特集 秋田駅西口バスターミナル
  基本設計、デザインを振り返って
文・写真/ 南雲勝志
   
 
  完成した、第1バース:秋田駅西口バス案内所
   
   
 

始まり

2012年の8月の下旬の事であった。秋田公立美術大学の菅原香織さんから「ようやく秋田で本格的に杉を使ったプロジェクトが出来そうだ!」と連絡があり、駅前のバスターミナルの話を聞く。窓山や杉恋プロジェクトなどを重ね、その実績がようやく評価され菅原さんに相談がいったのだという。熱い話を聞いてその場で引き受けることに。ついては9月頭にデザインイメージを持って来てくれ、という今思えば出だしから波乱な幕開けだった。

建替えの理由は3.11以降の強度見直しの中で耐震性能が満たしていないためであったが、現状のバスシェルターは数年前、菅原さん監修の元、秋田杉を利用した景観的な見直しを行い、優良木造施設会長賞等を受賞している。そんなこともあり何度か見て知ってはいた。建替えにおいては構造だけではなく、明らかにそれまでのものより良くて当然、といういい緊張感もあった。

9月初旬に小野寺康さんと最初の打合せに出席する。メンバーは施主である秋田中央交通(株)、秋田県、秋田市、それにJRとタクシー事業者だったと思う。スケジュールは年内に基本設計、年明け実施設計、年度を開け発注、10月1日の秋田デスティネーションキャンペーンに間に合わせる必要があり、それがきちんと出来ないと補助金申請も出来なくなる、という説得力があるようで非常にタイトなものだった。その会議でのデザインイメージはまだ具体的にはまとまっておらず、シェルターの主に構造と素材の考え方が中心であった。
はじめは条件はあまり特殊なものはない、と聞かされていたように思うが、話が現実的になると猛烈な量で様々な条件がやってくる。建築限界から、バース間の横断の安全性やバリアフリー、切符売り場の作業員の休息方法等々。またタクシーバースの境目の処理や全体の杉材使用量の条件、バスバースの形状変更などが相次ぐ。小野寺さんに要所要所でアドバイスを貰いながら、再び秋田に出向い11月頭には基本形が固まった。その後は構造的を考慮しての部材設計や収まり、案内所や照明、サインの考え方などの細かな点を詰めていった。同時にコスト調整という大きな課題もあったが年末にはほぼ基本設計を終え、何とか実施チームに引き継ぐことが出来た。 さて、それではデザインが決まるまでの考え方を少し整理して見る。

   
   
 

デザインのイメージ

秋田杉の魅力を活かしながら、バスシェルターという機能を満たす事。ファーストイメージは連続した木構造体の美しさであった。それはどちらかというと力強いものではなく、何となく繊細で女性的なものであった。もっと言えば飾らず、素の良さをもち、内面は強い女性、多分それは秋田美人のイメージなのかも知れないが、僕の中で、秋田杉と秋田美人は自然と繋がった。秋田公立美術大学に残る実習棟通路の木造トラスのイメージや雪国に残る木造の雁木のイメージとも重なったのかも知れない。

   
  秋田公立美術大学 実習棟通路   新潟県長岡市摂田屋に残る雁木
   
   
 

シェルターの断面と構造検討

さてデザインを固めるために構造的な部分を決めなければならない。既存のシェルターはスチールのバタフライ構造であった。柱が中央に一本あり、両側に屋根が広がるバタフライ型と呼ばれるタイプで、鉄道のプラットホームによく使われる合理的な構造である。しかし今回は秋田杉による木構造が条件である。同じようにするためには大断面の柱が必要になり、バース内の通行に支障が出来て現実的ではなくなる。そこで柱と梁で門型を組んで支柱と捉え、それを桁方向に連続して行く方法を検討した。その門型の中央を通路や待合スペースに。片側を乗降スペースと車いす対応にするため1200mm確保。もう一方はバスのミラーの当たらない寸法ということで750mm確保、バース幅は決まっているので自動的に中央で1500mm弱となった。
そしてその門型の上に小屋梁をかけ、そこに垂木を並べて屋根を架ける。屋根は片流れとし、雪は車道の通行を考え、下に落さず屋根に残す。小屋のひねりについては門型の上部と背面壁の上部にブレースを入れることで対応する。一件複雑に見える木構造であるが考え方は以上のように極めて単純であった。

