特集 長野県栄村セミナー&スギダラツアー
  栄村でダラダラと考えること
文/ 関川憲生
   
 
 
  小学生のころから、「古いもの」「時間の経たもの」って言うものには何でも興味をそそられたものです。私の目を癒してくれる「古いもの」は、とにかく自分の足で、一人でも見に行きました。市の文化財散歩に参加したり、滋賀県の彦根のおばさんの家に行っても、そこを起点に、岐阜や京都など一人で歩き回ったものです。中学生の頃は考古学の研究者になりたかったな…。
そのものの深い意味や歴史背景など、子供だけによく理解はできませんでしたが、「時間が経っている」というだけで価値を感じていました。
そんな私の興味は「土の中からでできたもの」や「形あるもの」から、や「芸能」や「人の暮らし」といったものにまで及んでいます。「芸能」については特段、能や狂言を好んでいるわけではありませんが、広く名も知られぬ集落や街角で見せる「獅子舞」などには心が傾きます。そこに「時間」を感じるからです。
   
  今回、皆さんにお越しいただいた栄村の秋山は、平家の落ち武者が拓いた里とも言われ、その歴史的深みは底が見えないほどです。私にとっては非常に興味深い土地です。しかしながら正直なところ、仕事で付き合っている「秋山」とは、「奥が深い」「雪がすんげえ」といった地理的背景で表現されることが多く、「時間」によって築かれた暮らしの姿は置き去りにされているのが実情です。そんな中、栄村村内の案内役として、南雲さん、若杉さんに同行させていただいた車中で、南雲さんの「飢饉で全滅した村の跡みたいな…」という言葉に正直驚きました。普通、こんな話をする人ってちょっと変?オカルトっぽいよね?(南雲さん、ごめんなさい!)車の中で苦笑しつつ、実のところ私も興味をそそられていました。
   
  半年ほど前の秋、秋山の小赤沢という集落で、森林整備の地元説明会が夜に行われました。区民の皆さんを待つ間、区の公民館に掛けてある昔の秋山の生活を紹介するパネルを見ながら、栄村森林組合の広瀬健一君が、ポツ、ポツと、語り部のように秋山の悲しい歴史を語ってくれました。正直怖かったな…。子供の頃、怖い昔話を聞いて、夜眠れなくなったとこのことを思いだしました。どこのことだか、真実なのか、よくかわからない昔話とは違い、事実を語る健一君の語り口には本当に恐ろしく感じました。南雲さんも、秋山の悲しい歴史は御存知のようでした。
   
  「今は無い」という集落も、信州にはここかしこにあります。でもそれは戦国時代の「離散」のように、その場所を捨てていくのが多いのではないでしょうか? 秋山には離れたくとも離れられずに絶えた集落があるのです。こんなにも悲しい時がありながら、この平成25年の5月のこの時の秋山には、悲しみも、憂いも閉じ込めるような、淡々とした暮らしがあったことに驚きを感じませんか? 何事もなかったかのように振舞っている様を見ていると、史実の現場に立ちたいという衝動に駆られませんか? この悲しい歴史と変わることのない厳しい風土にあって、あえてこの村に暮らす、暮らさざるをえない人々に「いとおしさ」を感じませんか?
   
  このページ、スギダラでしたね。
そんなんで、栄村のためにスギダラしている公務員でした。
   
   
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  今回のツアーにて、ガイドをする筆者(写真左)
   
   
   
   
  ●<せきがわ・のりお>
長野県 北信地方事務所 林務課 普及林産係 森林保護専門員
新潟県直江津生まれ。
治山林道で設計・監督を14年、森林計画でGISを6年取り組むも、林業普及指導員としてはヒヨッコの4年目。
   
 
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