特別寄稿

月刊杉 WEB版 創刊2周年に寄せて
各地からさまざまな方々が、2周年に寄せてまたまたメッセージをいただきました。本当にありがとう! 
 

●−近況:機織り娘がやってくる−
機織りを生業(なりわい)とする娘(こ)が、わが家に住み込むことになった。雑穀にも詳しい娘(こ)だ。おかげで今年はいろんな野良仕事をやるはめになった。見たこともなかった藍も初めて植えた。アワもキビも植えた。ついでに大豆も小豆も・・・。
村の空き家を取り壊した。臼に杵、めら戸に蒸籠、根曲がり杉の鴨居、捨てがたいものを譲り受けてきた。イノシシ罠の免許も取ることにした。機織り場にする納屋の2階も杉をふんだんに使い広々と模様替え中。このつぎスギダラが集まったときは、“雑穀どぶろく”と“イノシシ料理”の宴できまり。新しい踊りも教える。
[高千穂の仙人/飯干淳志]

 

●昭和の喜劇王、植木等が亡くなった。名前が植木等だからなー。スギダラの名誉総裁になってもらいたかった。本当は生真面目すぎるほどの人であったらしいが、生涯生真面目にスーダラを演じきった。スースースーダララッタスラスラスイスイスイ・・・。スギダラ節をテレッと歌ってほしかったなぁ。[内藤 廣・建築家]

 
● どんなに大きな台風や地震によって大きな被害に遭ったとしても、どんなに仕事が大変でも、心が満たされていれば、自分が選んで生きていく人生なら、なんとか、やっていけるものなのだ、とぼくはこの「月刊杉」を読みながら励まされています。これからも、誰の心の中にも隠されていながら、言葉にはうまく出せない、ふるさと、人と人とのつながり、人間の心といった人として大切なものを杉という媒体をとおして見つめていく存在であってほしいと期待しています。 [日向市/和田康之]
 

「杉は日本を救うノダ」
それは運命的な、あまりにも運命的な出逢いでした。昨年11月に地方自治体特別区職員研修というお堅い企画で杉よりもお堅い役人さんを相手に「民間団体の子育て支援」についての講演依頼がありまして、ノコノコ出かけたことがすべての始まりでありました… 主催側から「上田さんはトリで盛り上げて下さいよ!」と言われていたのに、私の前に話した若杉浩一氏の話で場内超オオウケ!ぬぬぬこしゃくな!これは負けてはならじ!とこっちも白熱した講演を展開、もう観客なんかどこへやら、若杉VS上田のウケ狙い合戦の火ぶたが切って落とされ…今にいたるのであります。(まだ勝敗はついてない)
私は働くお母さんと子どもたち支援をきっかけに、頼まれもしない自分が思いつた世直しを長年続け、とうとう江戸川区議にまでなってしまったわけですが(スギダラ選挙事務所ではお世話になりました!)、スギダラとお姐(←私のあだ名)の世直しってテーマが違うようで通じるところがあります。それは「楽しくってためになる」ところ(笑)。これからも楽しくってためになることでまわりをワクワクさせながら誰よりのスギダラな人たちがワクワクして日本の森とひいては日本人を?再生していってください!頼まれもしないけど応援してます!
追伸:打倒若杉!!…ウケ狙いの技も磨き続けます![上田令子・お姐スギ]

 

●沼津のとある建築現場で、吉野は川上村で育った杉の大径木の完全人工乾燥、背割りなしの用材の前に立ち、改めてその風格に感動を覚えることしきり。ふとスギダラ3兄弟のことを思っていた。
翌日、若杉、千代田両氏に友人の展覧会のオープニングで久しぶりに会う。そこで「月刊杉」が早くも2周年を経たことを知らされる。
杉が取り持つ新しい絆が広がって早2年、それにまちづくり大賞の受賞までとは、芽出たスギ。ご両人は、どちらかと云えば都会のオフィス環境を、ソフト、ハード両面でサポートしている企業の戦士であるが、所在するテクニカルデザインセンターも挙って、杉ダラ運動を支えている。
そしてなによりも企業のトップがこの素晴らしい「ヤンチャ者」たちの運動に共感を持ってその環境を支えていることの素晴らしさを一方で讃えたい。さあ、またぞろスギダラ家の人々の織りなす事件が楽しみだ。
 [川上デザインルーム/川上元美]

