連載
  スギと文学/その28 『マサニエロ』 春と修羅 宮澤賢治より 1922〜23年
文/写真 石田紀佳
 
この人は外国にいったこともないのに、どこにでもいける。それどころか銀河鉄道では地球外にまで。
  時空をとびこえる想像力。
  ちょっと長いけど、全文を。
   
 
   
  『マサニエロ』
   
 

城のすすきの波の上には
伊太利亜製の空間がある
そこで烏の群が踊る
白雲母のくもの幾きれ
   (濠と橄欖天蚕絨 杉)
ぐみの木かそんなにひかってゆするもの
七つの銀のすすきの穂
   (お城の下の桐畑でも ゆれてゐるゆれてゐる 桐が)
赤い蓼の花もうごく
すゞめ すゞめ
ゆっくり杉に飛んで稲にはいる
そこはどての陰で気流もないので
そんなにゆっくり飛べるのだ
   (なんだか風と悲しさのために胸がつまる)
ひとの名前をなんべんも
風のなかで繰り返してさしつかえないか
   (もうみんな鍬や縄をもち
   崖をおりてきていいころだ)
いまは鳥のないしづかなそらに
またからすが横からはいる
屋根は矩形で傾斜白くひかり
こどもがひとりかけて行く
羽織をかざしてかける日本の子供ら
こんどは茶色の雀どもの抛物線
金属製の桑のこっちを
もひとりこどもがゆっくり行く
蘆の穂は赤い赤い
   (ロシアだよ チェホフだよ)
はこやなぎ しっかりゆれろゆれろ
   (ロシアだよ ロシアだよ)
烏がもいちど飛びあがる
稀硫酸の中の亜鉛屑は烏のむれ
お城の上のそらはこんどは支那のそら
烏三疋杉をすべり
四疋になって旋転する

   
 
   
 

マサニエロはナポリの漁師でスペインの圧制に対して一揆を起こした人らしい。事実かどうかわからないが、オペラになっていてそこではマサニエロの唖の妹が主役で、その妹がかかわる事件が一揆の発端となる。
お城をとりまく秋のはじまりの風景。だれもいないひとときの間に、「ひとの名前をなんべんも 風の中で繰り返し」たいと欲する。
最初はスズメが入った杉に、最後はカラスがそこをすべる。
マサニエロというタイトルは悲劇的な絶望をあらわすのか、それともユートピアを目ざそうとする気概をあらわすのか。その両方なのか。

   
   
   
   
 
  あのとき蒔いた種子から芽を出した杉苗はもう4才になった。大きな鉢に植え替えました。
   
   
   
   
  ●<いしだ・のりか> フリーランスキュレ−タ−
1965年京都生まれ、金沢にて小学2年時まで杉の校舎で杉の机と椅子に触れる。
「人と自然とものづくり」をキーワードに「手仕事」を執筆や展覧会企画などで紹介。
近著:「藍から青へ 自然の産物と手工芸」建築資料出版社
草虫暦:http://xusamusi.blog121.fc2.com/
『杉暦』web単行本:http://www.m-sugi.com/books/books_nori.htm
『小さな杉暦』web単行本:http://www.m-sugi.com/books/books_nori2.htm
ソトコト(エスケープルートという2色刷りページ内)「plants and hands 草木と手仕事」連載中
   
 
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