連載
  いろいろな樹木とその利用/第7回 「キリ」 
文/写真 岩井淳治
  杉だけではなく様々な樹木を紹介し、樹木と人との関わりを探るコラム
 

春先に紫色の筒状花が咲き、桐畑ではなかなか見事な景観になります。生長が早いことでも知られ、女の子が生まれたら植え、嫁入り時に箪笥に作るとされていました。
第7回目は「キリ」です。

   
 
   
 
 

キリの大きな葉 (平成20年7月29日撮影)

   
 

日本の樹木のなかで一番大きな葉を付けることで知られるキリは、各地で栽培されており、会津や南部、越後などが産地として知られています。
時々アスファルトやコンクリートの隙間から生えて大きくなっているのを見かけますが、そういう姿を見ると、雰囲気はどことなく「ひまわり」に似ており、草のような感じがして樹木とは思えないのです。
そんなキリですが、どのように使われてきたのでしょうか。

   
  ●てんぐす病(天狗巣病)
 

てんぐす病という樹木の病気があります。よくサクラに見られ、症状としては枝が異常にふくらみそこから枝が叢生しほうき状を呈するもので、花が咲かず葉ばかり旺盛になってしまいます。花の時期に葉ばかりモジャモジャと生えるので見苦しいのですが、そういうサクラを見たことありませんか?ほうっておくと他の枝や木にも蔓延するので病気の部分を切って処分するしかありません。
キリにもてんぐす病があり、関東以西ではこの病気のためにキリの栽培は不可能に近いとされ、主要な産地は東北に偏っています。キリてんぐす病はファイトプラズマが引き起こすということが知られていますが、全身病なので、病気の部分を切り取るだけでは根治することができません。

   
  ●キリの種
 

冒頭で書いたように、たまに都会の狭い土部分やアスファルトの隙間などの思わぬところから、にょきっと生えている(「ど根性桐」で検索)のですが、土砂を集めてビニール袋に詰めておいた袋からキリが生えて来て数ヶ月で1mほどに育っているのも見たことがあります。普通の樹木ではそんなところから生えてきませんし、そんなにすぐ大きくなりません。
その理由の一つに種がすごく小さいことが挙げられます。同じような環境に生えているウダイカンバも見たことがありますが、どちらも種が小さく風で遠くまで飛んでいく種類です。
キリの果実は緑色のうちはオニグルミのような雰囲気で、花札や家紋で描かれているように先がとがった卵型をしていますが、クルミと違い、その中に小さな種子がぎっしり詰まっています。(写真)
キリは、種に翼をつけ小さく軽くすることで、いろんなところへ飛んで行けるようにし、邪魔する植物がいない環境に芽生える可能性を高めて、そこですばやく生長するという戦略をとっています。すばやく生長するために、葉も大きく、材は軟らかく軽く出来ています。

   
 
  キリの果実
   
  こんな種がぎっしり詰まっています   翼の中央のケシ粒くらいの小さい種
   
  ●科が不定
 

手元の図鑑ではゴマノハグサ科と書いてあったり、ノウゼンカズラ科と書いてあったりし実際どの科に属するのかは本の著者の考え方で違うのですが、DNA分析すると、現在では独立のキリ科というものを想定したほうがしっくりいくようです。従来のどこかの科に当てはめるというのが土台無理だったようです。しかしここではゴマノハグサ科としておきます。

   
  ●材の特性
 

キリにはいろんな特性があります。

  (「改訂 新しい桐栽培の手引 全国桐材組合連合会等」から一部改)
   
 
1
非常に軽い。我国の木材の内では最も軽く、バルサに次ぎ、世界第2位である。

2

軽い割合に強度が高い。特に耐磨耗性が高い。
3
防湿性が高い。湿気や水分を遮断する力が強いので、衣類や貴重品を保存する収納家具用材としては必須。
4
耐火性が高い。杉は摂氏240度位で発火するが、桐材は400度位にならないと発火しない。しかも火がついても燃えにくいのが大きな長所である。
5
耐腐朽性が強い。昔から水桶に使用され非常に腐りにくい性質を持っている。
6
音響性に富んでいる。多孔質で粘性を持っているので音を伝える力が大である。
7
材質が優美である。材は灰白色で木目は明瞭、削ると絹糸、光沢を放って美しい。
8
加工容易である。材は軽くねばりがあるので切削や糊付きがよく、仕上がりは優良である。
   
  これらの特性から、箪笥、机、金庫の内箱、火鉢、天井板、建具、履物、楽器(琴、月琴、琵琶、太鼓胴)、舞楽面、能面、貴金属入れ箱、書類箱、掛け軸箱、木枕、器具柄、反物の巻き心・箱などに利用されてきました。
 

大切なもの、貴重品を入れる箱は桐でした。そういえば、へその緒を入れる箱も桐箱だったのですが、今もああいう箱に入れているのでしょうか?

   
  ●花の香り
 

キリは春先にピンク色の花が咲き、直立した円錐花序を形成します。写真のように枝先に花をつけるので直接花の香りをかぐことは困難ですが、落ちている花をかぐと甘い香りがします。
キリは花の期間が長く、花も多く良い香りなので養蜂が行われたという情報もあります。今は聞きませんが、桐花はちみつというのがあったのかもしれません。
キリの甘い香りを生かして香水をつくってもいい程ですが、残念ながら聞いたことがありません。

   
 
 

桐畑の開花状況 (平成20年5月12日撮影)

   
  ●そのほかの名称
 

キリノキ、ヒトハグサ、ヒトツバグサ、ハナギリ、ホンギリ、シトゥ、ジギリ、アバノキ。(上原敬二著 樹木大図説Vより引用。)
この名称を見ると、キリは方言についてはあまりバリエーションがありませんが、中国原産(九州に野生のキリが発見されたことがあるので、日本にも分布するらしいが、それが日本各地に広まったのではないと考えられる)か原産地不明とのことなので、人によって広められたためであろうと推察できます。

   
  ●桐炭の利用
 

桐炭は絵画用木炭として使われますが、デッサン用などで使ったことがある方もおられるのではないでしょうか。(ヤナギ炭が多い)
また、点火が容易なことから花火、火薬の原料炭として利用され、研磨用炭としての用途もあります。村越三千男の大植物図鑑では「尚ほ1年生の軟弱なる幹を焼きて灰となし煙火薬の製造に欠くべからざる材料とす」とあり、軟らかい当年枝を利用していたようです。

   
   
 

【標準和名:キリ 学名:Paulownia tomentosa Steud.(ゴマノハグサ科キリ属)】

   
   
   
   
  ●<いわい・じゅんじ> 某県にて林業普及指導員を務める。樹木の利用方法の歴史を調べるうち、民俗学の面白さに目覚め、最近は「植物(樹木)民俗学」の調査がライフワークになりつつある。
   
 
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