連載
  杉という木材の建築構造への技術利用/第5回 「新しい水平構面をつくる・その1」
文/写真 田原 賢
 

「杉の可能性を引き出す」木造建築の構造を、実例をもとに紹介していきます

 
1.はじめに    
   
  国産の木材を利用した木造住宅の構造材として、杉が使われるようになってきてはいるが、まだまだ構造材としての使用量が、供給能力に比べ非常に少ない。しかし近年の杉にこだわった住宅造りが、わずかではあるがブームとなりつつある。
この杉を利用した方法として柱や梁の構造材に杉を使い、他の構造的な要素(耐力壁の壁面材や水平構面の床面材)には杉を利用したやり方というのは非常に少ないものと思われる。
しかし、一部ではあるが、杉の利用方法として、合板にしようとする試みが行なわれており、杉の三層クロスパネル(Jパネル)が公的に認められている。これは木構造建築研究所 田原(旧事務所名=田原建築設計事務所)が構造評価を担当して、大阪に拠点がある任意団体の木構造住宅研究所で2000年3月に最後の38条による大臣評価を(財)日本建築センターで得たものであるが、クローズ的な技術であり、一般にだれもが作れるものではない。
そこで、当研究所が考案した杉の厚板による剛床仕様の開発をしダボを改良した仕様を、実験結果を踏まえて説明するものである。
   
  前回の仕様で、「品確法」の床倍率に換算すると、1.70倍程度であり、木造3階建てで行なわれている剛床仕様の床倍率1.40倍とほぼ同等で、一般の住宅に使えると思われるが、品確法の最高床倍率は、3.0倍であり、それと同等以上の性能を杉で構築することが可能かどうかを見極めるべく行なったものである。
なぜこのような高倍率の水平構面が必要かというと、住宅よりもやや広い空間を作ろうとした場合(たとえば幼稚園のホールや集会施設等)は、品確法における最高床倍率程度は最低必要であり、それを杉の板材で構築できるのならば、杉の利用方法は、板材が構造材としての機能を持つことで、格段に広がるのである。
   
   
  2.床組の重要な役割とは
   
 
常時におけるたわみ・振動・きしみ音をさせないことであり、生活上での不安や生理的不快感を与えないようにすることである。 また、最低限守るルールとして建築基準法を厳守する事でもある。
 
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又、非常時においては地震力や風圧力などの水平力を、建物の各部屋に分散されている耐力壁に伝えることである。
   
  なぜ床が剛である方が良いかというと、木造住宅を構成する耐力壁が、偏って配置されている場合においては、大きな地震力や風圧力を受けた時、ねじれが生じ倒壊の危険性が高くなる。
しかし、耐力壁がバランスよく配置されている(偏芯率 0.15以下の)住宅では、特別に剛床とする必要はなく、柔らかい床としてもよいが、意匠計画上、四角四面の住宅はメーカーの企画住宅以外では非常に少ないといえ、一般的に住宅の間取り等の平面計画は敷地条件等により決まったり、また生活スタイルで決定されることが多く、それらの要素を含めて多様なプランで構成されているのが現状である。(図−1)
   
 
  図−1
   
  つまり柔床が適合するような住宅はほとんどないと思われ、その様なバランスの悪い住宅には、ねじれを抑えたり、建物の変形を軽減させるために有効なシステムが「剛床」であり、その剛床とみなせる床については一般的には(財)日本住宅木材技術センターより出版されている「3階建て木造住宅の構造設計と防火設計の手引き」に記述されており、これは構造用合板を使用した一般的なやり方である。
この仕様以外にも色々考えられ、2000年6月から施行された性能規定においては構造計算や実験により立証された場合は、もっと自由度が広がったといえる。
しかし残念ながら現時点において剛床の定義、及び剛床である事の立証方法(実験等)も未だに議論され、法体系として確立した技術はないが、住木センター等の研究者による委員会等では、詳細な検証方法が提唱され、普及につながる可能性を持った案が出されており、設計者にとっては朗報といえるであろう。
   
