特集 日南飫肥杉大作戦に見る、スギダラの可能性
  日南飫肥杉大作戦を見て。そしてこれからのスギダラへ
文/ 内田みえ
写真/ 出水進也、志村幸治
 
11月というのに、油津の堀川運河はまるで夏のような強い日差しに照らされていた。あまりの暑さに思わず天を仰ぐ。これが飫肥杉を育む日南の太陽か。暑い。でも、うれしい。とにかく、何を見てもうれしくってしかたがない。やっと来れたのだ、油津に。しかも子連れで。広場には名物の魚うどんや地鶏などおいしそうなものがたくさん。杉の屋台も並んでいる。その向こうに見えるのは、あの夢見橋ではないか。運河沿いには杉コレ作品が並んでいる。そして、反対側を見れば、スギダラ館だ。あ〜、たまらない。本当にスギダラケだ。どこから見ていけばいいんだ? そうだ、まずは腹ごしらえだ。なにしろ魚うどんは限定品、早く食べないと無くなってしまう。ってことで、さっそくビールで乾杯。娘も魚うどんに舌鼓を打ちながら、待ち受けるスギたちを堪能すべく万全の体力を養ったのだった。
   
   
とにかく暑かった、堀川夢広場。
  杉の屋台も並んだ。その向こうには夢見橋。   夢に見た夢見橋。じっくりと味わいながら渡る。
   
  さあ、行くぞ。
まずは杉コレから、と思ったら、先ほど降り立った油津の駅で飫肥杉を使った日南線観光特急「海幸山幸」の見学会があるという。油津駅には南雲デザインの杉のベンチもあった。杉を使っている電車と聞けば、見ないわけにはいかない。いったいどんな風に杉を使っているのか? せいぜい内部の壁ぐらいかなーと高をくくりながら駅へ向かうと、プラットフォームはもう人だかり。そこには……、なんとびっくり、杉の板張りの電車が威風堂々と待ち受けているではないか。かっこいいー。そして、「JR九州はなんてえらいんだ!」といたく感動してしまった。メンテナンスを考えると、まさか外側に杉を使っているとは想像もしなかった。中もスギダラケだ。床も壁も座席も杉。サロン的な空間もあり、そのソファもボード類も杉。デザインは、これまでJR九州でも数々の車両デザインを手がけてきた水戸岡鋭治さんだ。ここまで杉を使っているとは脱帽。デザイン案が決定するまでや、製作過程でも、きっとたくさんの苦労があったに違いない。でも、みなさん、がんばってつくったのだろう。たいへんでも、やろう、やりたいという気持ちがあれば、「できる」ってことを示してくれた素晴らしい例だと思った。
   
   
  外側に杉板を張った「海幸山幸」。廃線となった高千穂鉄道の車両を利用した。   内部もスギダラケ。
   
  シートの背も杉。   審査員のみなさんも見学。
   
  会場へと戻る途中、南雲さんが「もう一つ、見てもらいたいものがあるんだよ。公私混同じゃなくて格子混道が」とまた訳のわからないことを言い出し、油津の商店街へとみんなを先導した。そこには、飫肥杉でつくった格子がいくつも置かれ、俳句や川柳の書かれた杉板がかかっていた。これも飫肥杉大作戦の一つ、油津商店街の活性化をはかっての杉の仕掛けである。どの地域もそうだが、従来の商店街はさびれていく一方だ。仕掛けもただ人目を引くだけではなく、そこに人と人とのつながり、コミュニケーションが生まれていくものでなくては、商店街の存続はありえない。この格子はまずはその一つの投げかけである。格子の連続はなかなかきれいで、どんな句が詠まれているのか、人の足を自然に止めさせる。ただ、表通りからは何が催されているのか、よくわからなかったので、商店街入り口に何かアイキャッチになるものがあってもよかったかもしれない。さっそく一句、詠み始める面々。杉板に書いて格子に掛け、あーだこーだ言いながら油津商店街をぶらぶら歩き、お土産を買ったりしながら会場に戻ったのだった。
   
