連載
  続・つれづれ杉話 (隔月刊) 第19回 「デザイナーにも老人力を!」
文/写真 長町美和子
  杉について、モノづくりについて、デザインについて、日常の中で感じたモロモロを語るエッセイ。 
 
今月の一枚
  ※話の内容に関係なく適当な写真をアップするという身勝手なコーナーです。
 
  1月。父の葬儀のすぐあとに出張で訪れた岐阜県、付知川。
木材の運搬で活躍した恵那鉄道は昭和50年代に廃線となってしまいましたが、鉄橋だけは今も美しい姿を残していました。ずーっと向こうにレールがつながっているような、そんな気がしました。
   
 
   
  デザイナーにも老人力を!
   
   父親があの世に旅立って、その後始末と母の今後のための手続きに奔走した数ヶ月。母親と2人だけの時間を過ごすことが多くなって気づいたことがある。というのも、まだまだ元気だと思っていた母が思いのほか年老いてしまったから。この数年、病人である父親のことばかりに目が向いていて、母が老いてきているのに気がつかなかった。膝が痛いだの、腰が曲がってきただの、そういう話は出ていたけれど、目や耳から入った情報が脳みそに届きにくい状態になっているということがこの2ヶ月でわかってきた。
   
   パソコンでメールは送れるし、ネットで調べ物もできるので、まだまだ大丈夫と思っていたのだが、ボタンがやたらとたくさんあるテレビのリモコン操作がわからない。だいたいリモコンのボタンの上に小さく書いてある文字が見えない。電気ポットの温度設定の液晶文字が見えない。明る過ぎる室内では(老人は明るくないと気が済まないのだ)電化製品のスイッチなどでオレンジのランプが点灯しているのも見えない。ガスコンロや冷蔵庫や電子レンジがいろんな意味で出す警報音の区別がつかないし、意味もわからないので、何がどうして鳴っているのか理解できない。買い物にいくと、似たようなデザインがされているビールと発泡酒の区別がつかない。
   
   年寄りなんだからそのくらいしょうがないでしょう、と片付けることもできるが、保険や年金や相続の手続きでいろんな書類に書き込む手伝いをしていると、「これは何とかならんのか!」というグラフィックデザイン上の問題にいろいろぶち当たる。薄黄色の地の上にオレンジ色の文字で印刷された銀行の預金通帳の文字なんかは私でも見づらい。名前やふりがなを記入する欄は小さすぎるし、「フリガナ」「生年月日」「男・女」「明治・大正・昭和・平成」という字はゴマ粒のようにしか見えない。よくわからないから問い合わせをしたい、と思っても、問い合わせ先の電話番号がどこに書かれているかわからない。
   
   メガネをかけた上で虫眼鏡を持たせて、どうにか記入を済ませるのだが、もともと、文書を読み解いて内容を理解する力だとか、それをどうしたらいいのか判断する力、「何をどの欄に書きなさい」と指示されていることに気づく力、そういうたぐいの能力が驚くほど弱くなっているので、色が見えづらかったり、小さかったりすると、それだけで書き損じが起きる。
   
   よーするに不親切なのだ。相手に対する想像力が足りないのだ。
   
   若者の視点、それもわかっている人の視点でしか物事が考えられていない。後で事務作業をこなす自分たちの都合だけでレイアウトが決まっているように思える。家電のデザインにしても、親切極まりないように見えて、実は「こういう機能をくっつけておけば親切な商品のように見えるだろう」「新しくて便利なような感じがするだろう」という下心が見え見えだ。
   
   バリアフリーだなんだとそういう言葉はよく聞かれるようになったが、プロダクツやグラフィックの世界でも、身をもって老いを感じている世代のアイデアがもっと生かされてもいいんじゃないか? 特に役所や社会保険事務所の空間デザイン、サインや文書のデザインに、60代、70代のデザイナーの力が発揮されるべきじゃないか? まずは、当事者にその必要性が感じられるかどうか。「デザイン」の重要性がわかるかどうか。外部に発注して改善しよう、という気があるのかどうか。
   
   かっこいいデザインは若者のためだけのものじゃない。若々しい発想を持った、みずみずしい老人デザイナーの活躍に期待したい。 
   
   
   
   
  ●<ながまち・みわこ> ライター
1965年横浜生まれ。ムサ美の造形学部でインテリアデザインを専攻。
雑誌編集者を経て97年にライターとして独立。
建築、デザイン、 暮らしの垣根を越えて執筆活動を展開中。
特に日本の風土や暮らしが育んだモノやかたちに興味あり。
著書に 『鯨尺の法則』 『欲しかったモノ』 『天の虫 天の糸』(いずれもラトルズ刊)がある。
『つれづれ杉話』web単行本:http://www.m-sugi.com/books/books_komachi.htm
『新・つれづれ杉話』web単行本:http://www.m-sugi.com/books/books_komachi2.htm
恥ずかしながら、ブログをはじめてみました。http://tarazou-zakuro.seesaa.net/
   
 
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