連載
  杉と文学 第23回 『闇の絵巻』 梶井基次郎 1930年
文/ 石田紀佳
  (しばらくまんがは休止します。)
 
梅ほころぶ季節になり、三度目の梶井基次郎を開く。一日一日冬至にむかって短くなっていた昼が、こんどは長くなって、世間は春だが、梶井基次郎はいよいよ闇に入っていく。もっとも、彼は前の「冬の蠅」から2年の歳月を過ごして、ふたたび冬に向かうのだ。これを書いたいたころは街にもどってきたのだろう。文の最後に「今いる都会のどこへ行っても電灯の光の流れている夜を薄っ汚く思わないではいられない」と書いている。そう書いているということは、山の闇は汚くなかったのだ。あんなに街に帰りたいと思っていたのに。
   
  不思議なことに「闇の絵巻」は闇をテーマにしながら、ちっとも暗くない。なぜだろう。それは彼が書いているように、闇の中で何かを見ようとする「意志を捨ててしまうなら、なんという深い安堵がわれわれを包んでくれるだろ う〜中略〜暗闇は電灯の下では味わうことのできない爽やかな安息に変化してし まう」からだろうか。
  夜道をひとり歩き、視界の開けたところにきて彼は「いつも今が今まで私の心を占めていた煮え切らない考えを振るい落としてしまったように」感じる。それは「単純な力強い構成」をもった風景だという。そこに杉が出ている。
  「黒ぐろとした杉林がパノラマのように廻って私の行手を深い闇で包んでしまっている。その前景のなかへ、右手からも杉山が傾きかかる」
   
  ある夜、目の前を提灯なしで歩いていく男が闇の中に消えていったように見えた。そして自分もいつかそんな風に消えるのだろうと感動する。
  都会の電灯の光りがある夜が浮世で、山の闇はあの世というか、俗世間をこえた 世界のようである。
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
  ●<いしだ・のりか> フリーランスキュレ−タ−
1965年京都生まれ、金沢にて小学2年時まで杉の校舎で杉の机と椅子に触れる。
「人と自然とものづくり」をキーワードに「手仕事」を執筆や展覧会企画などで紹介。
近著:「藍から青へ 自然の産物と手工芸」建築資料出版社
草虫暦:http://xusamusi.blog121.fc2.com/
杉暦web単行本:http://www.m-sugi.com/books/books_nori.htm
ソトコト(エスケープルートという2色刷りページ内)「plants and hands 草木と手仕事」連載中
   
 
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