 

●月間杉2周年おめでとうございます。これもコアメンバーの皆さまの奮闘の賜物と、スギ応援団とスギ・チアリーダーの方々の元気のおかげだ、と言う他ないでしょう。皆さまのスギに対する忠誠心には、ホントーに頭が下がります。駄洒落とお酒の力も、少しあるかな〜。これからも末長く、素晴らしい年輪を重ねて、平成のジョーモンスギを目指して下さい。[武田光史・建築家]

 
月刊杉二周年おめでとうございます。
私にとって、皆さんの「今の気持ち」が綴られている月刊杉は大切な存在です。それは、深く響いてくる書き手の迷いや心の動き、そして、そこからまた一歩抜けるチカラが隠されているからです。
夜中にふと、「あの時のあの人の文章を、もう一回読んでみよう」と思う存在。雑誌だけど、雑誌じゃない。小学生の綴り方のように、いつまでも新鮮で、力強く、心に熱いものを残すような、そんなものをこれからも発信していって下さい。[崎田真央・杉鼓]
 
●杉が使われている場所に行った後や、杉に関わってきている人たちに会った後に感じる、あの独特な満足感?懐かしさ?衝撃? それをいつも説明してくれている「月刊杉WEB版」。杉を通して、自分たちのまちや生活、人との繋がり方などを良い方向へ戻していくヒントをいつもありがとう。
[日南市商工観光課 飫肥杉課/河野健一・オビダラ]

 
人との出会いはきっと必然だと思う。スギダラのみんなとの出会いは私にとって面白い事件だった。
杉をつかっての「まちおこし」というキャッチコピーに引かれて、気がついたら杉で板紙芝居をつくることに。
そのワークを通じて子どもからおとなまでが楽しみ、「みんなのふれあい広場」ではただ今、掲示板として活躍中なのだ。 これからも杉を使ってわくわくすることを考えていきたい。杉の香りをふんだんに、日常の世界で杉いっぱいの空間をゆめみて。これからも応援しています![花ふぶき一座/宮田若奈 ]
 

●創刊2周年とまちづくり大賞の受賞おめでとうございます。
スギを世に広めるだけでなく、スギならではの“手がかかる”ことを人と人のつながりに変換し、まちづくりに展開したことは本当にすばらしいことだと思います。地域コミュニティーが希薄になる現代の中で、渇いたのどを潤うようにスギダラ活動に人が集まったことは、まだまだ多くの人が、人とのつながりを求めていることの証だと思います。地域のつながりが薄れ、地域行事ができなくなったり、災害時の助け合いがなくなったりと深刻な社会問題が起こり始めた中で、スギダラ活動は我々に大切なことを教えてくれているような気がします。
昨年、私は上崎で皆さんにお世話になりました。スギダラの皆さんとの活動が地域の人たちの心の中で育ち始めているようです。今年から橋の木製手すりや親柱をみんなで磨くイベントをするそうです。のんびりした地域の人たちの頑張っている姿が目に浮かび、嬉しくなりました。もちろん参加します。スギダラの皆さんには、続けることの大切さと難しさを教えてもらいました。 [宮崎県県土整備部港湾課/植村幸治・スーパースギ]

 

スギは厄介だ。花粉症の私としては「スギ」と聞いただけで鼻のあたりがムズムズとしてくる。 しかし使い方次第ではとんでもない効能があるらしい。スギダラな人々は、スギという秘薬に魅せられた人たちだ。その秘薬を試してみたいなら、月に1度、月刊「杉」を服用するといい。ただし、ひとつだけ副作用がある・・・。ダジャレを言いたくなってウズウズするらしい。まずクスリとしていただければ、幸いです。やっぱりスギは厄介だ。
[内藤廣建築設計事務所/小田切美和]

