新連載
  私の原体験/第3回 
文・スケッチ / 南雲勝志
  桑いちご
 

 子供の頃は一般的にいう親から与えられる「おやつ」という存在はなく、おなかがすくと自分で探して食べるという事が常識でした。季節ごとにその食材は変わるのですが、春は緑芽吹く季節、山野の食べ物は豊富です。雪解け後しばらくすると道路端や畔など、どこにでもあった「すっかし」は「すっかしすっかいすっかんぼ」と口ずさみながら食べたものです。すっかしとは「すいば」のこと、すっかんぼとは「いたどり」のことで、大小二つの酸味のある植物は特に美味しい物でもなかったが、身近に会ったため、よく口に入れました。

  山菜採りに行く途中などは、ツツジの花をよく食べました。山の登り口付近にツツジ山と呼ばれる場所があり、春には一面ツツジが咲きます。もっともどの花もぜんぶ食べられるわけではなく、馬ツツジという紫がかった大きな花は苦くて食べられませんが、小さくて橙色のツツジは花の芯のミツが甘く花弁もほんのり甘くて食べられます。ただ、一枚ずつ口に入れても食べた感じがしないので、まとめて食べることを考えました。ツツジの枝は先端がすっとまっすぐ伸びて先に新芽が出ているので、その枝を30cm程度の長さに折ると、ちょうど良い串になるのです。そこに痛まないようにそっと引き抜いた花びらを下向きに次々と指していくのです。そしてその長さが15〜20cm程度になったら、トウモロコシのようにガブっと一気にかじるのです。美味しさよりむしゃむしゃ噛むことに食べた、という実感を覚えたものです。串刺しにしたツツジの花そのものも美しく、ほんのりと甘い香りに春を感じました。

 
  ツツジの先端の枝にツツジの花びらを次々に刺していく。
   
 

 しかしなんといっても一番の好物は桑いちご(発音は、かいちご。正確にはくぁいちご。)でした。家で養蚕をしていたので桑畑が沢山ありました。東にそびえる大とんがりという山の裾野は扇状地になっていて、清水が湧き、その周辺は右も左一面の桑畑でした。5月から6月にかけて白い花が咲たあと、緑の実が赤くなり、徐々に黒くなってくると食べ頃です。ツツジもそうですが、小粒なこのいちごをひとつずつ食べていたのでは食べた気がしません。そこで同じようにまとめ食いを考えます。(と言うより教わったのでしょうね。)まず大きめな蕗の葉を探します。それをくるっと巻いてロート状にします。次に茎の部分を葉のすぐ下から折りますが、折った茎に皮が2〜3cm残るようにスーと引きのがポイントです。

 
  蕗の葉に入れた桑いちご。これくらいたまると絞り始めます。(右)絞るときは葉の先端を綴じる。(左)
 

 これを左手に持ち、右手で桑いちごを摘んでは入れ、摘んでは入れをひたすら繰り返していきます。溢れるまでは入れず、七分目位になったところで、葉っぱの上部を閉じ、茎に残した皮を口に入れ、両手で雑巾を絞るときの要領で、慎重にギュウーと搾るのです。すると皮を伝ってチュルチュルと桑いちごジュースが口の中に落ちてきます。その味は甘酸っぱくとてもとても美味しいものでした。ゴックンと飲めないもどかしさはありましたが、とても至福な時間でした。ただ焦って強く搾りすぎると蕗の葉が破れ、そこから潰れた実が溢れ、大変なことになります。

 果汁を絞りきり、下に垂れなくなったら最後の工程。蕗の葉を広げ、潰れて固まりになった実を一気に口に入れ、もぐもぐと食べます。一番美味しい味は無くなったといえ、食べたという実感が湧き、満足です。最後に舌で舐めるようにたいらげる時、蕗の葉の臭いと表面の細かい毛のザラッとした感触を今でも覚えています。食べ終わるとまた新しい蕗を探し、暗くなるまで同じことを繰り返します。しかし考えて見ると集めた実を搾らずそのまま食べるという方法もあった筈ですが、わざわざ素材や技術を生かしたプロセスを楽しむという教えが隠されていたように思います。

 家に帰り何も話さなくても真っ青になった唇、果実の汁のついたシャツを見れば、何処で何をしていたか、誰が見てもすぐに分かりました。(笑)


※ 桑の実については、月刊杉70号、岩井淳治さんの連載、いろいろな樹木とその利用/第25回「ヤマグワ」に掲載されていますのでぜひ参考にしてください。

   
   
   
  ● <なぐも・かつし>  デザイナー
ナグモデザイン事務所代表。新潟県六日町生まれ。
家具や景観プロダクトを中心に活動。最近はひとやまちづくりを通したデザインに奮闘。
著書『デザイン図鑑+ナグモノガタリ』(ラトルズ)など。 日本全国スギダラケ倶楽部 本部
facebook:https://www.facebook.com/katsushi.nagumo
エンジニアアーキテクト協会 会員
   
 
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