連載
  スギダラな一生/第41笑「あの燃えた日々(卒業パレードの出来事) 後編」
文/ 若杉浩一
   
 
あれから、随分時間が経った。実は前回の原稿は、震災前に書いてあった文章である。あまりにもふざけている内容なので、載せるのを躊躇していたのである。そして、何が変わったか? 価値変化の大きな流れは変わらないが、速度が一気に早まった気がする。経済が無くては困るのだが、経済主導のシステムがなし得たものが、結果、豊かさを奪い取り、被害を拡大させてしまった。しかし、見えてきたのは、経済主導のシステムより、人の繋がりの方がはるかに、ダイナミックな動きを見せたことも事実だろう。そして、経済の向こう側にある何かを、皆が感じ始めた。そう云う事では、流れが一気に来たような気がするのである。
経済はもともと、人の動きや互恵から発生したものだ。「ありがとう」の感謝の気持ちが「貨幣」に置き換えられてきたのだ。それが「ありがとう」がなくなり、「貨幣のための貨幣」になったしまった。いよいよ、原点、商売の根っこへの回帰、何のために誰のためになっているのか?を考え直さなければならない時代がきたような気がする。しかしねえ、よ〜く考えれば当たり前の事なのだけれども。
   
  さて前回の続き、これからが凄い。みなさん、読みながら頭の中のイメージ映像にモザイクをかける準備をお願いしたい。
   
  僕らは、眠気でボンヤリした頭で、それぞれの仮装の制作に一気に突入してった。まあ、出来映えは、皆ひどかった、可笑しくってたまらなかった。
「ムギ(僕の事です)はなんばすっと?」
「おれと、深井ゴンゴンで○○ばする。どげんやろか?」
「なんてか?う〜ん。めちゃくちゃ面白い!!ばってんが、結構やべ?ばい!」
「こっでたい〜、皆ばきゃ〜きゃ〜言わせるったい。どげんや?」
「よか、よか、やれ、やれ!」
さて、その正体とは、紙面上では正確に申し上げられないくらい、ひどい。
まあ端的いうと僕と、深井の役割はチームの色物、いや下手物。
「道祖神!!コンビ。コンビ全身道祖神。」である。極めつけの中学生レベルのアホである。クラスの仲間は手を叩いて、大笑いしてくれた。
「わいた〜!!よかばい。俺にも見せてくれ!!」
「どらどら?わいた〜、たまらんばい」
「皆〜、面白かか? よ〜し!!」「深井、よかばい。」とこんな感じ。
僕と深井ゴンゴンは根拠の無い確信をもった。
   
  そして当日、いよいよパレードの時間がやってきた。午前の部の最後のイベント終了後は昼食となる。僕ら3年10室は最後から2番目であるが、もう出る前から、出し物の大きさで他を圧倒していた、いや抜きん出ていた。
僕ら順番がきた、もう皆ノリノリ、観客も期待で、どよめいていた。その周りで様々な仮装の群れが様々なパフォーマンスを繰り広げる。中でも男子クラスなのに、チームメイトの「ピンクレディー」は完璧だった。先ず、パレードは、来賓や先生たちの前のメインステージを通り、そして、いよいよ生徒たちや、父兄がいる、僕らからすると本当のメインステージへと回って行くのだ。
僕たちの出し物は、なんせデカイ、圧倒的に受けていた。不良グループが全ての空気を奪った。来賓の方々の魅了された顔を見ながら、「よ〜し!! 掴んだ!! もろた!!」皆そう思った。仮装のそれぞれのパフォーマンスも冴え渡った。しかしその中で僕と深井だけは、来賓の前では白い布を被せ何者か解らない出立ちで、ただ、ふらふらしているだけだった。しかしだ、次が、いよいよ、いよいよ、僕らが炸裂する、全てをさらけ出す、生徒、父兄ゾーンである。僕と深井はそのモザイクというか、ベールというか、なんというか、白い隠しものを捨て去り。ついに全身道祖神を露にし、仁王立ちした。「きゃ〜〜!!」「うお〜〜」様々な奇声が飛び交った。そして、ぼくらは、それに、さらに触発され、用意していた。水鉄砲を観客に噴射しまくった。
   
