連載
  続・つれづれ杉話 (隔月刊) 第21回 「オリンピックとデザイン」
文/写真 長町美和子
  杉について、モノづくりについて、デザインについて、日常の中で感じたモロモロを語るエッセイ。 
 
今月の一枚
  ※話の内容に関係なく適当な写真をアップするという身勝手なコーナーです。
  ピーマン
  毎年夏はトマトと決めていたのですが、ここ数年、どうもトマトは実のなり具合がよろしくないので、今年はピーマンにしてみました。色つやはなかなかでしょ? ちょっと実が薄くて食べ応えがないのが残念だけど。
   
 
   
  オリンピックとデザイン
   
   真夏の競演、暑くて熱いオリンピックが幕を閉じた。
   
   初日から始まった柔道は、期待が大きくてテレビで見ていた人も多かったと思うが、あの審判員が座っていた椅子が、ハリー・ベルトイアの名作、ダイヤモンドチェアシリーズのサイドチェアだったことに、ちょっとがっかりしたのは私だけだろうか?
   
   たしかにあの椅子は美しい。ワイヤーのきらめきと、向こうが透けて見える空気感、優雅なフォルム、畳の上でもOKの脚のかたち(もちろん彼は畳を意識したんじゃなくて、強度や製造方法の効率を考えたんだろうし、今や「JUDO」は畳すら使わないようだが)、片手でサッと持ち上げられる軽さ……挙げていけばキリがないほど素晴らしいデザインである。
   
   でもね、オリンピックといえば、その国の文化や国力そのものをアピールするチャンスでしょう? そして、4年に一度のことだから、スポーツに関する機器や道具や、ウェアのデザイン、会場となる建築のデザイン、いろんなものが進化して、「へー、こんなに素敵になったんだ!」って注目されるイベントじゃありませんか。
   
   1964年の東京オリンピックの時には、ポスターは亀倉雄策、公式ユニフォームはVANの石津謙介、体育館は丹下健三、芦原義信、記念メダルの表が岡本太郎、裏が田中一光、招待状や賞状を原弘、聖火のトーチを柳宗理、式典の設備は渡辺力が、という具合に、そうそうたる顔ぶれの人びとが総力を挙げてデザインした。もちろん、今回も主要なモノについてはきっと、イギリスの新進気鋭のデザイナーや建築家が活躍しているにちがいないのだけど、テレビの時代、例えば水泳の選手が名前を呼ばれて手を振って、するりと上着を脱いで放り込むカゴだとか、バドミントンの選手が自分の荷物をバッグごとスッと入れていたボックスのサイズだとか、卓球台の側面のかたちとか、些細なところに目が行くじゃありませんか。
   
   で、柔道の審判員が座ってる椅子だって重要な存在だったわけですよ。せっかくなんだから、イギリス人がデザインした今の椅子を使おう、と言う人はいなかったんだろうか? 少なくとも、2012年という今を感じさせるデザインの椅子はなかったんだろうか? 今のデザインはベルトイアの力に勝つことができなかったんだろうか?
   
   話が反れるが、ベルトイアのダイヤモンドチェアシリーズ(ノール社)が発表されたのは1952年。それに先だってチャールズ・イームズが1951年にワイヤーチェア(ハーマンミラー社)を発表しているので、この手の椅子の先駆者はイームズだと勘違いしている人も多いが、本当は金属の彫刻家であったベルトイアがイームズに誘われてスチールを使った家具の共同研究に関わったのがそもそものきっかけだったのだ。イームズには悪気はなかったのかもしれないが、二人の共同研究の中から生まれた成形合板とスチールの椅子(46年)は、MoMAの展覧会で「イームズの」作品として発表され、ベルトイアは嫌気が差してイームズの元を去ってしまう。
   
   ま、そのおかげもあって、ベルトイアはノール社という良きクライアントと出会い、イームズとハーマン・ミラー社が目指した「大量生産のための椅子」ではなく、空間と形態と金属が織りなす「彫刻としての椅子」の研究に没頭することができた。そして、結果的にそれが世に残るダイヤモンドチェアとして結実するわけだ。
   
   半世紀以上も前に、未来を感じさせる美しいフォルムと、意外な素材づかい、画期的かつ効率的な製造方法によって世の中をあっと言わせたワイヤー製の椅子が、今もまだこれだけの魅力を放っていることにため息が出る。素直な感嘆のため息と、これ以上のモノを求められてもツライなぁ、という弱気のため息と。
   
   もしも、石原都知事のヒステリックな主張が通って(?)2020年のオリンピックが東京で行われることになったら……! その時には日本のデザイナー&建築家の力が試されるんだろうな。東京都民としては、膨大な招致費用に貴重な税金が使われるのはイヤなんだけどね。
   
   
  *今回、過去に自分が書いた記事を参考にしてます。
  東京オリンピックのデザインについては『翼の王国』2008年8月号『monogatari』「デザイン創成期」。
  ハリー・ベルトイアについては『コンフォルト』1999年NO.38『モダン・デザインの純真』の「50'sモダンの名品を生み出したデザイナー名鑑」。99年のこのコンフォルトは内田みえ編集長、渾身の1冊と言えましょう!
  機会があったらバックナンバーをぜひご覧ください。
   
   
   
   
  ●<ながまち・みわこ> ライター
1965年横浜生まれ。ムサ美の造形学部でインテリアデザインを専攻。
雑誌編集者を経て97年にライターとして独立。
建築、デザイン、 暮らしの垣根を越えて執筆活動を展開中。
特に日本の風土や暮らしが育んだモノやかたちに興味あり。
著書に 『鯨尺の法則』 『欲しかったモノ』 『天の虫 天の糸』(いずれもラトルズ刊)がある。
『つれづれ杉話』web単行本:http://www.m-sugi.com/books/books_komachi.htm
『新・つれづれ杉話』web単行本:http://www.m-sugi.com/books/books_komachi2.htm
恥ずかしながら、ブログをはじめてみました。http://tarazou-zakuro.seesaa.net/
   
 
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