連載
 

いろいろな樹木とその利用/第16回 「クリ」 

文/写真 岩井淳治
  杉だけではなく様々な樹木を紹介し、樹木と人との関わりを探るコラム
 
甘党の私は、洒落たケーキ屋さんなどを見かけると、ついふらりと立ち寄ってしまいます。そんな私が、どの店でも必ずチェックするものが「モンブラン」です。特に内皮の部分が練り込んである色が濃いもの(渋栗)が好きで探していますが、なかなか見かけません。きっと栗のペーストは業務用のものを利用しているのでしょう。どの店も同じような色・味で、私の味覚にヒットするものにはなかなか出会えないでおります。あまりにも出会わないので、かつてはモンブランを自作したくらいです。
最近では買う前にショーウィンドウでよく吟味していますので、モンブランを購入することはまれで、結局無難なシュークリームやクレームブリュレあたりで手を打つということが多くなっております。
第16回目は「クリ」です。
   
 
   
 
  クリ(栽培種) 平成21年9月28日撮影
   
  初夏6〜7月、枝先にモールのような雄花をつけ、特有の匂いを放つクリは、北海道から九州まで分布しています。花の時期はモール状に長く伸びた雄花が目立ちますが、その奥にひっそりと雌花が控えています。雌花は緑色で2〜3個集まり、とげ状の突起が生え小さいながらもイガの形をしています。
山野に普通に存在し、樹高15〜20m、胸高直径30〜40cm、大きいものはそれ以上にもなります。
そんなクリですが、どのように使われてきたのでしょうか。
   
   
  ●実を食用に
  クリは古来からその実を食用に利用してきました。古事記にもすでに現れており、万葉集などでも詠まれています。クリの実は野生のものは小さく、ヤマグリ・シバグリと呼ばれていますが、甘味は栽培種より強いとされます。
縄文時代の遺跡からも栗塚などが見つかっており、時代を経るにしたがって実が大きくなっています。これは縄文時代の人々がクリ栽培を行い、大粒の実ができるよう選抜を続けた結果です。
さて、現在栽培されているものは20種前後となっておりますが、栽培種は自生シバグリの中から選抜育成されたもの、シナグリの優良種や、日本産と中国産の交雑種などでしたが、昭和23年頃に発生したクリタマバチ(後述)のため従来の早生・中生系統の品種が大きな被害を受け消滅してしまいました。現在栽培されている品種はクリタマバチ抵抗性がある品種です。
   
 
1.豊多摩早生(トヨタマワセ) 古い早生系の優良種。果実は小粒で甘味中ぐらい。熟期は8月中〜下旬。
2.銀寄(ギンヨセ) 中生種の代表的優良種。甘味が多く品質が優れている。熟期は9月上旬〜10月上旬。胴枯病に弱い。
3.乙宗(オトムネ) 果実は甘味は多いが、小粒で商品価値は低い。熟期は9月中〜下旬。幼木のうちからよく結実し栽培適応性が広い。
4.今北(イマキタ) 樹勢が強く痩地にもよく育つ。果実は小さいが栽培は楽。熟期は10月上旬。
5.赤中(アカチュウ) 果皮が薄く、渋皮もはげやすいため加工用に適する。熟期は9月下旬〜10月上旬。
6.岸根(ガンネ) 古くから栽培された品種。果実は大きく偏円形、甘味が多く料理用に利用される。熟期は10月中〜下旬。
7.利平(リヘイ) 日中交雑種で樹勢は旺盛。果実は三角形で光沢が強く外観が美しい、シナグリの性質があり渋皮がはげやすく焼き栗に向く。やせ地での栽培に適し、熟期は9月下旬〜10月中旬。
8.筑波(ツクバ) 農林水産省園芸試験場で育成した品種。岸根と芳養玉を交配したもの。豊産系で有望品種。熟期は9月下旬。
9.丹沢(タンザワ) 園芸試験場で育成した品種。乙宗に大正早生を交配した。甘味・香気はやや少ない。熟期は9月上旬〜中旬。
10.伊吹(イブキ) 園芸試験場で育成した品種。銀寄に豊多摩早生を交配した。熟期は9月中旬。
   
  他には、森早生、銀鈴、田辺栗、大和、西明寺栗、岩手1〜3号などがあります。
   
 
  たわわに実ったクリ(平成21年9月28日撮影)
   
   
  ●蜜源植物として
  花期が約1ヶ月続き蜜も多いという長所があり、蜂蜜をとる樹木としても利用されています。ニセアカシア(第14回)の蜂蜜よりもクリの蜂蜜はかなり色が濃く、ほのかな渋味とカラメルのようなコクが特徴で、独特の香りがあります。
ツキノワグマが一番好きなのはクリの蜂蜜だそうです。
   
