短期連載
  領域を超えて 〜「みんなが使う駅」で木材を活用する〜 第5回
文/写真 川西康之 
   
 
 
 
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  5-1 情報の整理
   
   鉄道駅には、たくさんの情報がある。時刻表や運賃表はもちろん、地図や旅行パンフレット、広告ポスターなどあらゆる情報が溢れている。せっかく木材を活用して駅を再構成するのだから、膨大な情報を整理して、不要な情報を徹底的に捨て去り、木材が使用されている箇所を戦略的に見せてゆく検討は、中村駅のような小さな駅では非常に重要だった。
   
   ポケットに入るスマートフォン1台で何でも調べられる時代では信じられない事実だが、あらゆる情報が鉄道駅に集積していた時代があった。郵便や荷物は鉄道輸送が当然で、例えば手荷物は駅までわざわざ取りに行かなければならなかった(今のような宅配便の普及は昭和40年代後半以降)。電報も、古くは鉄道駅の重要な仕事で、古い映画には、駅を通過する列車の乗務員から手書きのメモを電報担当の駅員に投げ渡すシーンがあるだろう。現在のソフトバンクテレコムは、旧国鉄の線路沿いに施設された通信網の会社が前身だ。
   
   時代が変わった今現在でも、私の個人的な印象として、鉄道の駅員たちは「情報をひたすら掲示・垂れ流すことがサービス」と考えてしまう傾向がある。例えば、必要以上に無駄な情報を話しすぎる車内放送は典型的な傾向だ。「札幌駅から、特急旭川行きは8番線に乗り換えです」と言われても、覚えていない。その割に、列車が遅れたときなど肝心な場合に、本当に必要な情報は利用者に伝わってこないことが多い。
   
   施工前の中村駅は、きっぷ売り場から改札口界隈にかけて、情報が溢れかえっていた。例えば、運賃表で「豊橋駅」まで、指定席と自由席それぞれの料金が別々に示してある。「中村駅から豊橋駅まで行かれる方はどのくらいいらっしゃいますか?」と駅員さんに聞くと、「私はそんな切符を売ったことはありません」と言う。つまり、旧国鉄時代に制作された運賃表をそのまま40年以上使用していたために、昭和45年開業当時のままの情報フォーマットが残っていたのだ。こういうものを、ゼロから見直すことにした。
   
   時刻表と運賃表は、鉄道員にとっては最重要の商売道具のひとつである。実際、運賃表にタイプミスがあれば運賃誤収と見なされ、新聞沙汰の不祥事となる。鉄道の運行や運営に関わる部分はまさに聖域だ。大手鉄道会社さんならば、建築設計者やデザイナーにこのような聖域を任していただけることはない。ところが土佐くろしお鉄道株式会社は、私のような人間と一緒に「より良いサービスを提供しよう」という作業にお付き合い頂いた。もちろん、こちらもそれなりに勉強はしている。
   
 
  施行前:中村駅のきっぷ売り場周辺 情報が無秩序に溢れかえっていた
   
 
   
  5-2 情報の見せ方
   
   乗降客数380万人/日の新宿駅。発車表示や時刻表、あらゆる情報は目線の上にある。人ごみの中でも的確に情報を得なければならないのだから、情報デザインが分り易く、誰の目にもつくよう頭上に設置されているのは当然のことだ。ところが中村駅は、新宿駅の1/1,000程度の乗客しかいない。乗客と情報の関係は、全く異なる。
   
 
 

施行前:中村駅の改札口周辺 重要な情報はすべて頭上だった

   
   国鉄時代の駅は、全国共通が当たり前だった。むしろ、東京と同じものが田舎にやって来ることを、人々は喜んだ。実際、中村駅の工事前に、地元のある有力者が「列車の発車表示はLED電光掲示板にしてくれ。あれがあれば、中村駅も都会らしくなるやろ。」と駅に言って来たそうだ。2008年暮れの話である。
   
 
  そこで中村駅では、鉄道の運行や安全に関わる情報は、成人の目線レベルに「下げた」。広告など優先順位の低い情報は、目線レベルよりも低い位置に「もっと下げた」。ただし、過剰なルールの押し付けだけでも現場から支持されず維持されないので、一部例外箇所もきちんと用意している。

発車表示は、結局LEDはコストに合わない(建築工事費と情報掲示システム構築が同額という法外な見積だったが、鉄道業界では一般的なことらしい)ため中止となり、大手家電量販店で販売されているモニタを活用して、グラフィック・デザインを私が描いて貼り込んだ。他の時刻表や運賃表も、すべてデザインを担当し、建築空間とトータルにデザインした。
発車時刻を表示するデジタルサイネージや時刻表、運賃表も空間と一緒にトータルにデザインした    
   
