連載
 

いろいろな樹木とその利用/第12回 「ネムノキ」 

文/写真 岩井淳治
  杉だけではなく様々な樹木を紹介し、樹木と人との関わりを探るコラム
 
初夏から夏にかけて、丸い赤い刷毛のような形をしている花を咲かせている木をみかけます。横に広がった扁平な樹冠をしていて、山の中よりも、高速道路の脇や河原でよく見ますが、土手沿いには大木が生えているのを見かけます。花が咲かなければ普段見逃していることが多いのですが、この時期は存在感をアピールしています。第12回目はネムノキです。
   
 
   
 
  ネムノキの花 平成21年7月23日撮影
   
  6月〜8月にかけて、河原や原野、土手で淡紅色のきれいな花を咲かせるネムノキは、夜になると小葉が閉じて「眠る」ように見えることから名付けられています。「ネムノキの花が咲いたら小豆を播く」という地方や「花がたくさんきれいに咲いたらマメ類の豊作年」と言う地方があり、農作物の暦(自然暦)としても利用されます。
そんなネムノキですが、どのように使われてきたのでしょうか。
   
   
  ●俳句とネムノキ <ネムノキの意:ねむ、ねぶ、合歓(ネム)>
 

夏の季語になっており、美しい花が目立つため俳句に詠まれています。

 
  象潟や 雨に西施が ねぶの花 芭蕉
  西施は、中国の春秋時代の人で中国四大美女の一人。この句は西施の絶世の美しさと、 ネムノキの花の美しさとを対比させて詠んだ句として有名です。西施はまた、「顰(ひそ) みに倣う」故事でも有名です。
顰みに倣うとは・・・「西施が胸を病み、眉間にしわを寄せて苦し気な顔をしたのを、美のしぐさと思い込んで里の醜女がまねたところから、むやみに人のまねをして、世間の物笑いになること。また、人にならって事をする場合に謙遜していう語。」
  他にも
 
  雨の日や まだきに暮れて ねむの花 蕪村
  合歓の花 咲くや箱根の 間道に 蕪村
  合歓さくや 七つ下がりの 茶菓子売り 一茶
  乳牛の 角も垂れたり 合歓の花 河東碧梧桐
  まだまだいろいろと詠まれていますので、お好きな方は調べてみてください。
   
  ●材の利用
  材質は軟らかく、キリに似ていることから、胴丸火鉢、家具、タンスの前板などに利用しました。材の手触りが柔らかいことから特に女性用の鎌柄にしたとの記述があります。他にも下駄の歯や馬の鞍、天秤棒、屋根板(対馬)に使われたとのことです。
ネムノキは痩せ地や砂地でも育つので砂防樹種として海岸砂地や緑化用に植栽されていますが、材を取る目的で植栽するというのは聞いたことがありません。以前名古屋市にネムノキを並木に植えたとの情報もありますが、今は残っているのでしょうか?
   
  ●葉や樹皮は食用、薬用に
  さて、薬用としては、7〜8月の夏季に集めた樹皮を天日乾燥したものを合歓皮といい、利尿、強壮、鎮痛、駆虫、健胃に煎じたものを服用して使います。また、煎じたものは動物実験によって陣痛促進作用があることが知られています。
合歓皮を黒焼きにしたものとキハダ(オウバク)の粉末を2:8で混ぜ酢でよく練ったものを冷湿布とすると効果があるとのことです。また、ネムノキの花(合歓花)を乾燥し、煎じて飲めば脚気に効くとされています。
葉や若葉にはそれぞれクエルシトリン、ビタミンCなどが含まれ、ゆでて食用にしたり、牛馬の餌としました。よくマメ科の植物は家畜の餌にしましたので、子供の頃クズの葉を取る手伝いをしたことがあるかたも居られるのではないでしょうか?
葉を乾燥させ粉末状にしたものは抹香の代用として山村では利用されました。
   
  ●語源と方言
  樹木を覚え始めたころは方言名などには興味がなかったのですが、今は、方言名こそ重要な情報が詰まっており、方言名を良く知ることが必要だと思っています。
主なものは 眠りの木が変化したネブ、ネムリノキ系と、漢名の合歓からコウカ、コウコノキ系の二系統がありますが、身近な樹木であるためか、様々な方言が記録されています。
マッコ、センダン、イボノキ、トコロテンバナ、ヒグラシ、ビラビラ、ヨロイギ、ヨウヨウネブリ、ウシノコメ、ウマッコノキ、ショウヤギ、ヨネブリ、アサネゴロ。
花の特殊な形の表現や、家畜の餌に利用していることからついた名前のようです。
   
  ●その他
 

ネムノキを実際夜に見たことがありますか?
かくいう私も、今回記事にするため初めて確認しました。(汗)

   
   
  ネムノキ葉(夜バージョン)   ネムノキ葉(昼バージョン)
  写真のように、全く違う種類の植物のようになっています。小葉だけが閉じ、他はそのままになっています。
なお、葉が似ていて、さわると一瞬で葉が閉じるオジギソウも同じマメ科ですが、オジギソウは最初の刺激では葉を閉じ、さらに刺激すると葉柄の付け根からぐにゃりと曲がってしまいます。どういう進化を遂げてそのような性質を獲得したのか、大変興味がわいてきますが、まだ全貌解明には至っていないようです。
   
   
  【標準和名:ネムノキ 学名:Albizzia julibrissin Durazz.(マメ科ネムノキ属)】
   
   
 
   
  今月の一言
  *編集部に毎月、原稿と一緒に送られてくる岩井さんの一言。不定期にてご紹介させていただきます。(編集部)
  今回ようやく12回目です。スギをいつ出すか、出さないか。迷っています。
   
   
   
   
  ●<いわい・じゅんじ> 樹木の利用方法の歴史を調べるうち、民俗学の面白さに目覚め、最近は「植物(樹木)民俗学」の調査がライフワークになりつつある。
   
 
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