  逃げまくる観客。飲みまくる仲間、汗と水と泥でまみれた僕らは、さらにエキサイトし踊り狂った。「うけとる、うけとるばい」深井と僕は目と目で合図をし更なるパフォーマンスを繰り広げ、水鉄砲を噴射し、観客の中に乱入し、「キャー、キャー」言わしていた。あの、何とも言えない興奮、一つ一つの顔やシーンがスローモーションで再現されるような、笑いと歓喜の渦。そしてアホ踊りも頂点に達し、メインステージ(生徒ゾーン)の最後になった。次は父兄ゾーンである。もはやドーランというか、黒塗りは、汗と水しぶきで黒光りし、顔はドロドロになっている。お互いの顔が面白くってしょうがない。さあ次は父兄だ。しかし、生徒はいいが、父兄はどうやろか?そんな不安が一瞬、二人によぎった。もうモザイクは、とっくに捨て去っているので、どうしようもないのだが、こんな露な姿でいいかどうか?しかしその次の瞬間、相手方の深井が勢いを増し踊り狂っているのを見て「よ〜し、深井見てろよ!!」僕もさらに調子に乗って水鉄砲を噴射しながら、練り歩いた。まあ、学生の戯言、父兄も、勉強のストレス発散やろ、やれやれという感じではあったが、けっこう喜んでくれた。「どうだ!! こん、沸き起こるエネルギーば見んか!!」
「ガリ勉、受験、くそくらえ!こん、力ば、出せんようになったら人間終わりぞ〜〜!!」アホである。まったく、出てるモノが、ひどすぎる、そんなもの出したからといって人間は終わらないというのに。だが、ぼくらは、もう有頂天であった。
しかしだ、その中で何か全然違う空気を醸し出しているゾーンがあるのだ。
暗いどんよりした空気、凍るような冷たい感じが。僕は、そのゾーンに恐る恐る目をやった。自分の目を疑った。そして次の瞬間、僕は本当に体が凍りついた。
   
  なんと、なんとだ!! なな、なんとだ!! いるはずの無い、しかも何の前触れも無く、一切の予告も無く、僕の両親、そして妹、そして事もあろうか、熊本の親戚まで、揃っているではないか!!
しかも、一同、悲しそうな、哀れな、眼差しで、僕を見ながら目を伏せている。
何か、頭の後ろで「ド〜〜〜〜ン」と音がした、そして空が灰色になった。
「聞いてないよ〜〜。なんで、いるんだよ〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
   
  僕は心の中で叫んだ。隠しようがない、全身道祖神で、隠しようにも、隠せない。できることは、せいぜい水鉄砲を止める事ぐらいだった。大爆笑と、歓声の中で、興奮して、踊り狂っている仲間の中で、僕は一人、その場から、音も何もないブラックホールに消えて行くような錯覚にかられた。
その後は覚えていない。そのパレードとともに午前の部は終了し、昼食に入る。みんな、クラスや、運動場で父兄らと昼食を採るもの、クラスで仲間と弁当を食べるもの三々五々と分かれる。僕は深井と一緒に深井の母ちゃんの名物ウチワ海老フライ(僕が名付けた、深井の母ちゃんのエビを開きにしてフライにしたウチワのような海老フライ)をつまみながら、下宿のおばちゃんの万年弁当(3年間殆ど変わらないおかず)を食べようと思っていた。
この場からとっとと消え去ろうと思っているところへ、妹が迎えにきた。
「にいちゃん、一緒に弁当たべよ。家からつくって持ってきたけん。」
普段から下宿の食事や、弁当の貧相さを心配していた両親が、高校生活、最後の出来事と思いサプライズで、弁当を作り、親戚を引き連れ、天草から出てきたらしい。そんな事少しでも解っていれば、ちょっとは親の心配を軽くできたのに、これじゃ、心配軽減どころか、心配の特盛りサービス、親戚一同への僕からの全身全霊を込めた道祖神サプライズではないか。
僕は両親が待つグランドの隅に妹とトボトボ向かった、しかし道祖神着ぐるみは脱いだものの、黒光のメイクはしたままである。妹から貰ったティッシュで拭けば拭く程、顔が黒人になってしまう。家族のもとに着いたとき僕は、道祖神から、意味不明な黒人に変化していた。しかし、そこには、笑いどころか、会話すら成立しえない、異様な空気が漂っていた。今まであんな重苦しい、時間を過ごした覚えが無い、話しを切り出そうにも、顔が黒人で信憑性に欠けるし、コメントもしづらい。「ほら、浩一、食べんな〜、あんたが好きなイナリやろが」「ほら、これも食べろ〜」それぐらいしか、言葉が通わない食事だった。「俺、午後もあるけん、行くな」「こいっちゃん、頑張ってな」親戚のこの言葉に、何を頑張るのか思いがつかないまま、振り向かずに校舎に、僕は戻って行った。
   
