連載

 

杉で仕掛ける/第10回・実践編 「ねばり杉」と「がんばり杉」 

文/ 海野洋光

 

 
 

連載して10回目になりました。早いものですね。コツコツと積み上げていくといつかはという意味で「塵も積もれば大きな山となる」と言う言葉がありますが、ただ漫然と日々を繰り返していても本当の目的には到達できません。ちょうど、節目ですので「杉トロッコ」のお話をしたいと思います。

   
 
  杉トロッコ
   


「杉トロッコを作ろう!」と考えたのは、上崎のプロジェクト途中からでした。杉を使った素晴らしい上崎橋ができる。杉のトロッコは、上崎橋の完成に向けて、さまざまな仕掛けを仕込んでいるなかのひとつでした。綿密な計画を立ててはじめから、杉トロッコ計画を考えたわけでは、ありません。(スギダラは、いつもそうです)杉トロッコを作ろうと計画したのは、あの宮崎県を襲った台風災害あとからでした。いくつもの鉄橋が無残にも流され、高千穂鉄道は、運行できなくなったのです。上崎地区にある鉄道も、川上と川下の両方の鉄橋が台風で破壊され、完全に孤立した状態になってしまったのです。上崎橋のプロジェクトでは、橋完成後の高千穂鉄道を利用した複合的な交通機関の利用も素案の中ではありました。上崎地区へ国道を利用する観光客の誘致や列車からの観光客をいかに上崎駅に下ろすかなどです。上崎地区にある貴重な公共施設が機能しなくなったのです。悲しい災害の爪痕ですが、これは、別の意味でチャンスであると南雲さんや海杉は考えたのです。「廃線寸前の鉄道に杉トロッコを走らせるプロジェクト」を思いついたのです。

   
 
  橋と上崎駅
   
 

スギダラプロジェクトは、さまざまな活動形態がありますが、基本は、「人」です。上崎プロジェクトは、上崎の人たちを中心に上崎以外の地元の人、行政の関係の人、東京などの県外の人がそれぞれの想いを集約させなければ行動は、はじまりません。スギダラプロジェクトでは、立場の違う人を繋ぐには、言葉ではない「杉絆」が必要なのです。最近は、ワークショップと言う手法が流行っていますが、コミュニケーションを上手く作り上げるに協働でモノを作り、体験することをことで意見の集約をして人と人との関係をスムーズにしています。上崎のプロジェクトに参加して、同じような進め方を思っていたとき、海杉が感じたものは、地元の人たちの「想いの波長」の違いでした。

言葉では言い表せませんが、上崎の人たちの橋が完成後のビジョンが、海杉には明確に掴めていませんでした。なぜだったのでしょう?今にして思えば、上崎の人たちは、全力で上崎橋の建設に力を注いでいました。何世代にわたる陳情がようやく、現実となって迫ってきたのです。橋の完成が最大のゴールであって、橋を使って地区がどのような形になるのかを描くには、まだ時間だかかることでした。そんな中で「杉トロッコ計画」を上崎地区の皆さんに提案してしまいました。

   
  上崎地区の方は、「杉トロッコ計画」にのってきませんでした。理由は、いろいろあります。どこから資金がでるのか?製作して保管をどうするのか?運用して事故の責任は?ついには、誰がトロッコを押すのか?という意見も出ました。この計画は、上崎の人たちに喜ばれると思っていましたが、ちょっとガッカリでした。「橋」が目標に上崎の人たちに「杉」や「トロッコ」の提案は別のものに写ったのかもしれません。あの時、熱く語ったトロッコの模型が今も海杉のところに今もあります。   杉トロッコの模型
   
 

上崎地区の皆さんが、最初の提案から地区内で粘り強く議論してもらったお陰で、開通式の日に、上崎で走らせることになりました。その知らせを聞いた時は、本当にうれしく思いました。

どんな「計画」でも「実施」となると問題が生じます。車輪はどうするのか?(これは、当時、振興局の植村さんらが解決してもらいました)トロッコの図面で持ち運びの良い組み立て式にするためには・・・。(これは、うちの大工さんと海杉とで考えました)資金は?保管場所は?実際に運行するに当たって安全対策は?ひとつひとつをコツコツと解決していかなければなりません。ほとんど鉄屑状態の保線用トロッコの車輪をヨシモトポールの協力で改修して、新品同然にしました。(修理した車輪は、もう、既存の部品は、なくなっていました)南雲さんから図面を頂きましたが、「簡単に持ち運ぶこと」は、出来ない図面でした。組み立て式にするため、また、数人で分解、組み立てが出来るために軽量化も考えました。金物のボルトで接続できるだけでは、どうにもなりません。軽トラせめて1トントラックに載せられるトロッコにしなければなりません。最低2人で積載できることも条件にしました。南雲事務所とのやり取りを繁雑にしたことを覚えています。「屋根の杉板が薄い」と南雲さんから指摘がありました。でも、2分割して二人でも持ち運びが出来なければ、意味がないのです。これらのことは、あとで大いにプラスになりました。

