連載  
  あきた杉歳時記/第34回 「秋田杉のバス乗り場」
文/ 菅原香織
  すぎっち@秋田支部長から、旬の秋田の杉直(さんちょく)だよりをお届けします ・・・・
 
今年の3月25日、秋田市の玄関口でもあるJR秋田駅の西口バスのり場が、秋田杉がふんだんに使われたバス乗り場に生まれ変わった。(北のスギダラ参照)これは平成20年度に秋田市の「秋田杉街並づくり推進事業」(秋田杉を活かした街並づくり参照)で、秋田杉を活用してバス乗り場の修景整備を行ったものである。既存の構造体はそのままで、柱まわりと軒天に杉を貼り巡らせている。以前は鉄骨の殺風景なバス停に広告ポスターや時刻表が無造作に風よけのパネルに取り付けられただけの、いかにも寂れた雰囲気だった。いまではあたたかな手触りと、雨が降るとふっと杉のかおりがすると市民や来訪者にはおおむね好評だ。
   
   
  修景前のバス停   修景後のバス停
  実は遡ること昨年の4月、秋田市まちづくり整備室の担当者から修景事業の情報提供があり、これまで県北での活動が主だったため、県都である秋田市への進出を狙っていたスギダラ秋田支部としては「秋田杉を県内外の人にアピールする絶好のチャンス」ということで、全面的に協力を申し出たのである。屋外で杉を使う際の劣化の具合に関するデータは既に平成18年度に実証実験されていたので、問題はデザインだった。私の頭の中には、一昨年の9月に宮崎にスギダラ視察に行った際の日向市駅や天満橋の橋詰広場などのイメージがあり、実証実験の時に施していたつやつやと塗装された床板のような板材を貼った軒天だけは避けたいという思いがあった。そこで昨年の4月から始まった公共デザイン分野の授業SD演習のなかの題材として学生と取り組み、そのデザイン提案の一部が実施設計に採用されることになった。(北のスギダラ参照)
   
   
  軒天やルーバーに杉を貼って実験中のバス停   修景後のバス停
  修景が終ると今度は、修景された後に残る30基近くある、真っ青なプラスチックのベンチが気になる。どうせならベンチも杉になればいいなあと思っていたところ、(社)秋田市建設業協会から、ベンチを寄付するという話があり、図らずも秋田杉を使ったベンチのデザインの相談を受けることになった。そのとき協会さんから示された条件は、秋田杉を使い「秋田市建設業協会の会員が製作・設置できるもの」「設置費・製作費込みで一基8万円以下」「すべて木でつくりたい」「施工しやすいもの」「固定式か容易に移動できないもの」。「例えばこんな感じ」と渡された写真は丸太を使ったログログしたベンチ。「うーん。これは1人で話を進めていくのは難しいなあ」と思っていたところに強力な助っ人の登場である。
   
  12月30日、スギダラトーキョーに所属するプロダクトデザイナーの武藤貴臣氏が秋田に来るついでがあるというので、窓山デザイン会議のとき渡しそびれていた資料などを持って近所のファミレスで待ち合わせることにした。実は、彼は秋田県旧神岡町の出身で美短の生産デザインコースの卒業生。卒業してからは東京のデザイン会社に勤めていることは風の便りで知っていたが、どういうわけかスギダラで再会したのだ。杉が取り持つ不思議な縁である。窓山デザイン会議でもカメラマンとして活躍してもらったが、今回も協力をお願いしたところ快く引き受けてくれた。
年明けから木製ベンチの調査を始め、詳細な内容についてはメールでやり取りしながら、デザインの方向性を固めていった。その結果、「秋田杉」のイメージは樹木や丸太の姿でなく、製材されて水平に積み重ねてあったり、立てかけてある「材としての秋田杉」のほうが景観的にも調和するのではないか、ということから、秋田杉で修景したバスのり場の完成イメージに沿って、板材を使ったA案、角材を使ったB案をまとめた。
   
  2月3日に秋田市建設業協会の方が6名、秋田市まちづくり整備室から2名、バス会社の秋田中央交通の方が1名同席してのプレゼンとなった。最初の条件ですべて杉でということだったので、ビス以外の脚金物などを特注することは難しい。そこでA案は、板材が積み重なっているようなイメージのデザインとし、B案は建設現場の作業台に載せられた角材のイメージで、市販のソーホースブラケットを使った脚の上に、二寸角の角材を6本並べたものを提案した結果、B案が採用されることになった。B案は角材の「どっしり感」「ボリューム感」があるデザインがよい、市販の金具を使うことで現地組み立てが可能である、不陸の路面に対して調整がしやすい、三寸角(9cm角)の既存材を使えば特別加工が必要ない、「盗難」されにくい、などが採用の理由として挙げられた。サイズは場所に合わせて1800mmと3600mmの2タイプで対応することに決まった。
   
   
  B案のベンチ(W1800サイズ)   (W3600サイズ)
  3月13日には塗装前の試作品の第1チェック。なんだかレンダリングのときに比べると、てくてくと歩いて寄ってきそうな、人なつこい小動物のような感じの仕上がり。「なんでだろう??」当初のイメージとは違うけれど、これはこれでよしとすることにした。座面は背割りを入れた芯持ち材とし、角をごく軽く面取りをしてもらうことにした。また、現地で組み立てやすく頑丈な脚部と座面との接合部についても検討。仕上げについては無色の防腐加工をしたのち、木地を活かした保護塗装を施すこととした。現場の秋田杉はすべての材料に木材防腐剤加圧注入(AAC)と木材表面保護塗装(ノンロット 高耐候含浸型205N Zクリアー)、軒天井のスリット材には先端から30cmのところには樹脂系のウレタン塗装が施されていたのでベンチにも同じように防腐剤加圧注入と木材表面保護塗装、脚部の接地する木口部分にウレタン樹脂系の塗装して防水性を高めることにした。
   
