連載
  杉が日本を救う/第2回 「日本海側に残された天然生スギに出会う」
文/写真 高桑 進
   
 
 
  1.杉とは
   
  スギは学名が Cryptomeria japonica(クリプトメリア ジャポニカ)。日本列島にしか生育しない日本固有の針葉樹です。北は青森県から南は鹿児県まで分布します。「杉」の語源は、一般に真っすぐな木から来たと言われますが,必ずしも真っすぐに育つわけではないことは日本海側に生育する天然杉を見ると分かります。したがって、すくすく育つ、つまり成長が早い樹というところから名づけられたのが正しいのではないかと私は考えております。
   
  45都道府県の中で杉を県木に指定している府県は,秋田・富山・三重・京都・奈良・高知の6県にも及びます。各地域に古い神社の境内には、必ずといってよいほど杉の大木が聳えたち、参道には杉並木が植えられています。そのような杉には、何らかの理由で現在まで保護されてきた杉が多いのです。一方、天然記念物指定された本物の天然スギもあり、また縄文時代のスギもみることができるので、現在のスギの姿はヒトが栽培化したものであることが分かります。
   
   
  2.日本海側に生育する天然生スギ
   
  スギは、一般人はもとより一級建築士でさえも正しい知識がないのが現状です。その原因の一つには、現実の杉の姿を知らない、見る機会がないことがあげられます。一般市民でも、杉といえば真っすぐな姿の杉しか知らない人がほとんどでしょう。
  ところが、日本海側に生育する国や市の天然記念物指定された杉の姿を観察すると、今まで杉について抱いていたさまざまな常識や思い込みが間違っていた事に気づかされます。
   
 

●石川県加賀市山中温泉栢野町「栢野大杉」

  たとえば、石川県加賀市山中温泉栢野町にある「栢野大杉」は、植物学者 三好学 東京帝国大学教授が樹齢2300年と鑑定し、昭和3年に国の特別天然記念物に指定された杉です。菅原神社の境内にそびえ立つこのスギは、地上2メートル以上でほぼ同じ太さであることから2本のスギが合体した可能性が考えられ、天然ではなくて植樹された可能性が考えられます。
地元の世話人の方から、この地域の方々がこの杉を大切にされてきたこと、以前根がむき出しだったので新しい山土を入れて保護したところ、翌年には無数の実生ができた、ということをお聞きしました。これは大変興味深い事実です。なぜなら自然のスギの実生は林道沿いの山土や、岩の上や切り株の上の水苔などが生えている場所で見られます。つまり、新しい山土を客土したことで地上に落ちた杉の種子が芽生えることができたと考えられるからです。杉の種子の大きさは1ミリ以下で大変小さく、ほぼ無菌的な環境でないと発芽しないからです。
 
  石川県加賀市山中温泉栢野町「栢野大杉」
   
 

●石川県白山市吉野「御仏供杉」

  また、御仏供杉(オボケスギ)は石川県白山市吉野にあり、国の天然記念物に指定され地上1メートルから多数の枝がまるでタコの足のように伸びている姿をしています。この杉の形はどう見ても、建材を取るには全く不向きな形状です。真円で通直な吉野スギなら建材として利用出来ますが、このような異様な形態では全く利用価値がありません。しかし、その異様な姿に日本人はなにか引きつけられるのでしょう。そのため今日まで、大事に保護されて大きく育つことが出来たわけです。御仏供杉の周囲に巡らされた浅い溝が、このような乾燥しやすい平地での杉の生育を可能にしています。
 
  石川県白山市吉野「御仏供杉」
   
 

●富山県魚津市「洞スギ」

  富山県魚津市を流れる片貝川上流の南又谷を中心に、洞スギと呼ばれた天然スギの巨木群があります。峡谷の斜面に転がった巨石を抱きかかえるように根を張り生育するスギの姿は圧巻で感動します。おそらく、大きな岩の上に生育した苔の上に落ちたスギの種子が次第に大きくなり、数百年かけてこのような形の洞杉ができあがったと思われます。急峻な地形と多雪地帯という自然環境が、スギの生育には適しているということがよくわかる場所です。
 
  富山県魚津市にある岩を抱く「洞スギ」
   
 