   
  ●染料に
  タンニンが含まれるため皮なめしや草木染め材料に利用します。果皮、イガ、樹皮を利用し茶色系統の色を染めますが、緑葉や雄花の落花を利用することもできます。
緑葉では、銅媒染で黄茶色、錫媒染で赤黄色、鉄媒染ではねずみ色で、重ね染めをすると黒茶色になります。
樹皮ではアルミ・錫媒染で赤茶色、銅媒染で茶色を染めます。
果皮ではアルミ・錫媒染で赤肌色、銅媒染で赤茶色、鉄媒染でねずみ色を染めます。
   
   
  ●材の利用
  クリの材はタンニンを含むことから耐腐朽性に富み、土台材、風呂板、流し台、屋根板、杭木、橋、櫂、船材などの水湿の多いところに使われました。材だけでなく枝も海苔粗朶や護岸用粗朶とします。
縄文時代前期の遺跡である三内丸山遺跡を調べるとおびただしい数のクリ材を建築・土木材として用いていますが、材の年輪などを調べた結果、人工的に育てた材であるということでした。これは推測ですが、栗の実を多くとるため改良したり、肥料を施したりした木が集落周辺にたくさん育てられており、その木の材を利用したためではないでしょうか?当時からクリの水湿に強く腐りにくい性質が知られ利用されていたということになり大変興味深いところです。
また、鉄道の枕木にはクリが賞用されていました。防腐剤を注入せず無処理のままで使用する随一のものとされ、耐用年数は7〜9年と言われています。
他には家具材、彫刻用材、漆器木地などに利用し、水中や土中に埋めて黒色に変じたものは針箱や鏡台などに利用されていました。
クリ材の特殊利用には名栗丸太があります。これは斧やのみなどで六角形に加工した材で、細いものは天井竿縁、格子、床縁などに、太いものは欄干や柵など装飾用に利用され、特に京都で多く用いられていました。
他には薪炭材、シイタケ・エノキタケほだ木に使いました。
   
   
  ●クリタマバチ
  クリにはクリタマバチという害虫がいます。体長が3mm程度の小型のハチで、中国原産です。日本に有力な天敵もおらず、また、このハチの生態が、防除困難なこともありこのクリタマバチが日本のクリを弱らせたり枯らしたりしています。現在の栽培品種はクリタマバチに強い品種を植えていますが、自然のクリをみるとかなり被害を受けているものを見かけます。
生態は、7月頃成虫がクリの付け根にある越冬芽に産卵し越冬。翌年4月ごろからその部分が肥大成長し虫えい(虫こぶ)になります。この虫えいに養分を使われてしまうためクリの果実が出来ず、葉も枯れ翌年の芽も出来ません。たびたび被害に見舞われると、徐々に衰弱して枯れてしまう場合も有ります。
   
 
  クリタマバチの寄生を受けたクリの枝。実もならず、葉がしおれて全体的に弱っていました。(平成21年10月6日撮影)
   
   
  ●薬用に
  クリは薬用にも使われ、樹皮、イガ、葉を利用します。イガは栗毛毬(りつもうきゅう)といい、葉は栗葉(りつよう)と呼ばれます。
樹皮とイガは秋に採取し、葉は夏に採取し、日干します。主に次のような成分があります。
   
  樹皮・・・タンニン、没食子酸、エラグ酸、ぶどう糖、尿素、クエルセチン
イガ・・・タンニン、ピロガロール
葉 ・・・タンニン、ヒペリン
   
  タンニンには収斂、消炎作用があり、かぶれ(漆、ぎんなん、化粧品、白髪染め)、あせも、やけど、湿疹等の外用薬として使われます。
葉なら一握りほどを水500mlで煮詰めて冷やした後、この煎液で患部を洗いますが、漆かぶれになった際、応急手当として手近にあるクリの生葉をもんで患部にすり込むこともできます。
   
   
  ●その他
  葉は天蚕(ヤママユガ)の飼養に使います。天蚕はクヌギやコナラの葉も食べます。緑色をしたマユなので、野外でも目立ち時々見かけます。
変ったところでは、クリのイガを集めて、天井裏に撒く事によって、ネズミ除けに利用したとのこと。効き目が有ったのかどうかは不明ですが、今の住宅では天井裏に撒きたくても、もともと撒けるような仕組みになっていません。
   
   
  【標準和名:クリ  学名:Castanea crenata Sieb. et Zucc 】
   
   
   
   
  ●<いわい・じゅんじ> 樹木の利用方法の歴史を調べるうち、民俗学の面白さに目覚め、最近は「植物(樹木)民俗学」の調査がライフワークになりつつある。
   
 
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