杉トロッコ計画で一番の難所は、「資金」でした。主体の上崎地区の方には、もう負担を掛けられないことは、十分承知していました。聞けば、記念碑を作る資金も大変苦労しているとのことでした。そこで、海杉は、あることを思いつきました。日向市の駅舎のイベントに使えないかと…。はじめの相談は、日向市の方に鉄道高架が開通する前に杉トロッコを走らせることは出来ないか?という提案でした。日向市の方は、いつも前向きに考えてくれます。(感謝)しかし、答えはNOでした。それでも、JRさんとの協議の中でこの返事もかなり時間が掛かりましたが、旧駅舎のサヨナライベントでは使えるという返事でした。(やった!)日向市の方の交渉も、粘り腰で、すごいです。海杉は、早速、日向木の芽会の仲間に杉トロッコの話を持っていきました。北方町の上崎橋のための杉トロッコではなく、日向市駅舎のイベントのための杉トロッコだったら、協力がもらえると信じて仲間に相談をしました。こちらも快諾をえて、すぐに、日向木の芽会として宮崎県産材流通促進機構に資金の申請を出したのです。同機構も杉のPR効果が高いこと、県内でも注目されている日向市駅と高千穂鉄道に使用すること。そして、何より、日向市という行政が絡んでくれていることで資金を出してくれるとの返事をもらいました。どんなプロジェクトも資金の捻出は大変です。今回は、ウルトラCに近い話になりましたが、「粘り杉」と「頑張り杉」が良く持続したものです。

上崎橋の開通前日は、雨でしたが、トロッコが走り出しました。本当に良かったです。絵になりますし、橋だけでなく、もうひとつ想いを加えることができる仲間たちの力を感じました。余談ですが、自分の子どもたちが、私の作ったトロッコに乗って喜んでもらう笑顔は、父親としても最高にうれしい瞬間です。

苦労話も、「粘り杉」のお陰でうれしい思いができました。「日向市駅舎のさよならイベント」での杉トロッコの走行もうれしいことでした。自分が作った杉トロッコが走り出す。杉のトロッコの計画当初は、思っても見なかったことです。一粒で二度おいしいですが、その前に日向市駅舎誕生のイベントでも、お披露目をしましたから、三度おいしいですね。

プロジェクトが成功するためには、仕掛けるモノを十分吟味しなければならないのです。面白いアイデアがあっても出すタイミングも大切です。でも、一番大切なことは、粘り強さです。腰の折れない時間をかけた話しが、多くの人を感動させるイベントを作り上げるということです。

三回もおいしい思いをしましたが、先月、4度目のおいしいが回ってきました。高千穂鉄道の廃止が決まって、神話高千穂トロッコ鉄道に引き継がれ、それから「高千穂あまてらす鉄道」に変更になってしまいました。同鉄道会社の社長に作家の高山文彦さんが就任しました。かなり、存続は大変なようです。海杉は、何とかこの人たちの支援はできないものかと考えていました。もちろん、押し付けでは、ダメです。できれば、自然な形でサポートができればと考えていました。同じ木青会のS君が、日之影なのでトロッコの話をしておいたのです。「何か使う時があれば杉トロッコがあるから…」たったコレだけしか話しませんでした。何の音沙汰もないので半分忘れかけていましたが、S君から「日之影の粟田さんから電話があるから」
すぐに、粟田さんからは「トロッコを貸してほしい」という申し出がありました。
本当にうれしい話です。また、あのレールと車輪の音が聞ける。海杉のブログに書いたら、すぐにコメントが入ってきました。あの赤星たみこさんからです。知っていますか?漫画家ですよ!有名人です。宮崎県日之影町出身だそうで、私のブログにはじめて有名人がコメントをしてもらいました。赤星さんは、なんでも粟田さんの妹だそうです。深角駅のさくら祭りに使いたいとのことで前日、組立作業のお手伝いに行きました。高千穂鉄道の元運転手さんが、本当にうれしそうにトロッコを走らせてくれました。運転手さんは、なんとTRの帽子まで持ってきていたのです。

   
 

さくら祭り当日は、私の子ども3人を連れてお邪魔しました。アットホームなお祭りでみんな鉄道が再開することを信じて大きな声で歌を歌いました。海杉の子どもも大喜びです。

「杉で仕掛ける」とカッコの良いことを書いていますが、ほとんど、周りの人にお願いするだけで、海杉自身は、何もしていないのです。本当に「杉」が媒体になって人が良い方向に動いてくれています。杉トロッコは、まだまだ、活躍するでしょう!

   
 

 
  高千穂鉄道の元運転手さんがトロッコを走らせる   運転手さんの帽子に大喜び!
 
   
   
   
   
   
   
 
●<うみの・ひろみつ>日向木の芽会
HN :日向木の魔界 海杉
   
 


 
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