ただ部材の断面に関してはかなり気を使う。たとえば柱の断面が5mm違うだけで視認性や全体の軽快感がずいぶんと違って来るからだ。通常の強度に加え、秋田市の設計積雪加重は1m。それをクリヤーしながらどこまで繊細な線が出せるか、がデザインの最重要課題となった。そのため基本設計であるが、かなりしっかりとした構造計算を行いながら部材の強度や材の組み方を検討した。事前の3D等のシミュレーションでは柱材125程度が理想的であった。構造計算の結果、そのために柱下部の鉄の補強材を長く使用し上部のブレースにもスチールを組み込ませ、何とかギリギリ130mmで行けることになった。こうしてメインとなる骨格が決まった。

 
  バースに於けるシェルターの断面構成。実はギリギリで成立している。この断面を決めるまでが一番大変だった。
   
   
  門型中央の通路と待合スペース。ベンチも秋田杉   乗降スペース+車いす移動スペース
   
 
  バースとシェルターの関係が分かるデザインイメージ。サイン検討も行う
 
  4バース全体イメージパース。4本の街灯も新設することに。
   
   
 

素材について

ここだけの話ではないが素材は重要である。主人公はいうまでもなく秋田杉。日本を代表する美しい杉であることは間違いない。ただ今回は風雨や雪にさらされる屋外での使用、通常の仕上げでは耐久性が弱い。さらにバスターミナルという性質上、誰もが簡単に触れる環境にある。一般的な防虫、防腐に加え安全性、そして杉の美しさを損なわないことがとても大切である。よく用いられるACQ等の加圧注入防腐処理では安全性の問題と何より木材が緑色になり、最も重要な秋田杉の美しさが損なわれる。クリヤータイプもあるが耐久性に劣る。そこで秋田県内では現状出来ないがモックル処理という日向、姫路などで実績のある処理を行った。出来たときが最高ではなく、時間と共に木材なりの味わいを保つことが重要である。そういう意味で杉の名門秋田杉の普及のためにも、県内に同等の防腐処理施設の確立を望むところである。
さてその杉と組み合わせる他の素材であるが、補強剤などの金属部は最も一般的な鉄を使用する。ステンレスでは綺麗すぎるし、アルミは強度の問題に加え、エイジングが期待出来ず味わいが出ないからだ。そして鉄の質感を最大限に活かすため、仕上げはリン酸亜鉛処理というメッキ加工を行った。雨樋などもすべて同様である。また防風機能のために使用する透明材はアクリルやポリカといったプラスチックではなく、ガラスを使用した。贅沢な仕様と言えるかも知れないが、昔からずっと使われてきた天然素材である。それらが組み合わさることで何とも言えない安心感のある質感が醸し出されるのである。

 
  秋田杉の美しさ:積み重ねられた垂木
 
  秋田杉の美しさ:約30cm角の部材を使用。寝転び防止を兼ねた肘掛け。
 
  秋田杉、鉄、ガラスの組み合わせ
   
   
 

照明のイメージ

さて、シェルターデザインを進めると同時に夜の灯りの事も薄々考えてはいた。実は木の構造体には裸電球が相応しいと決めつけていたところがあった。優しい秋田杉の素材、それを最大限活かし、秋田都心に何となく懐かしく、ほっと息の付けるような空間が出来たら良いと思っていたのである。
ハードルは、メンテ上LED光源を使う事、そして耐久性であった。LED光源に関しては自信があった。数年前にパナソニックから発売されたクリヤー電球型LED光源はぱっと見るとフィラメント状の発光をして白熱電球と見間違うほど優れたものだったからだ。ただ防水型はない。それをもう一度クリヤーガラスで囲み防水と熱の問題を同時に解決した。明るさは1個が白熱電球40w程度、これを柱間(1.8m)に2個付ける。そうすることで華やかではないが秋田杉全体が光って見える楽しい賑やかな夜景になる。そう直感的に決め実は照度計算もしていない。駅周辺の暗さを考えると全く心配がなく、同時に自信もあり心配していなかった。
  
しかし予期しないことが起きた。実施設計も大詰めを迎え、事業費を確定しなければ ならない4月下旬の事であった。秋田中央交通の鈴木公昭さんから「事業費について」と題したメールが届く。タイトルからして何となく嫌な予感がした。内容は、他のもろもろ負担増が重なったため、全体で170程度あるペンダント照明を間引きし、ひとつおきに出来ないか、というものであった。心臓が張り裂けそうになった。すぐにこの照明の重要性、半減した場合、明るさのみならず秋田の玄関口を代表するシンボルとして、シェルター全体の魅力も半減すると返信した。幸いな事に翌日 菅原香織さん、小野寺 康さんが援護射撃のメールを送ってくれ、2日後、皆さんの意志を十分理解せず申し訳なかったと、諦めていただいた。結果オーライとなったが、デザイン設計において最も忘れられない瞬間であった。
一方バース端部の既存の街灯(車道用照明柱)はバス会社のものではなく、秋田市のものであるため建替えは必須ではないという。しかしここに街灯だけこのまま残すことは個人的にはあり得ない。ふとアイディアが浮かぶ。ヨシモトポールの鈴木幸男さんは上小阿仁村出身で秋田杉に囲まれて育った。駅前をきっかけに秋田県を杉の柱でいっぱいにしようと相談し、たった4本であったがコストや技術を含め快く協力していただいた。感謝。