   
飫肥杉の格子を町中に展開、名付けて「格子混道」。みんなでポーズ。
  油津商店街をぶらぶら。旅先での楽しいひととき。   杉板に思い思いに書かれた俳句や川柳。
   
  いよいよ杉コレへ。
杉でつくった橋だよ。娘にそう話し、屋根のかかった空間を味わいながら夢見橋を渡ると、堀川運河沿いには、ずらっと作品が並ぶ。一番端まではかなりの距離だ。はやる気持ちを抑え、手前からひとつずつ見ていく。
「杉のかざぐるま」は、遠目からも美しい風景を描き出し、軽やか、涼やかな雰囲気を漂わせている。近くで見ると、曲げわっぱのように、つくりも繊細。杉の柾目が美しい。
昔の木材を運搬する道具をイメージしたという「木ん馬」は、心を和ませてくれるやさしい存在感。そして今の人々に、往時の堀川運河と自然への感謝の念をも思い起こさせてくれるように思った。
「ファンキー・ファニー・フェース」は、誰もが笑顔になってしまう、ネーミングどおりの楽しさ。よく見てみると、つくりも精巧でメカニカルな美しさも。
「デコボコ」はなるほどの遊具。単純な仕組みだけど、誰もが楽しめて、コミュニケーションも促してくれる。杉のやわらかさや、なめらかさを身体全体で感じられる点もgood。
発想も形も名前もユニークな「森のおっぱい海へゆく」は、見ているだけでわくわくさせてくれる、夢にあふれた作品。おっぱいの中は居心地もよく、子供で大賑わいだった。
ゆらゆら揺れる巨大な「スギなべ」は、これまた子供たちに大受け。娘もすっかり気に入り、さんざん揺らされた私はへとへとに。遊び疲れてスギなべに寝転び、青空を味わうのも、なんともいえない気持ちよさだった。
見ただけで大笑いしてしまったのは「きになる木」。人の抱きついている姿がなにしろ笑える。冗談のようなデザインだけど、杉に抱きついてみると、これが奥深い。杉の香りや木肌の感触がダイレクトに伝わってきて、まさしく身体全体で杉が味わえる。豪直球のデザインが、多くの人の心にどストライク、といった感じだった。
「ぐるりん舟」は、豪快な遊具。体重を思い切り掛けて激しく漕いでも倒れず、なかなかの迫力だ。子供はもちろん、大人も遊べる。大人男子が真剣に遊んでいる姿が印象的だった。
杉コレならではの作品といえば、これだろう。「便器って落ち着くよね」は、どっからどう見ても、そのまんま便器。よくぞつくった、とエールを送りたい。運河沿いに便器。なんともシュールだ。それにしても、杉の便器に座った内藤さんのうれしそうだったこと。杉コレ精神に感服である。
さて、最後の作品は、船。堀川運河ときたら、そう、杉の船だ。審査当日が浸水式となった「運河上昇レース」は、みごと運河を上昇。見る見る間に小さくなっていった。これが数台並んでレースをしたら盛り上がるに決まってる。油津堀川まつりの恒例にしたらどうだろう。
   
  全体を見終わって感じたのは、杉コレ自体のレベルアップだ。5回目ということでコンペとしての認知度が上がり、応募デザインのクオリティもあがったのかもしれない。そして、制作側の技術と取り組みへの意欲度がアップしているように思った。制作されたものからは、つくり手の技術力はもちろん丁寧さ、愛情までも伝わってきた気がする。
石の上にも三年。杉コレは、継続が着実に力となってきていると思う。しかし、柿八年。ある程度の実を結ぶには、まだ先を目指さなければならない。それには毎回のテーマ立ても重要なポイントだ。2010年のテーマは、「西都でエキサイト」。う〜ん、さっぱり予想もつかないが、とにかく杉コレの醍醐味は実物大と命がけのダジャレだ。さらなるダジャレのレベルアップも大いに期待したい。
   
