連載
  杉と文学 第18回 『逝きし世の面影』 渡辺京二 平凡社ライブラリー2005年 (1998年葦書房刊)
文/ 石田紀佳
  (しばらくまんがは休止します。)
 

今月もネタに困って、はて、最近借りてちらほら読んでる本、タイトルが「スギし世の面影」でなかったかしら、とひらめいたのですが、「逝きし世の〜」でした。
でも中にたくさん杉が出てくるので、またまた小説ではありませんが取りあげさせてもらいます。

文庫本で3センチもの厚みがありますから、なかなか手にとりにくいかもしれませんが、図版をみるだけでもおもしろいので、夏休みの読書にどうでしょうか。
幕末から明治期の日本を訪れた西洋人の目でとらえた当時の日本の面影を集め、著者の考えを展開した労作です。杉は風景や道具の素材として出てきます。

私が面白く感じたところは、私たちがはじめて第三世界といわれる地域に旅したときのような感想を、西洋人は当時の日本にもった、ということ。たとえば、1881年に木曾御岳に登った英国商人は「かつて人の手によって乱されたことのない天外の美」が将来鉄道が通って巨大なホテルが建つだろうと憂いている。
また、大森貝塚で有名なモースはもともと生物学者として腕足類の研究をしていたのだが、友人に次のようにいわれて、『日本その日その日』を上梓した。
「腕足類などは溝へでも棄ててしまえ。君と僕とが四十年前親しく知っていた日本という有機体は、消滅しつつあるタイプで、その多くはすでに完全に地球の表面から姿を消し、そして我々の年齢の人間こそは、文字どおり、かかる有機体の生存を目撃した最後の人であることを、忘れないでくれ。この後十年間に、我々がかつて知っていた日本人はみんなベレムナイツ(化石としてのみ残る頭足類の一種)のようにいなくなってしまうぞ」

開国をせまって、お雇い外国人として日本に来て、また産業革命を経て物質的に豊かであったから、日本を悠々と旅することができたのに、失われていく文明を惜しむ。矛盾に満ちた感慨に浸っていて、なんだかばからしくもあるけれど、そういう気持ちは私にもあって、それがあるからこそ、こうやって記録されたのだ。
私自身は「昔はよかった」とか「今の若い人は」というのは、あまり思わないし、この先もぜったいにいいたくないセリフだ。しかし、捨てざるをえなかったことでも、あとになって拾うこともあるのだろう、と思う。

おもしろい本だが、うすっぺらな愛国心を助長するように使われる危険性もある。ともにこの本を読んで感想を話しあうとしたら「日本ってすごいよね」なんてことで終始したくない。近代化以前の多様な価値観を、近代化を通りすぎてもう一度とりもどす、そういうしなやかさを持ちたい。

   
   
 
   
   
  お知らせ
   
  既刊「藍から青へ 自然の産物と手工芸」(建築資料出版社)が表紙がかわって、再デビューとなりました。中味はまったく同じです。後書きだけ少しかえました。内田みえさん編集。
   
  表紙色校
  表紙色校
   
   
 
   
   
  お知らせ その2
   
  陶芸家小高千繪さんの個展の準備をしています。
8/22日から30日まで、表参道のオーガニックコットンの店のギャラリースペースで彼女の個展を開催します。白い皿だけを300枚並べます。各皿には作家のサインのかわりに今回のみ通し番号をつけてもらいました。それにあわせて絵本のようなものを私がつくります。6メートルのアコーディオン折り。
ちょっと刺激的な展示になったら、と思います。しかし皿はいたって料理に使いやすいもの。
用の美なのか無用の美なのか。
夏の終わりに、おついでありましたら、白いお皿を見にいらしてください。
   
 
plain plates 小高千繪 白磁皿
日時 2009年8月22日(土)〜30日(日)
場所 かぐれ表参道店 http://www.kagure.jp/
  東京都渋谷区神宮前4-25-12
 
   
  なお、「かぐれ」の前庭は「街野原」と称して雑草の生命力をそのままにしています。去年の晩秋に店のオープンにむけて石田がプランし、ちょこちょこ手入れをしています。都会の夏草の勢いもご覧ください。
   
   
   
   
  ●<いしだ・のりか> フリーランスキュレ−タ−
1965年京都生まれ、金沢にて小学2年時まで杉の校舎で杉の机と椅子に触れる。
「人と自然とものづくり」をキーワードに「手仕事」を執筆や展覧会企画などで紹介。
近著:「藍から青へ 自然の産物と手工芸」建築資料出版社
草虫暦:http://xusamusi.blog121.fc2.com/
ソトコト10月号より「plants and hands 草木と手仕事」連載開始(エスケープルートという2色刷りページ内)
   
 
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