 
●月刊杉がもう2周年!?おめでとうございます。改めてバックナンバーを見ると、いつも楽しそうなのがイイですよね。しかもその輪がどんどん広がってるのが驚きです。仕事のストレスや社会のしがらみによる精神疲労時の活力回復に月刊杉をどうぞ。周囲の方にもお勧め下さい。
南雲さん、仕事の時はたいがい不機嫌そうな顔をしているけど、きっと、早くこんな打合せ終わりにして、スギダラの活動したいと思ってるんだろうなー。[某研究所勤務/福井恒明・スギダラ会員]
 

2年前、実際何が始まるのか側にいながらよくわかっていませんでした。
数ヶ月後、制作側の苦労ををみていて正直続けていくのは無理なんじゃないかと思っていました。そして、杉というキーワードだけでどこまでいけるのか・・・
でも、2年間、月刊杉web版は続きました。そしてこれからも続くのでしょう。
月刊杉がはたしてきた役割は、きっと2年前と比べれば明らかです。
日本人として、心がくすぐられる感じ。改めて、創刊2周年おめでとうございます。[蒔田有美子・マキスギ]

 
●先日、下北半島に鉄道防雪林を見に行ってきました。明治以来何代と維持されてきた、スギ林です。田園一帯にも、まだスギの屋敷林が残っています。吉野や飫肥の美林はもちろんですが、こんなスギを見ても、ああ、日本
の風景だなあ、と思います。ぼくもスギがすきです。だから、スギダラの活動を心より応援しています。発刊二周年、おめでとうございます。南雲さん、はやく魚沼支部、たちあげてください![東京大学景観研究室/中井 祐 ]
 
2周年おめでとうございます!
スギダラとの出会いは、「日本全国スギダラケ倶楽部、略してスギダラっつうんだぜ!! すげぇだろう!(爆笑)」by若 という場面からでした。そんな些細なことにそれだけ盛り上がるってことはその仲間、めちゃくちゃ面白いんだな!! という直感は想定を超えて突っ走っていますね!スギ仙人になる日までは、人として無理をしスギないで突っ走りましょうー![袴田彩子・キャッシー ]
 
●えぇ〜!2周年?
楽しいことは、時間も 距離も 若干のお○も 超えでヤッ(一瞬)と人をつなぐしナ。
「スギダラええドコ あぁ〜よいよいトナ〜 みな寄ってコイ」です。
[秋田から  モクネット/加藤長光・杉麻呂]
 
スギ図鑑ー2歳のお祝いにスギダラをスギ図鑑の仲間入りをさせてみました。
スギダラ【sugidara】
1.出会いスギ科。全国各地に分布。
 北部九州には杉九という希少種が存在する。
2.スギと聞けば春夏秋冬関係なくウゴキマワル。
 ところかまわず種子散布中。
もっとステキな図鑑になりますように★

出会いスギ科
スギダラで出会った宮崎・上崎橋のおじちゃん。橋が完成したとき、たった一度しか参加できなかった私にこんな言葉をくれたのです。「皆で、橋を守っていきます。参加してくれた方々の宝ですから…」
そう、こんな出会いを運んでくれるスギダラは、スギ科でも希少な「出会いスギ科」。スギダラは歳をとるごとに、日本全国各地に根付いていくはずです。 [昭和鉄工株式会社/岡田幸子・スギけろ]
 

●月刊「杉」2周年おめでとうございます。
創刊2〜4号(2005年8〜10月号)で「油津木橋記」を書かせていただきましたが、今ではとても名誉に思っています。今では…って、「最初は名誉じゃねーのかよ!」と突っ込まれそうですが、そういう意味ではありません。当時はよもや、ここまで充実した内容が2年も続くとは思えなかったという、そのことです。「油津木橋記」の屋根付き橋も、来る8月26日、ついに竣工式を迎えます。慶賀、慶賀。 完成直前に風速56mという、観測史上空前の台風に見舞われましたが、見事に耐え切ったどころか、全く何のダメージもありませんでした。暴風逆巻くその夜は、くしくもスギダラ宮崎支部が全国都市再生まちづくり会議2007に乗り込んだ日で、その翌日に「大賞」を受賞したことはすでにブログに載っていますね。その夜、東京ではスギダラの飲み会でしたが、私は気になってその場で油津に電話し……って、そうだ。「油津木橋記」の続編<完成編>を書くんだった。 ということで、そんなこんなの顛末は、いずれ整理し、日を改めてご報告します。 (うっ!ついに言ってしまった) いずれまた誌面でお会いしましょう(いつ?)。ごきげんよう! [小野寺 康・スギデラ]

