連載
  スギダラのほとり(隔月刊)/第4回「聖地ピルチャック」
文/写真 小野寺 康
   
 
 
  森雅志・富山市長は10月1日、記者会見で2015年に開業する北陸新幹線富山駅の高架下空間に、富山の新たな地域文化である、工芸ガラスを活用するデザインの概要を語った。
一つは、150mm角×厚さ30mmの工芸ガラスを、改札口の延長のコンコース床面に約800個を埋め込み、天井から色とりどりのライトを当てて、幻想的にきらめく光のフィールドを創り上げる「フロア・シャンデリア」。
もう一つは、駅構内に設けられるLRT(ライト・レール・トランジット=次世代型路面電車)の停留所壁面を、短冊形の色ガラスを積層させたアートパネルで構成する「トランジット・ライティング・ウォール(略称トランジット・ウォール)」だ。新幹線側は高さ7m×長さ35mで、在来線側は高さ5m×長さ28m。富山の山と海をテーマにした抽象絵画的なグラフィックになる。
富山駅のデザインと演出については、国土交通省キャリアとして富山市に赴任している、神田昌幸・副市長が自ら陣頭指揮を執っている。神田さんの依頼でこれを総合監修しているのは、建築家・内藤廣さん。私は、その下でサポートする役割なのだが、この「フロア・シャンデリア」と「トランジット・ウォール」に関しては、コンセプトからデザイン、制作監修まですべて担当している。
ただし、今回自分はデザイナーではない。コンセプトを提示して、「富山ガラス工房」とコラボレーションでデザインを具体化していく、いわばディレクターであり、自分にとっては初の試みだ。
   
  最高のガラス空間演出をするには、最高峰・最先端のガラスアートを見に行くしかない。ということで、神田副市長と富山ガラス工房の名田谷(なだたに)隆平さん、その相棒のグラフィック・デザイナー尾崎COZY(コージー)さん、そして私と、なぜか私の妻という、不思議な組み合わせで今年の5月末、北米に飛んだ。
言っておくが、みんな自腹である。公式にすると手続きに時間がかかるので、あくまでも私的な旅行ということにしただけなのだが、目的は立派に視察だ。
目指すは、シアトルとポートランドである。ここには、全世界のガラスアートが集まるタコマ美術館と、世界最高のガラス作家デイル・チフーリ美術館、全米屈指のガラス芸術専門学校であるピルチャック・グラス・スクール等がある。
メンバーに家内を入れたのは自分の勘である。おっさんばかりだと行き詰るのではないかというのと、一般女性の素直な反応が見たかったということなのだが、とにかく結果は大正解だった。しかし、今回書きたいのはその弥次喜多珍道中ではない。
本来なら富山ガラスアートのことを書きたいのだが、まだ整理が十分でない。まずは、『スギダラのほとり』的に、ガラスの聖地ピルチャックを紹介したい。
   
  まったくの門外漢だったガラスの世界に踏み入って最初に知ったのは、実はガラス素材を製造しているのは、全世界でもかなり限られるということだ。
吹きガラス向けの色ガラス素材を製造販売しているのは、基本的にドイツとニュージーランドしかない。世界中(ベネチア、ボヘミア、スカンジナビアなど、伝統ガラス工芸地域を除いて)の手作りガラス工芸の工房は、すべてそれらから輸入して制作している。
今回トランジット・ウォールでは、複数の色ガラスを高温で溶着成型するという「フュージング技法」を用いるのだが、そのガラス素材(吹きガラス用の色素材とは膨張係数が違う)の世界トップメーカーが北米ポートランドのブルズアイ社である。
今回は、視察のほかに、富山の風土をイメージした特注の色ガラスをここに発注するというミッションもあった。
ピルチャック・グラス・スクールに話を戻すと、シアトルやポートランドは、実は全米のガラスアートの先進地であり、その最高学府といっていいのがこの専門学校である。まさに聖地といっていい。
むろん、そこに行ってみた。
   
  富山ガラス工房にはさんざん行っているので、最近増築したこのモダンな工房に似たような感じなのではないかとぼんやりイメージしていた。
その予想は、いい意味で全く裏切られた。
オレゴンの深い森の中に、ピルチャック・グラス・スクールはあった。
建物は基本的に木造だ。分棟形式で、豊かな森の中に融け込むように建物が点在していた。しかも、それぞれに個性的でデザイン性が高い。といっても、最新のモダンデザインとは真逆で、TVドラマ「大草原の小さな家」を彷彿とさせる、アメリカンな伝統様式である。
溶解炉のあるセンター棟「ホット・ショップ」は、高熱を扱っても火事にならないように、屋根がやたらに高く、熱をすぐ外に逃がしながら雨を入れない造りになっていて、機能的であると同時に個性的なデザインにまとめられていた。何だか宮崎駿のアニメに出てきそうな風情で。
   