   
  塗装前のベンチ試作品   塗装後、組み立て終わって納品を待つベンチ
  4月20日には第2チェック。前回修正をお願いした部分が出来上がってきた。これを基本として製材を発注することになった。実はこの時点で気がついていれば修正してもらいたかった反省点がある。それは、なんとなく引っかかりを感じていた試作品の「コロコロとしていてかわいい」「てくてく寄ってきそうな感じ」である。武藤さんの分析によると「うま」の「背」の部材(角材を受けている部分)と、「角材」の断面と「背」の断面形状が同じ三寸角なので、「主・副」の関係でなく、「主・主」となる事でリズムがつくこと。更に「短い脚」もその印象に一役買っているのではないかということだった。「馬の背」の部材の断面を「90×90」から「90×60」に変更し、脚を延長する事で「角材」が「主」となり、長方形で構成された「馬」は馬としてのまとまりが生まれ、「角材」に対して明確に「副」となり、デザイン的により当初のイメージになる、と気がついた。しかし既に材料取りも防腐処理も終ったあとで、変更はできなかった。また、このとき試作品のベンチを現地に設置して実地検証してみればわかったのだが、軒天のボリュームや空間においた時のバランスを考えると若干小さく感じたので、もう少し太い材、少なくとも四寸角(12センチ角)ぐらいで、Lタイプは幅ももう少し長さがあった方が良かったような気がする。
   
  5月18日には組み立て設置のデモンストレーションや贈呈セレモニーの進行について打ち合わせが行われた。打合せ会場で表面保護塗装を終えた最終完成品を見たとき、「んっ!?」と一瞬目をこすった。そこにはツヤツヤとウレタン塗装を全面に施された秋田杉ベンチが置いてあったのだ。おそるおそる製作担当の会員さんに「全面ウレタン塗装でしたっけ?」と確認すると「前回の打合せでそのように決まったので」とのこと。あれー?私の思い違い?強固な塗膜面をつくるのではなく、杉の木の香りや素地の手触り感を楽しめるように、経年変化に対しては定期的にメンテナンスをボランティアの手で出来るよう、安全な自然オイル系の木材保護塗装材を全面に塗装するつもりだったのだが、うまく伝わっていなかったらしい。聞き間違いは言い手の粗相だ。またまた反省。やはり製作現場には足繁く通わなければだめだ、と、現地への設置前に最終確認をするために、組み立てあがった完成品を見に行ったところ、12尺のLサイズの馬の本数が4カ所だったのが3カ所に。1カ所足りない。これでも十分強度的には問題ないが、当初のイメージと違うため、休みを返上してレンダリングを描いてくれた武藤さんに、申し訳ない気持ちで一杯に。打ち合わせのときに確認し忘れたのかなあ?...後悔先に立たず。カタチになるってコワイ!
   
 
  設置イメージ合成。あまりに馴染みすぎて、変わったところが分からない?
  5月31日日曜日、いよいよ設置&贈呈セレモニー当日。今にも雨が落ちてきそうなどんよりとした曇り空の下、バス利用者が少ない朝6時からトラックでベンチを運びピカピカの秋田杉ベンチを設置した。現場は微妙にでこぼこしているので、脚の下に高さ合わせの木片を挟んで調整していく。ベンチをおいたそばからバスを待つ人が座っていく光景はやっぱりうれしいものだった。贈呈セレモニー会場では秋田公立美術工芸短期大学の学生7名と武藤氏、秋田市建設業協会の会員によって2台のベンチの組み立てデモンストレーションが行われた。秋田市長も駆けつけ組み立てに参加し、贈呈式のあとは組み立てたばかりのベンチに座りながら歓談。さて記念撮影というころになって雨が降り出したため、予定していたバス乗り場での記念撮影は断念し、その場所で記念撮影してセレモニーは無事終了した。
   
 
  ベンチ搬入設置は早朝バスの始発が出る前に行いました
   
  セレモニーでは秋田市長も組み立てました   ドリルに苦労する美短生諸君
  セレモニーで使ったベンチをバスのり場に運んだあと、小雨が降りしきる中しばらくベンチに腰掛けてみる。杉の縦格子に寄りかかり軒天を仰ぐ。杉に包まれた居心地の良い空間になったと思う。デザインに携わるものとして(あーすればよかった、こうすればよかったと)思うところはあるけれど、以前よりもベンチに座るバス利用者が増えたそうなので、ちょっとは役に立てたのかなと思う。なにより、駅前に秋田杉の居心地の良い空間が産・学・官・民の連携によって生まれた、という事実には大きな意義があることは間違いない。これをきっかけに、秋田杉の空間が少しずつ街にとけ込んでくれることを期待している。
   
   
  ポスターは11月以降に裏側に設置されスッキリする予定です
 
  設置後、バス停ではさっそく利用者が腰をかけていました
 
  市長を囲んで関係者での記念撮影
   
   
   
   
  ●<すがわら かおり> 教員
秋田公立美術工芸短期大学 産業デザイン学科 勤務 http://www.amcac.ac.jp/
日本全国スギダラケ倶楽部 秋田支部長 北のスギダラ http://sgicci.exblog.jp/
   
 
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