連載
  スギと文学/その48 『祠の前のちしゃのいろした草原に』 宮沢賢治
文/ 石田紀佳
  「春と修羅」第二集より
 
 

祠の前のちしゃのいろした草はらに
木陰がまだらに降っている
   ……鳥はコバルト山に翔け……
ちしゃのいろした草地のはてに
杉がもくもくならんでいる
   ……鳥はコバルト山に翔け……
那智先生の筆塚が
青ぐもやまた氷雲の底で
金亜(びた)のかたちの粉苔をつける
   ……鳥はコバルト山に翔け……
二本の巨きなとどまつが
荒んで青く塚のうしろに立っている
   ……鳥はコバルト山に翔け……
樹はこの夏の計画を
蒼々として雲に描く
   ……鳥はあっちでもこっちでも
     朝のピッコロを吹いている……

   
 
   
 

ちしゃ、というのはレタス。
このころのレタスがどんな色だったのか。
戦前だから、チマサンチュのような「カキチシャ」のことかもしれない。
さわやかなグリーン。
初夏の風景だ。

余談だけど、レタスやサンチュがキク科というのは、花を見るまでは信じがたい。
たいていのキク科は葉っぱがざらざらしているし、キクらしい香があるし。
余談ついでに、チシャというのは乳の音からきているという説も。レタスの切り口は白い液が出るから。

話しを詩にもどそう。
でも詩って自由に、そこにならぶ言葉ことばの連想をしてもいいのだろうから、もどすももどさないもないのかも。

このチシャ色のさわやかな風景画の中に
もくもくならぶ杉。きっと誰かが植えたんだ。
二本の大きなトドマツは自然に生えたのだろうか。
荒んでいるだなんて。

そのトドマツの前に、
「那智先生の筆塚」。
筆塚とは、使い古した筆を埋めて、その供養のために築いた塚だそう。
那智先生って?
石好きの賢治だから、もしかすると硯につかう那智黒石のことをいっているのだろうか。
よくわからない。
ただ、このフレーズのあたりは、今、この初夏ではなく、過去からつながる長い時間を感じる。すさんだトドマツもそうだけど、忘れられたほどのときを。

そして、あ、と思い知る。
祠の前のチシャ色なんだ。

ハレーション気味の写真は、過去に見た夢を閉じ込める。
この夏の計画を、未来の目で夢見るけれど、それはすぐに後ろに去っていく。
ピッコロの音が響く。

   
   
   
   
  ●<いしだ・のりか> フリーランスキュレ−タ−
1965年京都生まれ、金沢にて小学2年時まで杉の校舎で杉の机と椅子に触れる。
「人と自然とものづくり」をキーワードに「手仕事」を執筆や展覧会企画などで紹介。
近著:「藍から青へ 自然の産物と手工芸」建築資料出版社
草虫暦:http://xusamusi.blog121.fc2.com/
『杉暦』web単行本:http://www.m-sugi.com/books/books_nori.htm
『小さな杉暦』web単行本:http://www.m-sugi.com/books/books_nori2.htm
羊毛手紡ぎ雑誌「spinnuts」(スピンハウスポンタ)に「庭木の恵み」を連載。
「マーマーマガジン」(mmbooks)に新連載「魔女入門」スタート。
   
 
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