有楽杉(うらくすぎ)

文/写真 南雲勝志

都心における杉の仮囲いの可能性。

 
 

 有楽町駅は1910年開業、すでに完成後95年の歴史を持った駅だ。町名、駅名は、織田信長の弟である織田有楽斎(おだ・うらくさい)の邸宅がこの地にあったことによる。またマリオン側手前の商業地域は江戸時代、南町奉行所があったところでも知られる。
 現在、駅前広場の再整備(千代田区)、商業地の大規模再開発の工事が同時に進められている。再開発にあたって商店街が取り壊され、その下に位置する南町奉行所跡の発掘作業も行われた。機会があってその現場を覗いた。堀の石積みなどがかなりしっかりした状態で姿を現していた。数百年の時を経て姿を現した江戸時代の史跡、横には取り壊される商店街、そして現代技術のシンボルである新幹線や有楽町フォーラムなどが現実に重なり合う不思議な光景を見ると、何か合成写真を見ているようだ。複相した時代の表層に、思わずめまいが起きそうになりながら、過去、現在、未来、自分の存在などの意味が混沌としてくる。工事の完成は2007年秋。

・はじまり
7月の半ば過ぎ、一本の電話がかかってきた。「じつは有楽町の現場ですが、工事の仮囲いを既製品ではなく、何かメッセージを持ったイメージのいいものが考えられませんか?」電話は再開発事業の設計を行っているトーニチコンサルタントの篠塚雄一郎さんだった。設置箇所は有楽町駅からマリオンに行く路地の左側である。実は僕は駅前広場の整備でファニチャーのデザインなどで参加していて、その関係で連絡をもらったのである。
篠塚さんは続けた。国交省が整備した日本橋の仮設歩道ほど大袈裟にはやれない。かといって原宿などの商業的な華やかな仮囲いとはひと味違う、パブリックなメッセージ性を持ったものが出来ないか? 設置期間は2年。出来れば9月終わりか10月初旬に設置したい。そうすると盆明けにはだいたいのイメージを確定したい。...ゲェーいきなりそういわれても盆明け? すぐじゃん。...
予算はどの程度か? 設置の条件は?とりあえずその辺を確認し改めて連絡するとのことでいったん電話を切った。

・杉の可能性
 そういいながら、じつは頭の中で「杉」が浮かんでいた。設置期間が限定されて短いこと。型代などコストをかけずにつくれること。すぐに出来ること。どこにでもある素材。そんな条件をあげるとこれは杉しかないと思い始めていた。
そんな矢先、埼玉県の西川材の産地を訪れる機会があった。2号で登場していただいたフォレスト西川である。そこで浅見有二さんの話を聞いた。江戸時代から建築木材の供給地であったこと。震災を始め、都心からの需要が多く、自然と豊かな産業になっていたこと。ところがそれに慣れてしまい、危機感のなさから来る努力不足と需要の低下から、いつの間にか木材関係会社が急激に減り産地としてのパワーが弱まったことなど。そして最後に「今、その好景気を知らない自分たちの世代が、ひとつひとつ地道に努力して、再び西川材ブランドをしっかり確立したいと思っています。しかし地場産業として地域の意識高揚を考えるともう時間がないんです。せいぜいこの5年間が勝負なんですよ。」と語っていた。
 だんだんストーリーが出来てきた。いけそうだ。もう一度関東の東と西をうまく繋ぐきっかけとして杉と都心のいい関係を実践しよう。それが花粉症などの杉問題の解決の糸口になる可能性もある。
使える乾燥材の在庫量、概略の予算、加工における問題点や防腐処理、製作期間など一通りのチェックポイントをざっと確認しておいた。
 その後ラフ案をもとに篠塚さんと何度かやりとりし、再開発組合員の国末秀樹さんに、スケッチとモデルを持って説明を行った。 杉を使うことの意義、有楽町にとっても杉産地にとってもどちらも有効なこと。また江戸時代から行われた木材流通の再現でもあることなどを説明した。凝った仕様でなく、45×75の角材で縱格子をつくり、単純で清廉な佇まいをつくる。また夜は裏から光を当て、半透明のテント地を通し、杉あんどんをつくれば商店街にも歩行者にもメリットが出来る。何より杉のプラスをピーアール出来る、等々。
杉好きの? 国末さんは考え方は基本的に一発で理解してくれた。ただいくつかの問題をいくつかクリヤーしなければならない。とりあえず3人でフォレスト西川に向かうことにした。
 西川に行き、プロジェクトの意義、杉産地のとしての浅見さんの意志確認など話し合った。浅見さんとしては、これからの西川材のためにぜひ協力したい。偶然にも10月初旬、有楽町で西川材フェアーがあることなどうかがった。じゃあフェアーで一緒に杉囲いも見てもらえばいい。ここにもやはり必然は存在した。
こちら側からは材の強度、変形、耐久性、仕上、使用後の再利用などディスカションした。とりあえず現物サンプルをつくり再検討しようということでその日は帰った。飯能駅前で延々とスギダラ談議に花が咲いたのはいうまでもない。ちなみに篠塚さんも国末さんも迷わずスギダラ会員になっていただいた。(笑)
 10日ほど後、再び西川を訪れる。今回は現場担当者(トーニチから山本一成さん、大成JVから田中豊寿さん)も一緒だ。設置に関する具体的な詰めが必要だからだ。部分試作、塗装見本、照明実験などを行った。実験は概ね良好であった。あとは現場に納める段取りなどを決めて最終製作に入る事になった。
ポイントは現場での設置の施工のしやすさである。僕も良く理解していなかったのだが、仮囲いは現場の進捗に合わせて何度か再組み立てが必要になってくる。一度設置すれば動かさないわけではなく、組み立て、ばらし、移動、再組み立てが生じるという。田中さんからの提案で、それをスムースに行なうため重機の使用を前提とし、あらかじめ現場で2700mmブロックのサイズにパネル化して作業性を高める事に決定した。