 
 

新しいサインは極力文字を排除して、ヒノキ板とアクリル板をシンプルに組み合わせた

   
   中村駅で何が一番大事か。それは、待ち時間の長い乗客に対して、どのような時間を提供してあげられるか?にプロジェクトの成否が掛かっている。単純に木材を活用しただけの鉄道駅ならばいくらでもある。
   
   乗客が木材に包まれながら、その視線の先にあるものは、無駄で煩雑な情報ではなく、柔らかな天然木と自然光、人でなければならない。そのために、情報の優先順位は視線の高さで徹底的にコントロールし、デザインもしている。この点が変わらない限り、鉄道駅にわざわざ木材を使う意味はない。
   
 
   
  5-3 木に包まれる感
   
   人は、何かに包まれ、囲われると安心する。最近、個室感覚の飲食店舗や、航空機でヘッドレストが大きい座席が多いのもそのためだろう。そのぶん空間の見通しが悪くなるので、スタッフの巡回を増やしたり、呼び出しボタンを設置することが多い。
   
   中村駅の乗客を、四万十ヒノキでしっかり包み込んであげたいと思った。ところが、土佐くろしお鉄道は毎年赤字決算の典型的な第三セクター企業であり、スタッフを増やすどころか、駅員の配置人員を減らすことが地域自治体から求められていた。
   
   また一般的に「木に包まれる建築」は、床や壁、天井から窓サッシに至るまで木材が使用された贅沢な空間が多いが、中村駅にそのような予算は全くなかった。総額3,400万円である。
   
   繰り返すが、鉄道駅は公共空間であり、「見る/見られる」環境を創らなければならない。そこで、乗客を木材の「壁」で囲ってあげるのではなく、視線の上から木材を「被せる」ようなベンチを作ることを考えた。同時に、乗客の手元と空間全体を照らす間接照明も仕込んである。この方法ならば、乗客にとって「包まれた」感覚を持ち合わせながら、駅事務室からも空間全体の見通しは効く。さらに、乗客の頭直上と肌に触れる部分「のみ」四万十ヒノキ積層材を使用し、その他の部分は一般的な構造用合板を使用するなどコストを抑えた仕上げにしているため、費用対効果のバランスも良い。その結果、このような家具のデザインになったのだ。
   
 
  ヒノキ積層板を「座面+背もたれ+間接照明」として組み合わせ、木に包まれる感を創出した
   
 
   
  5-4 ローカル/グローバル
   
   無限に可能性を秘めながらも古い体質が残る鉄道駅と、木材という尊ぶべき素材が出会って、結果このようなデザインの検討に全力で取り組むことができた。こんな切っ掛けを提供してくれる素材は他にないだろう。同時に、木材を尊ぶべき環境にあった四万十川の玄関口・中村駅、そして「土佐らしさ」に誇りを持って仕事をする土佐くろしお鉄道の方たちに感謝しなければならない。
   
   このようなローカルの取り組み事例や問題を、グローバルで共有できないだろうか。これは中村駅プロジェクトに取り組む以前からずっと考えてきた。
   
   都市部への一極集中、過疎地の衰退に伴う公共サービスの維持困難、クルマ社会への過剰な依存、理念なき地域振興政策、地場産業の競争力低下と営業力/情報発信力不足、木材・農産物・水産物の適正価格維持など、この地方ローカル線にある中村駅周辺で起きている様々な問題は、日本中はもちろん世界中でも起きている問題だ。
   
   中村駅の知恵を、世界で共有したい、とずっと私は思っていた。ところが不思議なもので、太平洋を望む高知県では、むしろスケールの大きな話の方が地元の皆さんに好まれ、驚くほどキチンと聞いていただける。夢のような嘘のように聞こえる話でも、作り手が信念を持って主張し続けることは大事だと思った。
   
   
  (第6回へ続く。次号、最終回。)
   
   
   
   
  ●<かわにし・やすゆき> 
建築家 nextstations 共同主宰。1976年奈良県生まれ。千葉大学大学院自然科学研究科デザイン科学博士前期課程修了、デンマーク王立芸術アカデミー建築学校招待生、オランダ・アムステルダムの建築事務所DRFTWD office勤務、文化庁芸術家海外派遣制度にてフランス国鉄交通拠点整備研究所 (SNCF-AREP)勤務などを経て、現職。
   
 
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