連載
 

東京の杉を考える/第48話 「モスクワでみえてきたこと」

文/ 萩原 修
  あの9坪ハウスの住人がスギダラ東京支部長に。東京から発する杉ものがたり。
 
まさかモスクワに行くことになるとは思わなかった。そもそも外国に行くのが嫌なので、この2年で、パリ、エッセン+ベルリン、ワルシャワに行っていることが不思議でしょうがない。誰かがぼくに外国をもっと見て来いと言ってるのだろうか。
   
  今回のモスクワは、前回までの日本のプロダクトの展覧会開催のためではなくて、美濃の和紙を世界に売り込もうというプロジェクトの一環。美濃和紙のメーカー6社の代表者、担当者、そして、デザイナーといっしょに、展示会に出展するためだ。
   
  なぜ、モスクワなのか。それは、とてもここでは書けない深い深い事情がある。でも、結論から言えば、モスクワは、可能性にあふれていた。大都市だった。車が多かった。ショッピングセンターもたくさんあった。高級ブランドも進出していた。
   
  ぼくのイメージしていたモスクワとは違った。それでも、現地の人の話だと、自由化は、表面的なだけで、本質的なところは何もかわっていないと言う。通訳の人が、なかなか要領を得ないタクシーやホテルに「ここはロシアですから」と説明してくれた。
   
  まちのあちこちが工事中で、郊外には新しい戸建の豪邸もたくさんできていた。経済成長の匂いがあちこちでした。ユニクロのはいった商業ビルは、日本にあってもおかしくないような雰囲気だった。若い人も元気に見えた。
   
  ぼくの行った1週間前には、デザインイベントも開催されていた。こじゃれたインテリアショップやカフェもあった。きっと、デザイナーもたくさんいるのだろう。日本のプロダクトにも関心が高いようだった。
   
  まち中には、中国人や韓国人がやっている日本食レストランや寿司屋もたくさんあった。日本の車や電気製品の広告は街中でみかけた。はたして、ロシア人は日本のことをどのぐらい理解しているのだろうか。
   
  参加した展示会は、文具やオフィスを扱うものだった。ぼくらのブースは、壁面に赤い和紙を貼り、日本語で「美濃和紙」と表示され、美濃の町と自然、そして手透きの写真を飾った。商品は、各社がすすめたい和紙と和紙製品を持ち寄った。
   
  そのブースは、予想以上にめだち、多くの来場者の関心をひいた。和紙という素材や和紙でできた商品がめずらしいようだった。和紙が米からできていると勘違いしている人さえいた。もっと和紙のことを知って欲しいと思った。
   
  世界は、狭くなった言うけど、実感としては、まだまだ世界は広い。そこに行かないとわからないこと。さらには、行っただけではわからないことも多い。ぼくがモスクワのこと何も知らないように、モスクワの人は、和紙のことを何も知らない。
   
  伝統とか文化とか言葉で言うのは簡単だけど、それを実感としてわかってもらうのは、とても難しい。言葉による説明以上に本物が持つ、魅力がダイレクトに伝わるようにならないといけないだろう。
   
  美濃和紙で、現代の生活に提案できることは何なのだろうか。プロジェクトは、まだ、はじまったばかり、来年1月には、パリの展示会への参加が決まっている。
   
  果たして、スギの文化や伝統を、現代の生活に取り入れた商品が海をわたる日は来るのだろうか。自分自身、なせ、日本の紙、日本の木など、こんなに自然素材のことばかりに関わっているのかわからない。
   
  モスクワのおみやげは、もちろん「マトリョーシカ」。マトリョーシカのルーツが日本の「こけし」にあることをはじめて知った。日本とロシア。実はいろいろとつながっている。今度は、ロシアの木の文化や産業のことも知りたいと思った。
   
   
   
   
  ●<はぎわら・しゅう>デザインディレクター。つくし文具店店主。
1961年東京生まれ。武蔵野美術大学卒業。
大日本印刷、リビングデザインセンターOZONEを経て、2004年独立。日用品、店、展覧会、書籍などの企画、プロデュースをてがける。著書に「9坪の家」「デザインスタンス」「コドモのどうぐばこ」などがある。
つくし文具店:http://www.tsu-ku-shi.net/
『東京の杉を考える』web単行本:http://www.m-sugi.com/books/books_tokyo.htm
   
 
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