・最終仕上決定から設置へ
 そんなことをやっているうちに時は過ぎ、納期まで2週間程度になった。篠塚さんは心配で電話をかけてくる。「仕上は大丈夫ですか?耐久性は問題ありませんか?」「大丈夫ですよ。でも杉は生き物ですからね。絶対という言葉はあり得ない。」どこかで誰かに聞いた受け売りの言葉を使いながら、仕上は最後の最後まで悩んだ。理由は2年限定の仮設置であること。
通常屋外の場合、特に今回のような雨ざらしの場合はどうしても腐食に対して弱いため、防腐処理を施さなければならない。ところが防腐処理の種類にもよるが、杉の天然の質感や色合いが失われる。3号で紹介されているモックル処理はその点は優れているのだが、コストの問題や近場に処理工場がないことで断念した。耐久性を取るか、木の質感やコストパフォーマンスをとるかの選択は迷った。時間とともに選択肢も少なくなる。浅見さんや宮崎県日向の海野さんにも相談し、総合的に検討した結果、防腐処理なし、屋外用耐久塗装のノンロット2回塗りと決定した。ただし、最上部の小口は蝋で水をシャットアウトしてもらう事にした。
 10月11日、いよいよ設置が始まった。見た感じはほぼイメージ通り、良い感じだ。その日の夜、照明効果を確認調整作業を行う。西川の工場で行った時よりも照度が感じられない。そう、都心はやっぱり相当明るいのだ。まわりは良くわからないが駅や商店街、そして道路照明など様々な光束が降り注いでくる。悔しいが、これは若干照明数を増やすことで対応した。
 肝心の通行する市民の反応はというと、これが意外といい。まじまじ眺めたり、触ったり、眺めたり結構意識してくれる。ほのかに杉の香り漂う。
 実は現在の設置区間は行政区間にあたる範囲で全体の4割ほどだ。完成後駅前広になる部分である。残りの6割は来春1月の設置の予定である。ただあくまで予定であるらしい。民間の商業地区なのでそこの組合員の最終的な合意がなければ出来ないからである。何とか同様の仕様でGOがかかることを願っている。
 杉好き国末さんのネーミング案はなんと「スギナリオ」。クリスマスシーズン、ミレナリオを見終わった人が最後にここに行き着く。そして自分が日本人だったことに初めて気付き、ほっとして「やっぱりいいね」と言ってくれれば最高と語っていた。
意外といい名前かも。でもやっぱりミレナリオの次っていう感じは否めないよね。

・杉囲いの可能性
 仮囲いは建築基準法の適応外であること。これは天然木のナチュラルな質感を直に感じてもらうことが出来る事を意味する。つまり都心において不燃処理をせずに、身近なところで杉の良さ、天然木の美しさを伝えることが可能なわけである。もちろん安全に超したことがないのはいうまでもないが。 またモジュール化し、組み立て、運搬、設置、取り外しという一連の施工を簡略化することでスタンダード化が可能になってくる。 このノウハウを独り占めするつもりはない。オープン化して日本全国あちこちで応用が出来る。そう杉は日本全国どこにでもあるのだ。

 
南町奉行所発掘調査現場から有楽町駅方面を望む。400年の時の差が重なり合う。

発掘現場の後ろは解体前の旧商店街。遺構と廃墟?

工事開始当初設置された既製の仮囲い。

杉囲いの初期のイメージスケッチ。

基本的なエレベーションとバックライトの考え方。

フォレスト西川においてモデルを前に検討会。左は篠塚さん、国末さん。

左がフォレスト西川の浅見さん

1/20スケールモデルに夜照明実験。

部分試作を前に、仕上、重量、施工方法などを確認。
メジャーをあてているのは大成JV現場担当の田中豊寿さん。現場納入の問題点を厳しくチェックする。

いよいよ製作を開始。杉格子にテント地を張る

いよいよ完成。出荷をまつばかりの杉の仮囲い

このノウハウを独り占めするつもりはない。オープン化して日本全国あちこちで応用が出来る。そう杉は日本全国どこにでもあるのだ。次のステップとして再利用の可能性や施工性のアップ、また設置期間による耐久性能の使い分け、基本構造の簡略化など詰めなければならないと思っている。そして気軽に杉の仮囲いが広まれば、杉と人の良い関係がひとつ増えそうな気がしている。
 ともあれ、肝心な事は杉や杉囲いの可能性を理解してくれる人をどれだけ広げていけるかどうかだ。その点、なんと一日あたり6万5千人がこの狭い通りを通過しているという。驚異的な人数だ。その中から一人でも多くの理解者がこの囲いを通して増えることを期待している。

 
 
全体平面モデル:今回設置されたのは右の緑色の部分。

夜間遠景。下は近景

ご機嫌そうな篠塚さん(右)とナグモ事務所の蒔田
囲いの裏側。夜間は900ピッチに並べられたスポットライトでで照射する。

よく見るとGLの微妙な勾配があり、少しづつレベル調整している。

普通と言えば普通だが見たことがないといえば見たことがない、不思議な光景。しかし、道路にはいろんな付帯設備があるものですね。

近づくとかなりのスケールとボリュームを感じる。どうですか?



●<なぐも・かつし>デザイナー
ナグモデザイン事務所 代表。新潟県六日町生まれ。 家具や景観プロダクトを中心に活動。
最近はひとやまちづくりを通したデザインに奮闘。著書『デザイン図鑑+ナグモノガタリ』(ラトルズ)など。
日本全国スギダラケ倶楽部 本部

 
   
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