 
  笑いもたくさん、楽しい公開選考会も杉コレならでは。
   
「スギなべ」に熱中する娘。私はダウン。
  堀川運河を上昇、遠く小さくなっていく「運河上昇レース」。   「ぐるりん舟」。子供たちだとかわいいけど、おっさん達が真剣に漕いでるさまは迫力でした。
   
  一息ついて、やっとスギダラ館へ。
杉板に書かれたスギダラ館の文字、日南飫肥杉大作戦の大きな垂れ幕がまぶしい、駐車場に建てられたスギダラ館。といっても足場パイプで組まれた仮設の空間だ。たった一夜にしてできあがった。そのアイデアと機動力には頭が下がる。それにしても、雨だったらどうしたのだろうか? 天気をも見方につけたスギダラの成せる技である。
入り口には、スギダラを象徴するかのように大きな杉玉が。これは午前中のワークショップで、子供も大人も参加してつくったものだという。指導は秋田から駆けつけたスギッチさん。この杉玉ワークショップが、今号に寄稿いただいたJR九州杉玉大作戦へとつながったのだから素晴らしい。トロ箱の並ぶスギダラ館前では、飫肥杉屋台が連なり、子供を対象とした「オビータくんを探せラリー」を開催。会場のあちこちに置かれたデカビータくんを探してお絵描きし、それによってペンダントやマスコットがもらえるという企画だ。子供たちにこそ、しっかり杉を知ってもらわなければならない。でも、それは強制ではなく、遊びの中で自然に触れ合い、心に根付いていけばベストだ。杉玉づくりもオビータくんも、飫肥杉大作戦の中の大切な企画だったと思う。その点で、木青連が行っている木工教室なども同様だ。今回も親子で参加する木工教室を開催したり、杉の積み木を用意したり。今後を担う子供たちを対象にしたイベントも必要不可欠な要素だと実感した。
   
  その杉玉の下をくぐって中へ入ると、まず展開されていたのは「obisugi desigh大発表会」。杉のパーティションで構成された空間に、スーパーかっこいい杉の家具がたくさん並んでいるではないか。杉のよさが伝わってくるデザインだ。そして、懐かしくも新しい。そこにぐっときた。また、このobisugi desighは、日南市と木工、製材、林業などの地元業者と有志、そして企業・内田洋行、デザイナー・南雲勝志との協同プロジェクトである点に注目したい。地域の活性化、地場の産業促進を考えたとき、このように垣根を越えた連携は、今後どの地域でもますます必要とされることだと思う。それもただ手を組むだけでなく、それぞれがきちんと自立しながら明確なビジョンを共有し、その目標に向かって責任をもって役割を果たしていくことが大切だろう。まずは継続だ。きちんとした関係が築けなければ継続はないし、継続なしにプロジェクトの成功はない。杉コレのように、みんなで育てていくことも必要だと思う。
   
  この新しい杉家具のお披露目と共に、スギダラ館では「全国杉モノ展」と「杉道具博物館」が開催された。「全国杉モノ展」は、スギダラ各支部から集められた数々の杉製品を展示。秋田の曲げわっぱなどの伝統工芸から、静岡の野木村さんや福岡の杉の木クラフト、大分の有馬さんなど、今のつくり手の杉モノまで所狭しと並んでいた。杉と一言に言っても、技術や発想によってさまざまなモノがつくれるんだな〜、と杉の素材としての可能性を再認識したのだった。「杉道具博物館」は、宮崎支部のみなさんが奔走して集めた、年季の入った杉道具の数々を紹介。昔は生活の中にたくさんの杉道具があったことと、それら道具の良さを知ってもらおう、という意図からだ。さまざまな種類の桶やお櫃に産湯たらい、杉風呂、ちゃぶ台・机や箪笥などの調度品類、洗い張り用の板や祭壇があったり、落雁の型、セロハン巻き機や勘定に用いる銭枡といった商いで使われていたレアものも。今も使われているものもあるそうで、貴重な展示となっていた。
   
 
 
  杉玉づくりのワークショップ。芯玉をつくり、杉の葉を差し込んで、丸くカット。と、言うのは簡単だが、芯玉づくりも球になるよう差していくのも、丸くカットするのも、なかなか難しそう。
   
  銀行の駐車場。   夜を徹して作業が進められた。
 
  朝、スギダラ館出現。すごい!
   