追伸
一緒に添付した写真は、木橋施工の総指揮を執る、熊田原正一棟梁の勇士です。手に持っているのは、主桁をつなぐ木栓なのですが、東国原知事のサインが入っています。橋には現在、仮の木栓が入っていますが、竣工式当日にそれを抜いて、この正式な材を知事に打ち込んでもらおう!というのが棟梁の作戦のようです。実にうれしそうだ。

 

月刊杉二周年おめでとうございます。皆様、お疲れ杉…いやいやお疲れ様でした。 とはいえ、木材の杉で二年目と考えますと小さく細い木でしょう。二百年選手を目指すには、まだまだ人の手が必要です。
月刊杉も太く丈夫な一本杉を目指し、一緒に育む人の輪を広げ、なお一層頑張って下さい!
スギダラ御3兄弟始め編集部の皆様、いつもメルマガを下さるnana様に心より応援と感謝の気持ちををお送りします。[スギダラ 芸能部/白畠瑞記・パンチ杉]

 

●『バーチャルな世界』・・今の世の中を例えるとこんなキーワードが、今の私の頭の中に浮かびます。『苦労・努力・そして感動』と言う言葉が程遠い今の世の中で、スギダラの活動は、そんな人間味溢れる活動!!
その王道を突き進んでいると、深く感銘を受けております。私は計3回のスギダラツアーに参加して、感動の共有と言う言葉を毎回会に参加して、持ち帰っております。『杉』と言う木っかけで、集まるメンバーにはまったく垣根がなく、熱意があり、想いがあり、心がありました。仕事にかまけて参加が危ぶまれることもありますが、拝命したスギダラ芸能部長(すぎぅぃだいら健)の名を恥じない活動を今後もさせていただきたいと思います!
1.芸能チームの悲願である、アヒルのダンスとのコラボ
2.バックダンサーズ結成!!と多くのたくらみをもって、今後も宜しくお願い致します。
[スギダラ 芸能部/柳澤 剛・すぎぅぃだいら健・会員No256]

 

「人が変わる時」 それは、生きていく中で一番大事なものを見つけた時。
そのきっかけは人との出会いだと思う。その“大事なもの”が見つかって、その思いに素直に動くとき、“大事なもの”は周りに伝染していくのだ。ひとつひとつは小さな力でも繋がったその力は、きっと日本を良くしていく。大人は、“大事なもの”を次世代に伝え広めていく責任があるけど、頭じゃなくて心に体感させるのが一番効果的。楽しくていつの間にか伝染させられちゃった、みたいに…
スギダラは“大事なもの”を“杉”をツールとして、楽しく伝染させていく力がある。月刊杉はこれからも“大事なもの”に出会うまでの葛藤や過程をみせることで、“大事なもの”を気付かせ、広げていってくれると期待している。
[水木千代美 ・ふらふらしすぎ]

 

●月刊杉2周年おめでとうございます! もう2周年とは杉の成長は早いですね〜。私事になりますが、今年長男が誕生しまして、<杉=直ぐ木>から「直」の字を名前に使いました。我が家の杉王子には月刊杉で杉の英才教育を施すつもりです! 月刊杉は我が家のバイブル、杉事記、日本杉紀! この杉を見よ。
[出来杉計画/梶谷哲也・出来杉]

 
月刊杉2周年おめでとうございます!
スギダラケ倶楽部と出逢って、もうすぐ一年が経ちます。思えば去年の10月、勢いで入ったこのスギダラのおかげで、1月は東京の杉見学(屋台やらスギダラバーやら!)をさせてもらいましたし、大分に住む友達とも杉の話をするまでに!
札幌にいて、なかなかイベントに参加出来ないのが残念ですが、これからもスギダラの活動を応援しています!!今年でやっと二十歳なので、皆さんと屋台の下でお酒を飲みたいです! 写真はスギダラバーの前にて![冨田汐織 ・とみ太]

