連載
  スギダラな一生/第54笑 「僕たちの仕事」
文/ 若杉浩一
   
 
 
  ついこの前、久しぶりに南雲さんと飲んだ。杉ダラを立ち上げた時期は、いつも一緒に活動していた。しかし最近は殆ど別行動だ。
別に仲が悪くなった訳ではない。お互いに、自分のやることが広がり、手一杯だからだ。お互いの志や、気持ちに変化はない。
いやそれどころか、より深みに入ってきた感じがする。
そのお陰で、もはや、自分が何ものか、何の職業なのか、不明な日々になり始めている。今回は、最近の話をする中で、シンクロした話をしたいと思う。
   
  実は、7月20日付けで、僕たちは内田洋行から、内田洋行のデザイン子会社であるパワープレイス株式会社に出向になった。ここに至る一年、紆余曲折あり、大変であった。IT系技術者であり、戦友である村部長と奔走し、デザインとITの技術者が一体になったデザイン組織を立ち上げたのだ。
これからは、この仲間18人と供にデザインや技術で生きて行かなければならない。
入社し29年の歳月が経ち、研究所、開発企画(内務)、知研(窓際)、開発、デザイン課、テクニカルデザインセンターと、デザインと企画と窓際をやってきた。どんな時も、どんな境遇でも、たとえ自分の仕事外でも、いつも、仲間と共に、この会社をデザインでは誰にも負けない、世界に出るチームを夢見ていた。
   
  叶う、叶わない、出来る、出来ないは関係ない。それを見つめること。
今が恥ずかしくても、恥を恥と思わない気持ち、素直に事実と直面すること。
自分の不出来ぶりを認め、素晴らしいもの受け入れること。
楽しさ、悦びを共有するために、何時も劇的空間づくりに心がけること。
平坦な道のりや、見える道からは、苦労も、感動も起こらないからだ。
   
  「本当にこれで良いのか?これが未来に通じるか?」
「作ったモノや、プロジェクトを街頭で自信を持って説明出来るか?」
いつも自分に問いかけてきた。
何か、そのようなものが、リアリティーが、情景が思い浮かばないと燃えないのである。厄介なタチだ。
しかし、製品開発は、モノづくりは、売れなければならない。いやそれが前提である。売らなければならない、生きて行くために。
   
  何の為に生き、何の為に売るのか?
会社経営の為に、永続性という社会基盤の為に? また生きる為か!! 
「何の為に、売るんですか?売ることが全てですか?」と問う。
しかし、このコトを誰に聞いても答えが出ない。
「そんなことは、お前が考えることではない、命令通り売れるモノを作れ!」
と、こっぴどくやられるのが関の山である。
   
  何が足りないのか??? 何がその気にさせないのか?
ようやく、デザインを出来るようになり様々な製品を開発する中で突如、現れた自己矛盾。売れても、デザインの賞を貰っても、社内で表彰されても、何も答えらしいものは、見当たらなかった。むしろ、空虚だった。
「売れるということだけを、美旗にやっている、なんて所詮、言い訳だ。まず自分の気持ちが騙されんのだ!!」
会社のデザインというコトが、向かっている先に共感できるものが無かったからだ。「共感って、なんだ?」そんなことを思えば思う程、人生踏み外す。
転落はここから始まっている。しかし、ここから今が始まっている。
   
  ボンクラ人生の始まり。しかし、ボンクラなお陰で、自由が生まれた、期待もされず放っておかれたことで、このコトを追いつめることが出来た。
優等生は、嫌われること、外れること、体罰が屈辱だが、ボンクラ人生はそれが日常なので、ささやかな共感が悦びや支えになる。
しかも、色々な人に悦ばれようという意志がない。悦ばれようとしているのは、好きな人にだけだ。だから目標が明確なのである。
そして、その人から「ありがとう、良かったよ」と言われること、それが最高の悦びであり報酬だった。もう膝がガクガクするぐらい嬉しいのだ。
お金も、何も絡まなくても、悦びが溢れ出る。
そして、もっとやろう!となる。その繰り返し。
果して、こんなことの繰り返しで生きて行けるのか?
18人のチームを守れるのか? 今、僕はそれを問われている。
   