   
  3.剛床とした場合の注意点
   
  剛床とした場合の注意点は、木質構造での剛床としての仮定を過大に評価しないことが重要である。
木質構造の水平構面はS造・RC造に比べると剛性は高いとは言えず、むしろそれらの構造から見ると柔かいと言った方がよい。よって余り大きな空間は確保できないと考えたほうが無難であるが、一般の設計者(意匠系)にはまだ理解されていないのが現状である。(図―2)
長辺方向の最大スパンの目安として4間程度、最大床面積35u以下とすれば一般的住宅の場合十分対応できると思われる。それ以上の大空間を作る下記のような場合は、さらに注意と慎重な対応(構造計算及び実験等の検証)が必要である。
   
 
  図−2
   
  さらに、もう一つの安全上の注意点として、階段・吹抜けによる水平構面の開口部の問題がある。
なぜ水平構面における開口部が問題かというと、開口部を除いた部分で力を伝達しなければならず、伝達経路のブリッジ(床面)や接合部に大きな力がかかり、破壊がおこる可能性が非常に高いからである。(図―3)
   
 
  図−3
   
  しかし、どうしても開口の要望があれば、ゾーニングによる詳細な検討が必要である。又、建物の外周部における継手は、剛床にした場合、各応力に応じた接合金物による補強が必要である。
以上まとめとして、床面だけでなく建物全体としてみた場合、直交壁によるねじれ抵抗や、吹抜け等の水平構面の剛性低下等を考慮し建物全体で剛床とみなせるかどうか検討する必要がある。
   
   
  4.杉を利用した水平構面の問題点と可能性について
   
  現在、建築基準法の法改正後1年が過ぎ、21世紀の法律といわれる「品確法」が施行され、一般の設計者・施工者の間では様々な問題点がでてきている。その中で、今までの概念にはなかった水平構面という考え方が「品確法」で床倍率として、床の評価を行うようになった。ところが、床倍率という水平構面の考え方を理解できないで、20世紀の壁量という壁のことしか考えていない人が多く存在し、自分たちが思っている床が、どの程度の剛性とねばりを持っているかをわかっていない人が、多いと思われ、今回のテーマを通して理解してほしい。
   
  この実験は、近畿職業能力開発大学校の「実務者のための企業人スクールセミナー」の一環で、「新しい水平構面を考える」ということで、企画したものであり、実験を通して体験をしながら学んでもらうものとして行なったものである。
通常の2階建て住宅によく使用されている「合板転ばし根太+火打ち仕様」(写真−1)と、3階建て住宅で用いられる剛床仕様の落とし込み根太による「合板直貼り仕様」(写真−2)においては、「品確法」での床倍率と比較してどれくらいの差があるのかを確かめるために実験を行なうこととした。
   
   
  写真−1
通常の2階建て住宅によく使用されている「合板転ばし根太+火打ち仕様」の実験を行なうための試験体製作もセミナー生及び高専生と協力の上行なった。
  写真−2
3階建て住宅で用いられる剛床仕様で落し込み根太による「合板直貼り仕様」も上記と同様に行なった。
   
  また、新しい水平構面としては、「桧や杉の厚板を有効利用」するために、構造用合板と同等以上の性能を引き出す方法として、田原建築設計事務所が考案した流しダボの改良型である「せん断抵抗ダボ仕様」を用いることとした。
「せん断抵抗ダボ仕様」(写真−4)は板と板のズレを防止することで、従来の方法である「斜め隠し釘打ち仕様」(写真−3)を格段に上回る性能が期待できる。
   
   
   
  写真−3
ズレ止めがないため簡単に板がズレてしまう
  写真−4
ダボにより板のズレに抵抗できるようになる
   
 

さらに、材料の地域によるばらつきや、含水率の差によってどれくらいの影響があるかを確かめるために、杉材については吉野産と高知産の2種類について実験を行なうこととした。(写真−5・写真−6)

   
   
  写真−5 {吉野産 杉}
含水率のやや高い杉材(含水率40%程度)
写真−6 {高知嶺北産 杉}
乾燥機した杉材(含水率15%程度)
   
  以上のことをふまえて、計5体の実験を行ない、それぞれの床倍率を算定・比較し、実用化が可能であることを確認することを目的とした。
   
   
 

次回の第6回は試験体の詳細紹介です。 お楽しみに

   
   
   
   
  ●<たはら・まさる> 「木構造建築研究所 田原」主宰 http://www4.kcn.ne.jp/~taharakn
   
 
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