●富山県魚津市 魚津埋没林

  魚津市にある魚津埋没林には約2000年前に河川氾濫と海面上昇により埋没したスギの原生林が保存されています。魚津港建設に際して発見された樹齢500年以上の杉根は水中に保存され、国の特別天然記念物です。つまり、縄文時代から日本海側にはスギの大群落が広がっていたことを示唆する遺跡といえます。是非一度,訪れてみて下さい。
   
 

●富山県魚津市入善町「沢杉」

  さらに、魚津市入善町には沢杉記念館があります。ここに生育する国指定の天然記念物である沢杉は、全国でも大変珍しい海岸線からわずか100メートルという場所に生育しています。どうしてこのような場所で生育出来るかと言えば、黒部川の伏流水が絶えず湧き出ているからです。ただし栄養分が極めて乏しいので、生育は極めて遅く、年輪幅はまるで北山杉とそっくりで大変密です。実は,この入善沖の海中には、約5000年前のスギの原生林が見つかっており、日本海側には縄文時代からスギの原生林が広がっていたことが分かります。
   
 

●石川県珠洲市「愛宕神社のスギ」

  能登半島の珠洲市に行けば,愛宕神社のスギ(別名、高井の地蔵スギ)があります。高さ16m、周囲7.5mの堂々たる姿をしたスギで、もともと法住寺という鎌倉時代に栄えたお寺の地蔵堂があった参道に植えられたスギのようです。太い幹と、スギ上部が広がった姿は凄い迫力があります。
 
  石川県珠洲市「愛宕神社のスギ」(別名、高井の地蔵スギ)
   
 

●石川県珠洲市高照寺境内「倒さ杉」

  また、中世に栄えた高照寺境内に植えられていたと思われる倒さ杉は、まわりの水田地帯に独立して立ち、高さ12m、周囲6.8mで、まるで盆栽の形をしたスギです。幹が太く、枝先は下垂して地面に接地しているため、その姿が倒さに見えるという事で現在まで保護されて残されました。
 
 
  石川県珠洲市高照寺境内「倒さ杉」
   
 

●石川県珠洲市若山町大坊「帚杉」

  珠洲市は若山町大坊にある新宮神社の通称帚杉(ほうきすぎ)の異様な姿は大変印象的です。高さ20m、周囲6.3mで、幹の下部にはまったく枝がなく、地上5m付近から上には無数の枝がまるで帚のように上に向かってのびています。
   
  このような能登半島の珠洲市に残された極めて異様な姿をしたスギは、天然性かヒトが植えたものかは分かりませんが、その姿から見て、建築材には向かないことから伐採されずに残された可能性は否定出来ません。
   
  私は神社や古いお寺の境内に残された巨樹のスギは植えられたものが多いように思います。しかし、数百年まえにその地域に生育していた天然スギの子孫である可能性もあります。富山県の洞スギや沢杉は間違いなく天然性のスギであると思いますが、普通の人が目にする植林されたスギとはあまりにも違う形態をしています。
   
  このように日本海側に生育する巨木のスギを訪れてみると、日本列島にしか生育しない固有植物であるスギは実に奥深い生態を示す魅力的な針葉樹であることがわかります。
   
  皆さんも、一度日本海側に生き残っている天然生の杉の巨木に会いに行きませんか。
   
   
   
   
   
   
  ●<たかくわ・すすむ> 京都女子大学名誉教授
31年勤めた京都女子大学を2013年3月に退職し、4月から同大学で非常勤してます。9月から同志社女子大学、大阪大谷大学でも非常勤の予定。たった一人の妻と同じ家で生活してます(笑)。
1948年富山高岡市生まれ。名古屋大学大学院博士課程修了し、理学博士号を取得。米国ミズーリ州立大学でポストドクを2年やり、京都女子大に勤務。全てのいのちを大切にする「生命環境教育」を、京都市左京区大原にある25ヘクタールの自然林「京女の森」で、1990年から実践中。専門は環境教育、微生物学。フェイスブックとLINEしてますよ。現在、杉文化研究所所長。
著書:「京都北山 京女の森」ナカニシヤ出版。
趣味:フロシキと手ぬぐいの収集。渓流釣り、自然観察等。
   
 
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