 

 

 
●祝!月刊杉2周年!おめでとうございます。
「スギの未来」から始まり「日本全国スギダラ勢力図2007年版」・「スギと無人駅」…杉の上にも3年?
皆様のご尽力に感謝しお祝い申し上げます。「飫肥正しい*1」日本の杉とスギに纏わる人や技・地域産業と人々の生活などなど、スギの世界が広がります。日本の杉に関わる厳しく苦しスギな状況、「月刊杉」が嬉しく元気な日本のスギの新しい価値を創ると信じています。お陰様で宮崎も飫肥杉もともに元気になります。
ありがとうございました。
*1(スギ三兄弟が飫肥城にて創作した造語:飫肥地方の方言に変化?)
[宮崎県工業技術センター 企画・デザイン部 /鳥田和彦]
 

杉王さま・杉若丸さま・チヨダラさまをはじめとするスギダラの皆さま
月間杉2周年おめでとうございます。本当にいろいろとお世話になっております!スギダラの活動をかいま見て、参加することのできた学生たちは幸せものです!皆様の体力と気力とあくなき探究心と、特に丈夫な肝臓に、日ごろより大変感動しております。
日本のスギとスギをとりまく街や村や人々のため、その熱い想いを多くの若者に伝えるため、今後とも語り、歌い、踊り、飲み、そして、山に入り・・・たくさんのスギのものたちを生み出してください!そして、また、高尾の山にも遊びにいらしてくださいね![拓殖大学/白石照美・SDC-00169:TERUSUGI]

 
 
●月刊杉が2周年。これを聞いてある言葉を思い出す。小学校5年生の時の先生が事あるごとに「継続は力なり」と言っていた。「先生そればっかじゃん」と当時は言っていたけど今はその意味の広さと深さを切に思う。継続された本物には、本物しか持ち得ない凄みや豊かさがある。でも本物であり続けることって結構大変だ。2周年という通過点を祝う言葉よりも、まずは感謝の気持ちでいっぱいだ。[ヨシモトポール/北村 仁・スギ術] 
 

二周年おめでとうございます。
あまりお手伝いできていない私ですが、スギダラに微力ながらも参加出来ていることを何より嬉しく思っております。テーマはいつも「杉」でありながら、人間の深さや絆の深さに毎回感動しています。一人思い悩んでいる時など、皆さんの活動と情熱に何度も励まされてきました。そんな私にも地球にも優しい杉の為に、これからもどんどんスギダラ活動を広げて行きましょう![増田奈菜・ダライナナ]

 
●月間杉2周年! おめでとうございます!毎号々々、発行までの編集スタッフの皆さんのご苦労には、心より敬服いたします。富小課外授業から始まり、吉野ツアーで月間杉が生まれ、秋元・上崎橋・日向・油津・宮崎・青島・都城の一連の宮崎イベント、秋田・群馬の杉ツアー、そしてまちづくり大賞受賞etc。アッという間、とてもほんの2年間とは思えない出来事の数々です。そして、それらに参加することで、自分もそうですが、皆さんの顔つきが大きく変わってきた気がします。やっと立ち位置が見えてきたのかもしれません。
来年、再来年そして月間杉5周年を迎える頃には、どうなっていくのだろう?と興味シンシン、期待ワクワクです!まさに「継続は力なり!」「スギダラの輪も力なり!」です。これからも頑張っていきましょ!! オォー!!
[日本一の杉フリーク&宮崎支部駐在員/辻 喜彦・スギ]
 

月刊「杉」WEB版を、見て、知って、体感する。それぞれの場で交流、考えることをとおしてそこから見えてくる「コト」が、私たちに干渉する。「杉」は単なる「モノ」ではなく、「コト」となって私たちに働きかける。
「杉」は私たちを写す鏡、そして月刊「杉」WEB版も「財産」となる。さらにどこに向かおうとしているのか、新たな繋がりや「コト」が広がっていく・・・さらなる未知の可能性に期待したくなる。
月刊杉WEB版2周年発刊おめでとう![宮崎支部広報宣伝部/吉武春美・ハルスギ]