  出来たてのほやほやの杉玉。   「オビータくんを探せラリー」。学生たちも手伝ってくれた。
   
  「obisugi design大発表会」。南雲さん、若杉さんのデザインの底力を実感。すっごくいいです、どれも。   気がつくとちゃっかり座っていた娘。気に入ったらしい。学習机はこれに決まりだね。写真を撮ってくれたのは鳥田さん。
   
「杉道具博物館」と「杉モノ展」。
  新旧の杉の道具が並んだ。これだけの杉モノが一堂に会することはなかなかない。   硬貨を数えるための道具、銭枡。優れたデザインだ。
   
  夜のスギダラ宴会は省略し、ざっと思い出しただけでも、こんなに長い文章になってしまったほど濃密だった2日間。参加した側としては、とにかく楽しかった。見所満載、さらに親子で楽しめたことは、客観的に見てもきっとイベントとして成功だったと思う。
   
  スギダラ会員として、今改めて振り返ってみると、さまざまな感慨がある。スギダラが発足して5年。一つの節目としてある意味、飫肥杉大作戦は、スギダラ5年の活動の集大成であり、新たなステージへの一歩でもあったからだ。スギダラが目指すのは、ただ杉を広めることではない。杉を通して人々の暮らしを生き生きと豊かにしていくことだ。では、そのためにどうすればいいのか? 簡単に言ってしまうと、「杉を使って、人々が繋がり、地域を活性化していく」ことだ。そう、飫肥杉大作戦の目指したものは、基本のそこなのである。忘れ去られようとしている飫肥杉という眠れる宝を呼び起こし、家具や道具や作品をつくって、地元の人々や各地のスギダラーと繋がり、日南を盛り立てていこうということだ。さらに、もう一つ。杉は全国各地にその地域特有のものがあるように、スギダラも地域地域で独自性を持って活動していくことが目標だ。その点でも今回、宮崎支部が主催となり、独自のイベントを開催したことの意義は大きい。「杉道具博物館」がそれだ。宮崎支部の中から、もっと地元に根付いた活動でなければという声が上がり、助成金を申請して活動資金を得、開催に至ったのだ。JR九州の協力を得たこともすごい。宮崎支部が一丸となり、地域に密着した活動を起こしたことは、スギダラ各支部に刺激と夢と勇気を与えたことと思う。
飫肥杉大作戦を成し遂げたことによって、スギダラの在り方と可能性が検証されたとも言えるかもしれない。スギダラの目指す方向はたぶん間違っていない。そして、飫肥杉大作戦のような内容・規模の仕掛けが可能であることも確信を持てた。日本各地でこういった動きが起こってくれば、杉をとりまく環境はきっと変わっていくはずだ。スギダラの可能性はそこに確実にある。
そして、飫肥杉大作戦によって、スギダラは次へのステップも踏んだと思う。これまでのスギダラ活動の主は、杉を使うきっかけづくりであり、人々の心への杉の植林作業だった。もちろんそれはこれからも続けていくことだが、飫肥杉大作戦が一つの植林だったとすると、今後、下草を刈ったり枝打ちしたり、育てていくための手入れが必要になってくるということだ。植えっぱなしではいけない。河野さんが度々語っているが、飫肥杉大作戦はスタートだったのだ。これからどう育てていくか? そこにスギダラの次なる可能性もつまっている。
   
   
   
   
 

●<うちだ・みえ> 編集者
インテリア雑誌の編集に携わり、03年フリーランスの編集者に。建築からインテリア、プロダクトまでさまざまな分野のデザイン、ものづくりに興味を持ち、編集・ライティングを手がけている。

   
 
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