特集 新連載 2本立て
  連載 杉が日本を救う/第1回「人工林、有効な利用を」 NEW
文/写真 高桑 進
   
 
 
  ここ数年、日本人とスギのかかわりについて調査研究を進めています。
   
  大抵の方はスギと聞くと、秋田スギ、吉野スギ、屋久スギ等という林業上の地域名を思い浮かべますが、スギは日本固有種です。日本最古のスギ化石は、今から約七百〜五百万年前の秋田県田沢湖周辺の地層から発見されています。現在のスギは約二百万年前の日本列島に出現し、その後氷河期を生き延びてきた「生きた化石」ともいえる珍しい裸子植物です。
   
  三瓶小豆原埋没林には、約三千五百年前の三瓶山の火山活動で埋没した縄文時代の杉があり、約二千年前に片貝川の氾濫によって流れ出た土砂で埋没したスギは魚津埋没林に展示されています。各地の縄文・弥生時代の遺跡からスギの丸木舟が多数出土しています。天に向かって真っすぐに成長するスギは信仰の対象でもあり、全国各地の神社には神木としてスギの巨樹があります。スギは日本人の生活や宗教とのかかわりが深い特別の樹木です。
   
  そのスギが、いまや悪名高い花粉症の原因であるとして非難されています。
   
  花粉症の原因がスギであるという説によれば,各地のスギの人工林比率とスギ花粉症の有症率をグラフにすると逆の相関関係が見られるのは不思議です。患者が多いのは,山梨県、高知県、埼玉県、栃木県、静岡県の順です。山梨県、埼玉県、栃木県は人口が集中し、平野周辺にスギ人工林が多いためなのか。スギ花粉が原因なら、人工林比率が高い北陸や九州地方にはなぜ患者は少ないのか。スギ花粉以外の様々な環境要因の関与についても同時に検討すべきでしょう。
   
  スギの研究者 平英彰氏によれば、スギ花粉の大量飛散は前年7月の気温と新葉生産量により決まるといいます。新葉は前年の針葉先端から伸び始め、6月下旬から先端の液芽に雄花が出来ます。11月下旬までに成熟するため7月の平均気温が高いと雄花生産量が増え、翌年大量の花粉が飛散。雄花生産は多くのエネルギーが消費されるため、翌年は新葉生産量が減少します。したがって、大量飛散年は雄花生産が減少し、次年度の花粉飛散は減少。これがスギ花粉の大飛散年がほぼ隔年ごとに発生する仕組みであると述べています。
   
  現在、無花粉スギ品種の開発や花粉が出ないスギの人工林に変える計画が進められていると聞きますが、このような単視眼的なスギ対策でよいのでしょうか。
   
  第2次世界大戦後の住宅建設のため急激な木材需要が発生し、対応できる国産材が不足したため外国から木材を輸入。林野庁は森林材積量を回復する必要に迫られ、1950年代後半から拡大造林政策を実施。補助金で全国の森林を伐採し、代わりに最も生育が早い針葉樹であるスギやヒノキを植栽しました。国を挙げての造林運動の結果、今や一千万ヘクタールもの人工林が育った。まさかこのスギ・ヒノキが30年後に大量の花粉を生産し国民を悩ませるとは、当時は想定外でしょう。
   
  スギ花粉症患者は栃木県で発見され、1980年代から都市を中心に増えています。最近は子どもにまで見られ、スギ・ヒノキを退治せよと大騒ぎしているのです。
   
  数年前、林齢二百年生を超える秋田・岩手県の屈指のスギ人工林である千葉家家伝林を訪ずれた。九代目当主千葉茂樹氏によれば、江戸時代の享保二年(1714)から文化十三年(1816)に至る百年間で、佐竹藩では藩内の七割近くの天然スギを切り尽くしてしまい財政難に陥った。そこで植林を奨励する藩政に従い、二代目千葉重蔵がスギ苗木を村人にも配り植林を勧めたという。人々の長年の努力により、秋田は吉野と並び良質な建材を生産することが出来たのです。いうまでもなく、林業生産には長い時間がかかります。
   
  我が国に生育するスギ・ヒノキ人工林は、花粉症を引き起こす悪者では決してありません。来日したドイツ森林官をうならせた世界にも例がない広大な人工林は、これからの持続可能な地域社会と我が国の経済発展のための貴重なバイオマス資源であり、適切な利用が期待されます。
   
 
  京都市左京区大原尾越町にある京都市市有林の切り捨て間伐された杉の人工林。(撮影日2012年10月14日)
   
 
   
  初出/ 2013年4月4日 産經新聞
   
   
   
   
  ●<たかくわ・すすむ>
31年勤めた京都女子大学を2013年3月に退職し、4月から同大学で非常勤してます。9月から同志社女子大学、大阪大谷大学でも非常勤の予定。たった一人の妻と同じ家で生活してます(笑)。
1948年富山高岡市生まれ。名古屋大学大学院博士課程修了し、理学博士号を取得。米国ミズーリ州立大学でポストドクを2年やり、京都女子大に勤務。全てのいのちを大切にする「生命環境教育」を、京都市左京区大原にある25ヘクタールの自然林「京女の森」で、1990年から実践中。専門は環境教育、微生物学。フェイスブックとLINEしてますよ。現在、杉文化研究所所長。
著書:「京都北山 京女の森」ナカニシヤ出版。
趣味:フロシキと手ぬぐいの収集。渓流釣り、自然観察等。
   
 
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