 
●2周年おめでとうございます。
南雲さんに拓殖大学の非常勤講師を引き受けて頂いています。南雲さんの授業では、間伐材の伐採体験やスギ材を使った作品課題を行い、スギに対して学生の関心が高まり、スギダラの活動や月刊杉に注目する様になったと思います。若杉さん、千代田さんにも指導して頂き、スギダラ3兄弟の影響を受けてか、作品にシャレたネーミングをつけるのがブームになっています。今後とも影響力のある活動を応援しています。
[拓殖大学工業デザイン学科/ 永見豊]
 

2周年おめでとうございます。
私がスギダラと出会ってまだ1年半。なのに、随分と前から知っているような気がしてなりません。皆さんとの出会いもそう!懐かしいようでいて新鮮で・・・きっと「月刊杉」が全国各地の皆さんの思いをのせて、スギスギとスギェ〜情報を発信し続けているからなんでしょうね。月間杉をとおして、身近なようでそうでもなかった杉が前よりもっと近づいて、会ったことの無いどこかにすんでらっしゃる方々との距離も勝手に近づいて・・・多くの出会いと感動がある、スギダラに感謝です。[工藤登紀子・楠杉]

 
●月刊杉2周年おめでとうございます。
宮崎支部所属の外山賢です。私自身、昨年の11月からの関わりなので、新参者ですが、南雲さんを始めスギダラな方々との出会いや月刊杉には、いつも刺激を受け、また、頑張るパワーをいただいています。これからも、スギダラがますます活発化して、ホントに日本全国スギダラケにできることを願っています。私も微力ながら貢献できるようがんばります。[宮崎県/ 外山賢・宮崎支部所属]
 

月刊杉WEB版2周年おめでとうございます!楽しく拝見させて頂いております。すごく膨大で貴重な情報が詰まった月刊杉に迫力を感じております。毎月更新されること、続けていく大切さも学びました。皆様のあつい想いが、杉の良さがこれからの日本の伝統として、全国の多くの方に、これからの子供達に受け継がれ、伝わっていくことを、期待しております。これからも素敵な情報を宜しくお願いします![アトリエ74/南奈緒子]

 
北海道マツダラ宣言の 金川晃 職業フォーレスターです。
本州から津軽海峡を渡り、函館地区を過ぎ北緯42度を超えるとスギダラケからマツダラケへのバトンタッチとなります。トドマツ・カラマツ・エゾマツの北海マツ三兄弟がキツネ・シカ・クマと共生する森をつくり、雨水をミネラル豊かな川の水に変え、サケを遡上させ沿岸の豊かな漁場へと流れて行きます。
さらにマツダラは北上し、宗谷岬を越え間宮海峡を渡り、サハリンへと続いて行きます。そうです、スギダラは国土の3分の2を山間部で占める日本の自然の合言葉なのです。そして、その合言葉は北海道にマツダラとなって受け継がれこの北の大地の合言葉となろうとしています。
フォーレスターとは森林を職場とする職種を指します。いままでは分業でしたがこれからの森林には総合力が求められます。植林・育林や伐採だけでは無く生育した木材を加工し、利用する。そして、利用のための伐採跡地に再造林をすることにより永遠の循環資源として活用できるのです。
スギダラ・マツダラは人を山にいざない 緑の再生を約束します。植えるために伐る。伐った木は無駄なく使う。
スギダラは今やトドマルことを知らない全国展開なのです。トドマッてはいられない![マツダラ/金川晃]
 

月刊杉2周年、おめでとうございます。南雲さんはじめ、スギダラチームのパワーあふれる活動にいつも刺激を受けています。「継続は力なり」ですね。ここ数年、私もスギダラケな人たちと知り合う機会が増えました。
そして、ようやく素材としての杉の魅力について考えるようになりました。[萩原百合・スギダラ会員]

 