  親は我が子の事を思い、中学生だった僕を一人で熊本に住まわす時に、母は、親父に、こう言ったらしい「わずか15年で、我が子と離れんといかん、もう勉強なんか出来ん方が良かった。もう一生、こん子と一緒におれん。」
今だから言えるが「母ちゃん、心配せんでもよか。あん時もう、勉強だけは、すっかり、できんようになっとった」
両親につらい思いをさせ、心配と、はかない期待の先の落胆を負わせ、我が子の誇らしい高校生活の最後に送ったものが全身道祖神だった。まったく心のよりどころが無い、人には、話せないエピソードを作ってしまった。これ以降、僕の行動は収まるどころか、更なる激しさを増し、突拍子の無い人生を送る事になり、予想をはるかに裏切る惨状を家族に見せる事となる。
両親は未だに、おちおち安心してられず、ことあるごとに「また、何かしでかすのではないか。」とビクビクし、今、多少なりとも「全うな感じ」で生きている、息子を支える友達や、スタッフに感謝の念が絶えない。
「ほんとに、あんたは、よか友達ば、持ったばい。ほんとに、よかスタッフば持ったばい、よか会社にはいったばい。感謝せんばな〜」僕の話しは全然出てこない、世の中から外れないで、いてくれているだけで喜んでくれているのである。
   
  高校生のあの燃えた日々を過ごし、勉強を放棄し、心の中で何かが叫んで、その気持ちに真っすぐ進んで、結果、道祖神。そしてそれから、ずっと、こんな人生を送っている。僕は世に言う「正しい生き方」をしていないが、沢山の仲間との煌めく時間を沢山過ごし、沢山の貴重な体験をする事が出来た。
そして、今回の話題の中心の、道祖神を供にした深井とは、予備校、大学、そして就職後も、ずっと変化しない時間と関係を過ごし、互いに家に入り浸り、僕が帰郷する度に飲み、家族という仲間が増えながらも、お互いを、励まし合い、確認し、変わらぬ時間が今も続いている。
会って、話す事は、お互いの仕事の話しも多少はあるが「如何に、相手(社会)を楽しませるか、楽しんでいるか」と言う事ばかりである。
深井は、熊本県庁で土木の仕事をしている、本当に苦労しながら、丁寧に、丁寧に「楽しませよう」としている。しかし、こんな、簡単な事が社会では最も難しい。簡単な事が、どんどん複雑になり、仕事が仕事を生み、やがて永い時間とともに横たわる。それでも、丁寧に、丁寧に、当たり前を突き通す、深井の姿を思い、僕が一緒に隣でやれれば、もっと深井は踊り狂っだろうに、と思う。
相変わらず、両親に心配ばかりで親孝行の一つもしない僕に、深井は、僕が熊本に帰ってくるまで、「天草のお父さんとお母さんは、俺にまかせろ」といい、家族ぐるみで、息子の代わりをしていてくれている。
   
  夫々の人生には、夫々の事情や時間が生まれ、あの煌めく時や感動が薄れ、今を生きる事になる。しかし、深井は未だに、あの時間を生きている。あの事を大切にしている。だから、僕も道祖神を脱ぐわけにはいかない。深井との、あの時間を台無しにはできないのだ。遠く離れ、年に数時間しか会う事が出来ないが、いつか、深井とお互いに、「してやったり」と思うまでは、何が何でもずっと道祖神なのだ。まったく、愚にもつかない、アホな生き方かもしれない。だけど唯一踊る仲間がいるということは、何事にも代え難い絶対的な力なのだ。
いつになるかは、解らないが、一緒に踊り狂える時間を思い、深井をびっくりさせてやろうと思い、今を踊っている。「深井、またキャーキャ言わすっぞ!」
  (いつも、熊本で待っている深井に感謝の気持ちを込めて。)
   
   
   
   
  ●<わかすぎ・こういち> インハウス・プロダクトデザイナー
株式会社内田洋行 テクニカルデザインセンターに所属するが、 企業の枠やジャンルの枠にこだわらない
活動を行う。 日本全国スギダラケ倶楽部 本部デザイン部長
『スギダラ家奮闘記』web単行本:http://www.m-sugi.com/books/books_waka.htm
『スギダラな一生』web単行本:http://www.m-sugi.com/books/books_waka2.htm
   
 
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