特集 天草高浜フィールドワーク2012

  夕陽と、あの人のひと言。
文/ 西山壮子路
 
 
   高浜を訪問した、夏も旬のあの日々から、いつとはなしに、2つの月が過ぎようとしています。日中の暑さは、まだまだ盛んではありますが、夏も、もう、さすがに後ろ姿ですね。秋が、その気配を漂わせながら、少しずつ、けれど確かに、歩み寄ってくるのを感じます。例えば、夕刻、西の空を眺めたりする折に。
   
   夕刻、西の空を眺めながら、そういえば、と、気付いたことがありました。いつの頃からか、どうやら私は、そわそわと落ち着かない心持ちに駆られながら、何かを探すように、西の空を見遣っているようなのです。積年の多飲の悪習が、夕まぐれ招来するそわそわは、もうとうに馴染みのものです。ですから、このそわそわが、それまでのものとは別のものだということは瞭然としています。この感覚は、何なのかしら。思いを巡らせて辿り着いたところに、高浜の夕陽がありました。
   
   高浜の夕陽が、まさに、高浜の夕陽として、目の前にありました。一昨年の、夏の旬の頃のことです。縁あって、九州大学の藤原惠洋先生が主催される"高浜フィールドワーク・2011"に参加した折、高浜港の突堤から見た夕陽でした。熊本県八代市で生まれ育った私は、それまでにも度々、天草の西海岸を訪れていましたし(もちろん、高浜もその中に入っています)、世に聞こえた夕陽の美しさに見惚れたこともあったのでしたのに、一昨年のそれは、それまでのものとは違った特別な意味を持って、私の中に刷り込まれているのでした。
   
   特別な意味を持って、その夕陽が、私の中に刷り込まれていること。それは、2011年の高浜との出会い方が、特別なものだったことを、問わず語りに語っているでしょう。観光で訪れたのでは望むべくもない(観光を目的に訪れたある場所との出会いが、一人の人の運命を変えてしまう。そうした事例は、少なからず見聞しています。なのですが、やはり)、高浜との出会い方、つまり高浜の人たちとの、より親密な出会いが、そこにありました。
   
   高浜の人たちとの、より親密な出会い。高浜の潜在的な魅力を再発見し、高浜を活性化しようという同じ目的の下に集まって、地を共にすることで地点をつくり、時を共にしながら時点をつくり、考えることを共にして視点と思点をつくる。わずか、2泊3日のことだったにも関わらず、フィールドワークという作業過程を通じて、高浜の人たちとさまざまなことを共有する経験をした私にとって、高浜は、もう、他人が暮らす場所ではなくなっていたようです。
   
   高浜はもう、私にとって、他所ではなくなっている。今回、再び"高浜フィールドワーク"に参加をして、その思いは、ますます強くなったのでしょう。高浜の人たちは、今、どんな夕景を見ているのかしら。そんな想いで、高浜の夕陽を重ね合わせながら、東京の西の空を見遣ることが、ますます多くなってきました。私の高浜渇望症は、ますます重くなってきたかのようです。
   
   高浜のみなさま。今日は、どういう空をご覧になったのでしょう。訪ねたい、訪ねたいと、思いは募る一方ですが、なかなか、思うにまかせない身を憂えております。再訪かなう際には、ご一報を差し上げます。その折は、また、よろしくお願いいたします。
   
 
   
  追伸
   
   夕陽と、あの人のひと言。というタイトルを掲げながら、"あの人のひと言"には、ひと言も触れないままで終わる訳にはまいりません。拙文に、長々とお付き合いいただくのも気が引けますし、いっそ、タイトルをかえてしまおうかしら、とも考えたのですが、"あの人のひと言"は、私が、再び"高浜フィールドワーク"に参加をすることにした、(最も、と言える程の)大きな動機にもなっておりますので、追伸という形で記すことにいたします。
   
   昨年の"高浜フィールドワーク"の折、藤原惠洋先生が、高浜にお住まいの参加者に発言を促された時、ひとりの女性が、挙手をなさいました。その時の言葉が、私にとっての、"あの人のひと言"。「高浜に暮らして、高浜が好きで、高浜をどうにかしたいと、現に、いろいろな活動を一所懸命に行っている人たちがいます。そういう人たち、そういう人たちの活動にも、目を向けて欲しい」という主旨の言葉でした。
   
   私が今、高浜の夕陽に特別な想いを抱くのも、夕陽を目にした時の、高浜の人たちとの出会いが、私にとって特別なものだったからに違いありません。高浜の夕陽を思う時、夕陽を通じて、高浜の人を思っている。そうした心のありようとも共鳴する、その人の言葉は、あの時、すとんと私の心に居場所を見つけたまま、ずっと心の中にありつづけていたのでしたし、その方のお名前を知ることもなく、高浜を後にしてしまったことも、ずっと、心残りに感じておりました。
   
   ですから、"あの人のひと言"の、その方のお名前を知ることも、私にとって、再び"高浜フィールドワーク"に参加する目的の、ひとつになっていたのでした。
   
   中川みどりさん。もう、お名前を忘れることはありません。
   
   
   
   
  ●<にしやま・そうしろ> コピーライター / スギダラ会員No.SDC-01170


   
 
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