●[向井眞一・株式会社 内田洋行 代表取締役社長]

向井社長

 

 
月刊杉,二周年おめでとうございます!
この二年間ずっと月刊で発行してきたこの厚みは,ひとえに関わっている方々の労力の賜物ですね.読者の一人としても,こういうことは一朝一夕では出来ることではないのだろうなと,絶え間ないその動力と情熱を心から尊敬し申し上げております.
月刊杉には,文面それぞれに個性があり,優しい柔らかな文章を書く人もいれば,毒を含んだ文章でひきつける人もいて,愛情たっぷりの文章や必要以上のダジャレで攻めまくる人もいて,それが一つの月刊杉というウェブマガジンに収まっています.内容も実際の文章を書く職業の方もいれば,プロダクトデザインや建築家に公務員など色んな職業の人が別々の視点から文章を書いています.筆者は丁度月刊杉が始まったころに入会したので,スギダラ関係者と実際にお会いする前に月刊杉を通じてスギダラの方々を知りました.今では,様々な方々とお会いする機会がありますが,月刊杉がなければスギダラの活動とどう関われば良いのかよく分からず,実際にお会いすることもなかったのかもしれません.
杉というテーマと言ってもこれほどの奇人変人が・・・いやいやその道のトップランナーの方々が自ら文章を書いて集まって出来ている雑誌は他にはないのではないでしょうか.そして,月刊杉がなければこのような方々のエッセイを目にする機会はないのではないでしょうか.それも著者の方々の仕事は別にあって,その上での過活動ですよ. その過活動っぷりには,惚れ惚れします!・・・と,単なる一ファンの投稿みたいになってしまいましたが,
本当に月刊杉二周年おめでとうございます.そして,ありがとうございます.
今後の月刊杉,楽しい文章を楽しみにしております.[前田和・大福]
 

●普段僕に電話なんか絶対に掛けてこない南雲から渋い低音の声で「電話ください」とひとこと携帯にメッセージが残されていた。一体何事かと電話してみると、「スギダラが2周年なんだよ〜。なんかお祝いのメッセージを書いてくれよ〜。内藤さんも書いてくれるんだよ〜。」と低い声で言われてしまった。聞けば本年度の「全国都市再生まちづくり会議2007・まちづくり大賞」をも受賞したとのこと。最近のスギダラを含め彼の活動に対して心から敬意を抱いている僕としては、断る理由もなく引き受けてしまったのだが、さて一体何を書けばいいのか・・・
日本全国スギダラケ倶楽部が出来てまもなく会員にはなった(会員にさせられた?)ものの活動にはまったく参加せず(できず)、ただただ傍観者としてスギダラの活動を拝見ていたのだが、彼らの活動の全体像も解らず南雲の考えていることもよく解らず、実は杉の植林運動でもする倶楽部なのかと思っていたくらいであった。今はどうなっているのか解らないが、途中で「伐採計画」なるスギダラから派生したと思われる別の活動を始めたりして、みんながチェーンソーを買うなどと盛り上がっているので、それじゃ僕は斧で参加するよ、とこれを機会にスギダラチームに少しは入り込めるかなと思っていたのだが、結局どうもスギダラのほうに全力疾走の様子、次第に伐採の話は聞かれなくなっていってしまった・・・。(実は結構マジに伐採は参加しようと思っていて、斧を捜しに高山まで行ったりしていたのだった。本当に買ってこなくてよかった・・・。)
そんなこんなで、スギダラにはこの2年間ただの傍観者としてしか関わりを持っていなかったのだが、それでも月刊杉webを毎号読んで、活動の内容や彼らが中途半端な気持ちで取り組んでいないことがすごく伝わってきたし、南雲のやろうとしていることが少しずつだが理解できたような気がして、そしてそんな彼らのやる気が全国に少しずつ広まっていって、人と人との気持ちのつながりが出来ていくのが解っていくのだった。
南雲がやろうとしていることは、本当に日本中をスギダラケにしようということではなく、それはたまたま日本中どこにでもある杉であっただけで、本当はべつに他のものでもよくて、彼は人と人との結びつきをうみだすことで地方をそして日本全体を元気にしていきたいのだと思う。そのきっかけとして杉があり、全国の杉の問題を抱える人々とともに意識と利害を共有することで気持ちの結びつきを作り出したいのだと思う。
いままで彼が杉で作ったベンチや屋台は、極端な言い方をすればそれぞれのかたちなどはどうでもよく、彼にとってのデザインとは、そんなベンチや屋台のかたちではなく、そのようなものを生み出す過程や産み出した結果から生まれる人と人のつながりやそれを使うことで生まれる場の空気や出来事そのものなのだと思う。その意味で、僕などが日々行っている売るための商品としての「デザイン」は彼にとってほとんど興味の埒外であり、かれにとってのデザインとは、そのような「デザイン」とは次元の違う「大文字のデザイン」と言えるのかもしれない。そのような、彼はスケールの大きなことを考えているのだと思う。
しか〜し、全国のスギダラ倶楽部の女性陣よ、彼の渋い低音のぶっきらぼうなしゃべり方と少しはにかんだようなそしてちょっと愁いを帯びた笑顔にはくれぐれもご用心!!  悔しいかな、どうにもこうにも彼には女性に放っておけない気にさせる男の色気があるようだ・・・。
お祝いのメッセージを書くつもりが、なんか彼を上げたり落としたりの原稿になってしまったが、「南雲勝志」という男が「日本全国スギダラケ倶楽部」という活動でやろうとしていることに対する僕の敬意の念は全く変わらないし、この活動が今後も5年10年と続いていって欲しいと心から願っている。
「全国都市再生まちづくり会議2007・まちづくり大賞」受賞と倶楽部創設2周年、おめでとうございます!!
[榎本文夫・スギダラ会員]