  このスクールにはいろいろコースがあるようだったが、我々が訪れたときは、2週間の集中講習のさなかだった。
世界屈指のアーティストたちがここに集い、目の前で実作しながら講義する。生徒たちはそれを見ながら、いつでも質問をしていい。
アーティストは、講義をしながらマジで実作している。
それにしても、溶解炉を前にするそのアーティストたちの格好いいこと。
短く刈り込んだブロンドに濃いサングラスの、殺し屋的な雰囲気のダンディは、Nick Mount。白髪をポニーテール、というよりはサムライ的に「総髪」といいたい雰囲気で束ねた太った親爺は、Richard Marquis(通称ディッグ)。名田谷さんの師匠でもある知的なイケメン紳士はRichard Whiteley。帰国して調べてみれば、錚々たる面子である。
他にも、タトゥーを入れた屈強な大男をサポートに従えたブロンドの女性アーティストが、いなせに炎を振り回すなど、何だか皆、映画俳優のようだった。
   
  人間も魅力的だが、このスクールは、とにかく空間がいい。
最新の機械が木造建築の中に並べられ、スギダラならしびれそうな道具やファニチュアが至る所に散らばっている。
今回は、杉とは全く関係ないものの、スギダラの皆さんにとにかく空間をお見せしたかったという話だ。
   
  昨今かじっただけで偉そうなことを言えたものではないのだが、ガラスという文化の歴史の深さ、可能性の大きさは、日本の木の文化に引けを取らないといっていいかもしれないというのが正直な感想だ。考えてみればガラスは、世界最古の建築素材の一つなのだ。
世界は広い。
アートは奥が深い。
人間はどこまでも魅力的だ。
   
  富山の新しいガラスアートは、これから公開で実験を繰り返し、本制作に入る予定だ。
公式発表まではシークレットでやっていたが、これからは情報発信しながら、市民を巻き込んだ議論に展開したい。そんなところもスギダラ的ではないか?
機会があれば、いずれ富山駅のガラス演出のレポートもしていきたいと思う。
   
   
 
  タコマ美術館。ギャラリーのほかに製作工房もあって、スタジオライブ的に公開し、かつリアルタイムでその光景がネット配信される。
 
  ピルチャック・グラス・スクール。TV番組「大草原の小さな家」を彷彿とさせる、アメリカの伝統様式の建物が、森の中に融け込むように分棟形式で配置されている。
 
  ピルチャックの「ホット・ショップ」と呼ばれるセンター棟。溶解炉を内蔵する木造建築なので、やたらと屋根が高く、すぐに排熱するようにできている。独特のデザインだ。
 
  ホット・ショップで講義をするアーティストたち。中央の白いトレーナーを着た殺し屋的な雰囲気のダンディはNick Mount。手前の、白髪を「総髪」に束ねた親爺はRichard Marquis。いずれもスターアーティストである。彼らを至近距離で学生たちが取り囲む。
 
  屈強な大男を従え、炎を振り回す黒いタンクトップの女性も講師。右は、彼女から焼けたガラス細工を冷却炉に運ぶために、若いスタッフが耐火服を着て受け取るところ。彼女が無事に冷却炉に品物を納めると、周りから拍手が沸いた。
 
  ホット・ショップの周りに散らばる道具やファニチュア。手作り感、使い込まれた感、満載である。
 
  演習室。様々な試作がテーブルの上に並ぶ。よく見ると、中央の段ボールに日本の「はっさく」の文字が。
 
  講義室。天井が高く、大きな窓から緑が沁みてくる。右奥で講師をしているのは、名田谷さんの師匠Richard Whiteley。
 
  ピルチャックにはゲストハウスもあり、当日はパーティの準備で大わらわだった。その休憩コーナーで名田谷さん(左)が、オーストラリアで修行していた時の師匠であり、当日ピルチャックで講師をしていたRichard Whiteleyと久々の対面を果たした。
 
  ピルチャックのゲストハウスで談笑中に、神田副市長が、そばにあった古ギターをおもむろに手に取って、その場で調律して弾きはじめた。リチャードも大喜びで、その雰囲気になぜかみんなで写メしてしまう。意味もなく、富山ガラスアート・プロジェクトが成功しそうな予感に満ちた瞬間である。
   
   
   
   
   
   
  ●<おのでら・やすし> 都市設計家
小野寺康都市設計事務所 代表 http://www.onodera.co.jp/
月刊杉web単行本『油津(あぶらつ)木橋記』 http://www.m-sugi.com/books/books_ono.htm
   
 
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