  スギダラのツアーで長良杉ツアーをやった時だった。(参照:月刊杉59号特集)ツアー二日目、あいにくの雨、親和木材の古田社長が言った「若杉さん、あいにく雨が降っています。山は標高が高く、傾斜もきつい場所です、林道も車一台分。この雨だと少々厳しいですね〜どうしますか?」
「そうですか〜〜、しかし、山の方々はお待ちになっているんでしょう?」
「はい、皆さんが来られるので準備しています。」
「それじゃ、行きましょうよ!」と現地に向かった。
思った以上の厳しい林道だった。滑ったら終わり、断崖と言っても良いぐらいの厳しい斜面に植林されている。しかも、標高が高くて杉の生長が遅いので思った以上に径がない、おまけに、管理が大変なので、お世辞にも美しい山ではない。そこの現場へ1時間かけて向かった、恐ろしくて脚がすくんだ。
少し開けた、場所には、木を切り出す為の重機と大型トラック。
僕らの乗用車ですら、危ない感じなのに、この大型トラックで運び出すこと、いやそれよりも、この急斜面から木材を切り出すこと、まさに命が掛かっている。あまりの厳しい環境、そしてあまりにも、少ない報酬。この厳しさの中で杉を育て供給すること。「何の為に?何の為に?何を思って?」
シトシト降る雨、そして現れた私服姿の山師の親分、渡辺さんは終止、ニコニコしていた。
古田社長がこう言った「この山を管理し材料を出してくれている方です。今日の皆さんが来られる為に、林道を整備し安全に来れるようにしてくれました。どうもありがとう御座います。」
厳しい山、厳しい環境、そして杉。彼らは代々、同じことを思い、同じことをしてきた。杉はずっとここに佇んでいた。賃金が下がろうが、山を思い、仕事を愛し、家族を思い、続けてきたのだ。
変わってしまったのは、僕たち。この人達はお金という価値を超え、仕事を愛している。しかも多くは語らず、僕らの為に悦んで休みというのに、仕事をしていてくれるのだ。
「何の為に、何の為に、何を思って?」
「若杉さん、渡辺さんは、今日皆さんが来られるのを、とても悦んでいました。来て頂いてありがとう御座います。こんな山奥で仕事をしていることを、見に来てくれる。知ろうとしてくれていることに感謝していました。ありがとう御座いました。」
「いえいえ、こちらこそ。むしろお礼を言わなければならないのは、こちらです。」
僕らは、雨の中一緒に記念撮影をし、お礼を言って、山を去った。
とても嬉しそうだった。僕らも、何か暖かいものが込み上げてきた。
   
  「何の為に、こんなことをしてくれるんだろう?」
その本質、それは、未来への「希望」と「ありがとう」の感謝の気持ち。
そうでないと、納得出来ない、理解が出来ない。
いくら儲かる?  いや、儲からない、むしろ出費。
何かしてくれる? いや、そんな期待出来ない。
何かの自慢?   いや、横たわる厳しい現状。
   
  人は、こんなことで生きて行けるのだ。仕事ができるのだ。
「何の為に?」その正体は、未来を思う、希望と「ありがとう」の感謝だったのだ。
   
  前に、高千穂の秋元に夜神楽を見に行った時にも感じた気持ちの正体。
  厳しい自然、厳しい仕事、その一年のほとんどの収入を、夜神楽の一夜の為に捧げる、そしてそのことを誇りに思う事。それは、一年、皆とともに生活出来たことの神への感謝、共に過ごした仲間への感謝と未来への希望だった。
   
  人は生きる為に働いているのではない。そのことを思うことで生きていけるのだ。
   
  ドキドキする感じ、それを手にした悦び、そしてそれを仲間と悦び合う、お客様が喜んでいる姿。いつもその感覚を探していた。
それは形ではない、雰囲気だ。情景であり、空気感のようなもの。
そして何の確証もない。ボンヤリ感だけだ。
しかし、思い続け、重ねるごとに、人の力、沢山の仲間の力で言葉になり映像になり、少しずつだが、それが実態として現れる。
自分一人では、殆ど出来ないのだが、皆に助けられてボンヤリが確信に繋がっていく。
だから、それをつかむ為に、自分のつまらないこだわりや、プライドや、恐れを捨て去るようにしている。
そして、悦びの広がりとともに、その仕事や仲間が大きく広がって行く。
希望と感謝の輪が広がって行く。
その真の対価が「生きて行くすべ」として与えられる。
結果に意味があるのではなく、実はプロセスにこそ意味があったのだ。
僕たちは、未来を思う「希望」と「ありがとう」の感謝で生きてきた。
そう思うと腑に落ちる。
   
  南雲さんが、飲みながらこう言った。
「若ちゃんさ〜〜、人はさ〜 ありがとうって言葉で生きて行けるんだぜ〜
本当に何にもない地域でさ〜〜有り難うって言葉で何かを起こせるんだぜ〜
凄いよな〜〜。」 
「凄いよね〜〜、そんなことをさ、この歳まで解らないなんてアホだった。もう一度戻らないと行けないね〜」
   
  そう、僕たちはそこに帰らなければならない。
作ったつもり、仕事したつもり、何かしたつもりでも経済は動くのだろうが、そこから始めなければならない。
そんなことを感じ合う人と巡り会わなければならない。
誰のせいにしてもいけない、誰のせいでもない、やるしかない。
一枚一枚と真実の扉を開けて行かなければならない、面倒で、厄介で、時間がかかるが、皆で悦びを一緒に手にするために。
進まなければならない。
   
  そして、そして、一緒に美味しいお酒を飲もう! 
モツ焼きもね。
なあ、皆!!
(一緒に立ち上がった、18人の仲間に感謝の気持ちを込めて)
   
 
  長良杉を守り続ける渡辺さん
   
   
   
   
  ●<わかすぎ・こういち> インハウス・プロダクトデザイナー
株式会社内田洋行 テクニカルデザインセンターに所属するが、 企業の枠やジャンルの枠にこだわらない
活動を行う。 日本全国スギダラケ倶楽部 本部デザイン部長
『スギダラ家奮闘記』web単行本:http://www.m-sugi.com/books/books_waka.htm
『スギダラな一生』web単行本:http://www.m-sugi.com/books/books_waka2.htm
   
 
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