連載
  いろいろな樹木とその利用/第8回 「ヌルデ」 
文/写真 岩井淳治
  杉だけではなく様々な樹木を紹介し、樹木と人との関わりを探るコラム
 

ウルシかぶれになる方でもヌルデではかぶれないかもしれません。
私は昔、大学の実習の際、みんながかぶれると言って怖がっていたヌルデの葉を揉んで出てきた汁を腕や首や顔に塗りたくって試してみたことがあります。(怖いもの知らずですね)果たしてどのようになったのでしょうか?詳細は本文で。
第8回目は「ヌルデ」です。

   
 
   
 
 

ヌルデの葉(平成20年10月3日撮影)

   
 

北海道から九州まで分布しているヌルデは、奇数羽状複葉で葉軸に翼(よく)があることから簡単に見分けられ、一度ですぐに覚えられます。
秋に綺麗に紅葉しますので、ヌルデモミジという言い方もあります。
そんなヌルデですが、どのように使われてきたのでしょうか。

   
  ●ヌルデといえば五倍子
 

虫えい(ちゅうえい)という言葉よりも「虫こぶ」のほうがわかりやすいですね。虫こぶは植物に虫が産卵・寄生するなどしたときに植物が防衛反応としてその部分が異常な発育をしたものです。
特にヌルデシロアブラムシが寄生した葉には写真のように不規則な形をして中が空洞になったふくらみができます。これを五倍子(ごばいし)といい、多くのタンニンが含まれているので今でも利用されています。しかし今はほとんどが中国から輸入されているようです。

   
 
  ヌルデの五倍子 (平成20年10月3日撮影)
 

日本にも当然あるのですが、天然の状態ではどのヌルデにも確実に五倍子が出来ているわけではありません。数年前からいろいろなところのヌルデを注意して観察していましたがなかなか出来ておらず、昨年やっといくつか見ることができました。
結局、寄生するアブラムシがいなければ五倍子も出来ないわけですから、五倍子を確実に採取するにはアブラムシがどこにいるのかを知る必要があるわけです。私はヌルデばかり注目していましたが、もっと全体を見なければいけません。
病害虫図鑑によると、このアブラムシは中間宿主としてチョウチンゴケというコケで幼虫越冬することが知られており、春になってヌルデに移住すると記載されています。つまりチョウセンゴケがないところにあるヌルデはいつまで観察していても五倍子が出来ない(出来にくい)ことになります。もし、五倍子を採るつもりでヌルデを植栽している方がおられましたら、一緒にチョウセンゴケも地面に生やしてくださるようおねがいします。
このアブラムシは樹木に被害を与える害虫ではありますが、結果的に五倍子を生ずることから益虫として取り扱われることが多いとされています。中国では、人工的にヌルデに接種して五倍子を大量生産しているのですが、日本にいるアブラムシとは違うようです。(一度現地を見てみたいものです)

   
  ●五倍子の形でも分類がある
 

五倍子の形が耳附子といわれる形になると肉厚で、タンニン分多く良質とされますが、花附子の形になると品質は劣るといわれています。
この違いは次のように分類されています。

   
 
五倍子の種類と区別(眞保 1919)
耳附子
袋状になり、複葉の葉柄の翼葉につく。
花附子
数回分岐し、小葉片の中央脈につく。(アントシアンで着色していることが多い)
木附子
数回分岐し、枝端または葉腋につき袋状部は花附子より広く壁も厚い。(アントシアンで着色していることは少ない)
 
(薄葉 重著 八坂書房 虫こぶ入門p.47より)
   
 

また、昭和初期の事典(平凡社大百科事典)では「ヌルデには他にハナフシといふ蠱えいが出来る。これはヌルデノハナフシの産卵により生ずる細裂した形状のもので薬用に供せぬ。」と記されており、花附子は薬用には利用しないこととなっています。
写真のものは耳附子なので採取して利用できます。虫が脱出しない九月頃採取します。
なお、ヌルデのタンニンは、皮なめし、染料、インク原料、お歯黒液、写真現像液などに利用されていました。

   
  ●塩の代用
   
 

ヌルデの果実についた塩状物質

 

こんなふうに真っ白になっています

 

