連載
 

東京の杉を考える/第37話 「商品化への道筋」 

文/ 萩原 修
  あの9坪ハウスの住人がスギダラ東京支部長に。東京から発する杉ものがたり。
 

商品化の難しさと面白さを実感しはじめている。会社を辞めて5年になる。その間に、さまざまな商品開発に度々関わってきた。どうにか、自分らしい方法が少しずつわかりはじめてきた。

そもそも、前職の時には、展覧会の企画をすることがメインの仕事だった。展覧会という場で、デザイナーがテーマにもとづき、かたちにして提案をする。
それは、見せることが主目的であり、売ることを前提にしているモノではない。
そこでは、独自性、新規性、表現力などが問われる。

展覧会で売ることも試みた。それは、なかなか楽しい経験だった。モノの良し悪しを、自分が使うという視点に立って見ると、まったく違って見えてくる。デザイナーにとっては、自分がデザインしたモノを使ってもらえることは、代え難い喜びらしい。テスト販売することで、買う人の心理や、つかう時のシーンや問題点も浮かび上がる。そして、売れるモノと良いモノが違うことに愕然とする。

時には、展覧会に出品したモノが、運良く企業の目にとまり商品化する場合もある。それは、うれしいことだ。できれば、展覧会に出品するすべてのモノが商品になって欲しいと願った。自分で道筋をつくれないもどかしさを感じていた。いつか、商品開発に関わりたいとひそかに思っていた。

願いは、通じるものなのか。独立後、商品開発の仕事が来た。企業の現状を知り、方向性を模索し、テーマをつくり、枠組みを考え、デザイナーを人選する。ほとんど展覧会のノウハウを利用できた。ショップの立ち上げと運営に関わったこともあり、売れる売れないの感覚も多少はあった。ぼくのようなかたちで、商品化の道筋を考える人は、あまりいないこともわかってきた。

多くの商品化の担当者は、「デザイン」ということがあまり理解できていなかった。「デザイナー」という人間が何を考えているのかもよくわかってもいなかった。優秀なデザイナーが活かされていない現実を目の当たりにした。いいモノができる背景には、企業の担当者に理解と実力のある人が必ずいることを知った。

25年前に、印刷会社に入社し、企業のカタログを企画していた。カタログに掲載する商品のひどさをもどかしく思った。紙面のデザインだけでなく、商品のデザインにも関わりたいと思った。長い時間かかって、ようやくそれが実現しはじめている気がしている。自分で企画した商品のカタログを自分で企画できる幸せ。そう考えると、いろんなことが無駄ではなかったんだと感慨深い。

さて、前置きが長くなったけど、今年3月に発表した 東京の杉でつくる「ユイス」のプロジェクトが新しい動きをみせはじめた。武蔵五日市の夜市でのテスト的な販売、そして、武蔵五日市の温泉施設「瀬音の湯」での展覧会。そして、商品化したいという企業との打ち合わせ。

「ユイス」は、お風呂で使うものであり、カビや安全の問題などクリアしなければいけない課題は多い。何よりもコストや販売方法をどうしていくかがまだ、決まっていない。それでも、少しずつ道筋が見えてきている。何よりも、「ユイス」の背景をきちんと伝え、モノだけでなく、人の気持ちもいっしょに伝えていければと思う。

   
 
   
 

瀬音の湯
http://www.seotonoyu.jp/

   
   
   
   
  ●<はぎわら・しゅう>デザインディレクター。つくし文具店店主。
1961年東京生まれ。武蔵野美術大学卒業。
大日本印刷、リビングデザインセンターOZONEを経て、2004年独立。日用品、店、展覧会、書籍などの企画、プロデュースをてがける。著書に「9坪の家」「デザインスタンス」「コドモのどうぐばこ」などがある。
http://www.tsu-ku-shi.net/
   
 
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