 
  裸電球が醸し出す、賑やかで楽しい空気。中国の西安。
   
  ペンダント照明のピッチ。90cm置きに並ぶ。   事前に確認用に製作した試作
   
  車道照明の杉加工、すべて職人さんの手加工   ベース部、芯材との組み合わせ
   
   
 

実施設計から施工、デザイン管理へ

小野寺さんを統括とする実施設計チームの人選はぴたりとはまった。
基本設計が終わるかどうかのうちに建築家の渡邉篤志さんにすぐに実施設計図を渡す。姫路、柳川なのでお互い感覚やセンスが分かっているだけに話は早い。こちらの意向を汲んでそれ以上のレベルで仕上げてくれる。詳細図は僕が見てもここまでやるかー、というレベルである。
それを実現するため地元建築家 堀井圭亮さんが、5月に施工を請け負った中田建設との施工管理や行政上の手続きを含め担当する。堀井さんは公共施設に手慣れ「完成後の不便性を克服せずして、納期短縮や完成はあり得ない」という強い意志とセンスの良さで最後まで貫いていく。デザインに関わった者として本当に心強かった。約一ヶ月ごとに行われる全体会議にはデザイン管理として引き続き参加したが、施工者 中田建設を含め、それぞれがきちんと自分の仕事を責任をもってこなしていく様子が頼もしかった。7月17日、ようやく一期工事の第4バースのシェルターが立ち上がった。そこで小屋梁に根太を並べて行く姿を見て、全体のプロポーションやバランスを確認、うん、これは行けると思った。

 
  一期工事第4バースのシェルターが立ち上がり、根太が取り付けられる
 

秋田中央交通の担当者、鈴木さんはとても穏やかで優しい方で、かつこのプロジェクトの成功を最も熱く実行する意志が強いことは初対面の時から感じていた。ただ建築やデザインの事は何しろ全く素人なものでと言いながら、こちらがびっくりする新たな要求をポツリといってくる。もちろん悪気はなく、会社全体を考えての事なのは分かっていた。
組子細工、背面壁ののぞき窓、ポスター掲示板、など後出しでがかなりあり、こちらが何とか対応して行くというケースが度々あったが、終わってみるとそれらのほとんどがいい結果に繋がってきた。(照明は別だが。)要は想いとそれをいかにデザインのレベルで解決するかという信頼関係が、「いいもの」といわれる物をつくる事だと思い知らされた。竣工式の少し涙ぐんだ鈴木さんの笑顔が忘れられない。

 
  施主、施工者、設計チーム全体会議の一コマ(秋田中央交通会議室)鈴木さんは左最後方
 

デザイン、設計、施工チーム、秋田県を始め多くの皆さんの力により、10月14日無事完成した。小さなチームで時間の無い中、それぞれの立場で一生懸命行ったことが完成に繋がったと思う。やりとりのメールは一年間で約2000通、頻繁なやりとりが行われた。当たり前だがそれぞれのメンバーにプロとしての能力の高さを改めて思い知らされた。

完成はしたものの、まだ一冬越していない。雪に耐え、10年くらい経った時に初めて善し悪しが評価される。何事も一気に解決と言うわけには行かないが、このプロジェクトがひとつのきっかけになり、市民の皆さんや来訪者によって秋田杉に対する愛着と誇り、そして地域の見直しや自分たちのまちを愛する思いに繋がって行ってくれればと願っている。

 
  案内所エントランスから第1バースを見る
   
 
 

 

  ● <なぐも・かつし>  デザイナー
ナグモデザイン事務所代表。新潟県六日町生まれ。
家具や景観プロダクトを中心に活動。最近はひとやまちづくりを通したデザインに奮闘。
著書『デザイン図鑑+ナグモノガタリ』(ラトルズ)など。 日本全国スギダラケ倶楽部 本部
facebook:https://www.facebook.com/katsushi.nagumo
エンジニアアーキテクト協会 会員
月刊杉web単行本『かみざき物語り』(共著):http://m-sugi.com/books/books_kamizaki.htm
月刊杉web単行本『杉スツール100選』:http://www.m-sugi.com/books/books_stool.htm
月刊杉web単行本『2007-2009』:http://www.m-sugi.com/books/books_nagumo2.htm
   
 
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