 
★★瓢箪から駒、ならぬ、吉野から月刊杉、が生まれて早2年。
温かいメッセージを送ってくださったみなさん、毎月読んでくださっている読者のみなさん、本当にありがとうございました。心から感謝申し上げます。
2年前、まさか本当に「月刊杉」を立ち上げられるとは思いもよらず。でも、スギダラ・パワーはすごかった。飲み会でのノリは、しらふになってなお勢いを増し、怒濤の発刊したのでした。「月刊杉」という雑誌名は、吉野での飲み会の最中、思いついたものです。毎回スギダラツアーでは、時間が足りないほどみんなが杉を語り出す。ならばそれを記録し、情報を共有できる杉雑誌をつくりたい、と。なぜ月刊かというと、杉という分野のコアな業界新聞のようなものを目指したいと考えたからです。それならば、月刊ぐらいの刊行が必要だろう、と。さらに、通常、月刊とか週刊というのは刊行されるサイクルを言うわけで媒体名ではないのですが、でも、この月刊杉は、「月刊杉」自体を雑誌名としたらどうだろう、となんとなく思いついたのでした。そのものすばり、まっすぐのネーミングが、スギダラにはふさわしく思ったわけです。しかし、やってみると、月刊はとてもたいへん。それが、2年も続いたなんて・・・。いやいや、まだ2年ですね。年輪はまだたったの2つ。今号の出口先生、吉武先生のスギダラ・月刊杉分析でいただいた新たな気づきを参考に、そしてみなさんからの愛あふれるメッセージを胸に、これからも超暑苦しく杉を語っていきたいと思います。ますます御贔屓に、よろしくお願い致します。
内田みえ・ウチダラ
 

★★★皆さんからいただいた「月刊杉 WEB版 創刊2周年に寄せて」を読んでいるだけで胸がいっぱいになる。
デザインにとって何が大事かようやく分かりかけて来たような気がしている。月刊杉がそのことを少しでも発信していけたら幸いである。それにしても内藤さんのスギダラ節、「♪♪♪ちょっといっぱいのその気で飲んで、いつの間にやらはしご酒〜♪♪♪・・・スースースギィダララッタスラスラスイスイスギィ〜・・・」歌詞も内容も音もほとんど合っている。すごい!いい!絶対いける。昭和の名歌ボクらで引き継いで行こう。[南雲勝志]

   
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