珍しく本の話題
文/写真 ・ 南雲勝志
   
 

僕はあまり本を読まない方だ。読みたくないわけではないが、じっくりと本を読む時間を作ることが苦手なのだ。というかはっきりいってあまり本が好きではないんだと思う。
そんな風に見えるのだろう、篠原先生(東京政策院大学大学院教授:篠原修)は時々、「君はさぁ、デザイナーだし、あまり本読まないだろうけど、○○の○○という本凄く面白いよ。」とか、時には「この本読んだけど、面白いからあげるよ。」などと言ってくれる。デザイナーだから本を読まないという言葉は否定したいが、まあ、当たっている。それは兎も角大変ありがたい話だ。
先日も出張の飛行機のなかで、「君にさぁ、本を上げようと思って待っていたんだよ。」にやにやしながら一冊の文庫本を渡してくれた。タイトルを見てにやにやした理由がわかった。『品格 色気 哀愁』著者:森繁久彌であった。
飛行機で松山に到着するまで七割ほど読んだ。森繁久彌が85歳の時の書である。彼の人生の中で記憶に残る人々との事が書いてある。相手はほとんど故人であるが、出会いから始まり友情、恋愛、思いでを熱く、実名入りで克明に記してある。情熱的に人生を生き抜いた事が伝わってくる。先月号の月刊杉に偶然『デザインの色気』という文章を書いたばかりだったので、他の言葉、品格と哀愁が気になった。哀愁は何とかなりそうだが、品格はやはり自分には欠けていて、色気を極めるには確かに必要なものなのだ。
さらに偶然にも冒頭、杉の話が出てくる。石田紀佳風に少し紹介すると、ある日、勝新太郎に「何でも欲しいものあげるよ。」と言われたので、「それなら京都の台杉が欲しい。」と答えた。すると数ヶ月後、本当に植木職人十人ほど引き連れ、台杉二本をトラックに積んで勝新太郎が自宅にやって来た。しかし台杉は日本海側特有の樹種(シロスギ)、果たして値が付くだろうか心配したらしいが、一本は枯れたものの、残りの一本は立派に根が付いたそうだ。その台杉を二人は死ぬまで大切にしていたらしい。頼む方も、それに答える方も、常識を無視した粋な生き方である。

同じく篠原先生が「民族学者、宮本常一の本は面白いから読んだ方がいいよ。」民俗学は結構好きなのですぐに買った。『宮本常一が撮った日本の情景・上下巻』『忘れられた日本人』。日本の情景は昭和30年から50年まで本人が日本中旅をしながら撮ったものである。写真のうまさには感心する。昭和30年代と言えばもう戦後ではないといわれ始めた頃、そして僕が生まれた時代だ。
写真は主に農村、山村、漁村が中心。驚いたことはは場所が違えど、そのほとんどが自分の記憶にある風景だ。『三丁目の夕日』は同じ30年代でも都会の下町、自分の記憶とダブるところはあっても農村は根本的に違う。そこには、いつも何となく幼児体験とか幼少時代の風景とイメージしていたものと重ね合うイメージがが鮮明に写されている。というか、農村は日本中共通したものがあり、それは間違いなく日本のアイディンティティであった。
そして興味深いのは、宮本常一は山口県大島で生まれ、18才で故郷を出る。その後民俗学を調査するために日本中を巡るのだが、その地の文化、風習を調べる時に古里、大島の暮らしをいつも基準にしている。民俗学をまとめるにあたっても自分の故郷の事を先に『忘れられた日本人』としてまとめている。その考え方がとてもわかる。基準は自分の幼少の体験なのだ。

日本の農村は本当に美しい。木造で茅葺きで、まるで家というよりは住み処だ。スギダラでいつも話している、高度成長期に移行するまでは杉とともに非常に良い関係でいた、ということも見て取れる。しかし、たかだか今から50年前からの記録である。
本当に豊かな暮らしって何だろう? 今盛んに言われるが、実は僕は大学に入学した頃、新潟の農村出身だと恥ずかしくて言えなかったものである。つまり少なくともその暮らしを豊かとは思っていなかった。
時が変わり価値観も変わる。ただこの50年は明らかに特殊な時期であった。今後どこに向かっていくか? それは失ったものが何で失われたか?という検証にも等しい。そしてどう現代にこれからの価値として、もう一度植え込んでいくか? その事にとても興味があり、また自分のライフワークとして表現していきたい。

最後に本邦初公開、昭和35年頃カメラ好きの叔父が撮ってくれた写真を『昭和の情景・新潟県南魚沼郡城内編』 として紹介する。

   
   
   
  『昭和の情景』・新潟県南魚沼郡城内編
   
   
  ● <なぐも・かつし>  デザイナー
ナグモデザイン事務所 代表。新潟県六日町生まれ。
家具や景観プロダクトを中心に活動。最近はひとやまちづくりを通したデザインに奮闘。
著書『デザイン図鑑+ナグモノガタリ』(ラトルズ)など。 日本全国スギダラケ倶楽部 本部
 
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