。
樹皮はタンニンを利用してなめし皮用に利用したり、キナ(マラリアの特効薬の原料)の代用薬として用いました。
   
   
  ●薬用に
 
種子
サポニンやアロインを含み苦い。秋に採取し日干しにしておきます。民間薬としては、種を乾かし粉末にして胃病に服用、しもやけに塗り、米飯と混ぜて腫物に貼り付けて利用します。また種の液汁は馬の眼病にきくといわれます。
樹皮
クマリン系物質のフラキシン、エクスリンを含みタンニンも多く含んでいます。夏に採取し日干し保存した樹皮の煎液を、じん麻疹・痔に服用し、水虫に外用します。

春先の若芽の粘液をそのまま利用し、寄生性皮膚病(タムシなど)に塗布します。切り傷や虫刺されには生の葉をもんでつけて利用します。ケンフェノールやクエルセチンを含みます。
なお、新芽には植物病原菌に対し抗菌性をもつ物質を含んでいます。

 
  赤みがかったトチノキの新芽(平成21年4月25日撮影)
   
   
  ●蜜源植物
  このシリーズで蜜原植物として紹介したのは、第14回目のニセアカシア第16回目のクリがありますが、トチノキ蜂蜜はニセアカシア蜂蜜より少し色が濃く特有の風味があります。蜂が蜜をあつめる期間はトチノキの場合6月ごろなので他のものよりやや遅いという特徴もあり、雨が多く、気温が高いと流蜜が多くなります。花は午後2時ごろに最大の蜜を分泌するので、養蜂家はその時期、時間帯をめがけて採蜜します。
しかしトチノキは、花をつけるようになるには30〜40年ほどもかかり、蜜源植物のなかでは大器晩成型です。どこかでトチノキの蜂蜜を見かけた場合は、そういう長い時間をかけて咲いた花だということに思いをはせてみて下さい。
   
   
  ●その他
  トチノキの冬芽は、光沢がある接着剤のような粘液に覆われています。あまりにべたべたしているので、アリなどが捕まっているのを見かけます。
 
  トチノキの冬芽(粘着性の物質に覆われていて、水をはじいています。撮影日不明)
   
   
  【標準和名:トチノキ 学名:Aesculus turbinata Blume.(トチノキ科トチノキ属)】
   
   
   
   
  ●<いわい・じゅんじ> 樹木の利用方法の歴史を調べるうち、民俗学の面白さに目覚め、最近は「植物(樹木)民俗学」の調査がライフワークになりつつある。
『いろいろな樹木とその利用』web単行本:http://www.m-sugi.com/books/books_iwai.htm
   
 
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