別名シオノキといいますが、これは写真のように、果実が白い塩のような物質で覆われるからです。撮影時には少し湿っていました。
この塩のようなものを昔の人や戦時中の困窮時代には本当に塩代わりに利用していたそうです。
この粉の正体はリンゴ酸カルシウムという物質で、実際になめてみると酸味に少し塩味があるという感じがします。これを無塩醤油と同様に腎炎患者に用いるとされています。
実際塩を取るつもりで採取してみましたが、どうやって取り出すか良くわからず(大きな鍋で煮出せばよいのでしょうが、実験できませんでした。)、水の中に入れたままにしていたところ発酵してきたので断念しました。ヌルデには蝋物質もあるので、うまく分けて取り出す工夫を考えなければなりません。

   
  ●薬用として
 

原色和漢薬図鑑(保育社)をみると五倍子のことを「ヌルデの若芽や葉上に、アブラムシ科のヌルデシロアブラムシが寄生し、その刺戟によって葉上に生成した嚢状虫虫えいを少時熱湯に浸した後乾燥したもの。不規則な菱角状で、わずかに瘤状突起があり、また角状分枝がある」と記載されています。
その含まれるタンニン成分によって、収斂作用、止血作用を現します。また、胃腸の異常発酵に対し、細菌を殺す作用もあり各種菌類の抗菌殺菌作用があり、また止瀉薬としても用いられています。

   
  ●かぶれるか、かぶれないか?
 

ヌルデはかぶれる植物の代表であるウルシの仲間なのですが、「かぶれない」「かぶれにくい」と言われています。
冒頭に書いたように、ヌルデの葉をもんで両腕にこすりつけるような荒行(!)をしてみたところ(真似しないでください)、ウルシでは翌日か数時間で症状が出てくるところですが、一切症状が現れませんでした。周りに「ほら大丈夫だっただろう!」などと自慢していましたが、5日後になって、両脇腹にびっしりと湿疹のようなものが出てきました。こんなものが出る覚えはヌルデ以外にはないので、きっとヌルデの仕業だろうと思います。しかしウルシの症状とは違い、かゆみはかなり少なく、また、顔や手などには症状が出ませんでした。(触っていない脇腹に出るというのは、そこが弱い部分なんでしょうか?)
私の実験結果では、よく言われているとおり「ヌルデでかぶれることもあるが、ウルシほど強くない」のは当てはまるようです。
ちなみに、業界ではツタウルシが「最強」だということになっています。でもこれを実験するつもりはありません…。

   
  ●方言・別名
 

樹木を覚え始めたころは方言名などには興味がなかったのですが、今は、方言名こそ重要な情報が詰まっており、方言名を良く知ることが必要だと思っています。
フシノキ、フシ、フシキ、フシギ、フシッキ、フシフシノキ、キブシ、シンブシ、シンボシノキ、カツノキ、カチノキ、カツッキ、カツギ、カチキ、カヅノキ、カジノキ、カクノキ、ゴマギ、ゴマノキ、シホノキ、シホノナルキ、シホカラ、スノミ、ヌデ、ヌテッポ、ヌルデンボウ、ヌリデノキ、ヌリダ、ノデ、ノデノキ、ノデボ、ノルデ、ユルデ、ユリダ、カドノキ、コバイシ、エビノキ、ハグロノキ、アカペソ、マケギ、サイハイノキ、モチバシノキ。(上原敬二著 樹木大図説Uより一部引用。)

フシノキ系、シオノキ系、ヌルデ系、カチノキ系が大半です。フシノキは五倍子から、シオノキは果実に附くリンゴ酸から、ヌルデは、樹皮を傷つけると出てくる液で物を塗ったことから、カチノキは勝の木から、名づけられています。
ゴマギというのは護摩木のことで、真言宗ではこの材を焚く時に爆発音をなすために使われているとのことです。

   
  ●その他
 

ヌルデは全国に生えており一般的なので、いろいろ利用されていますが、材が白く軟らかいことから箱、楊子、木札を作り、軽いので浮きに利用されていました。
また、枝を短く切り三本合わせて束ねて俵のようになったものを正月に神棚に供える行事もおこなわれ、カツンボと呼ばれます。

   
   
  【標準和名:ヌルデ 学名:Rhus javanic L.var.roxburghii.(ウルシ科ウルシ属)】
   
   
   
   
  ●<いわい・じゅんじ> 某県にて林業普及指導員を務める。樹木の利用方法の歴史を調べるうち、民俗学の面白さに目覚め、最近は「植物(樹木)民俗学」の調査がライフワークになりつつある。
   
 
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