連載
  スギと文学/その36 『鎔岩流』 春と修羅 宮澤賢治より 1922〜23年
文/ 石田紀佳
   
 
 
  「春と修羅」の中の杉がでてくるスケッチについてはすべて(たぶん)紹介したのですが
  名残り惜しいので、スギゴケの出るものを。
   
   
   
  『鎔岩流』
   
 

喪神のしろいかがみが
薬師火口のいただきにかかり
日かげになった火山礫堆の中腹から
畏るべくかなしむべき砕塊熔岩(ブロックレーバ)の黒
わたくしはさつきの柏や松の野原をよぎるときから
なにかあかるい曠原風の情調を
ばらばらにするやうなひどいけしきが
展かれるとはおもってゐた
けれどもここは空気も深い淵になってゐて
ごく強力な鬼神たちの棲みかだ
一ぴきの鳥さへも見えない
わたくしがあぶなくもその一一の岩塊(ブロック)をふみ
すこしの小高いところにのぼり
さらにつくづくとこの焼石のひろがりをみわたせば
雪を越えてきたつめたい風はみねから吹き
雲はあらはれてつぎからつぎへと消え
いちいちの火山塊(ブロック)の黒いかげ
貞亨四年のちいさな噴火から
およそ二百三十五年のあひだに
空気のなかの酸素や炭酸瓦斯
これら清冽な試薬によって
どのくらゐの風化が行はれ
どんな植物が生えたかを
見ようとして私の来たのに対し
それは恐ろしいニ種の苔で答へた
その白っぽい厚いすぎごけの
表面はかさかさに乾いてゐるので
わたくしはまた麺麭ともかんがへ
ちょうどひるの食事をもたないとこから
ひじやうな饗応ともかんずるのだが
(なぜならたべものといふものは
それをみてよろこぶもので
それからあとはたべるものだから)
ここらでそんなかんがへは
あんまり僭越かもしれない
とにかくわたくしは荷物をおろし
灰いろの苔に靴やからだを埋め
一つの赤い苹果(りんご)をたべる
うるうるしながら苹果に噛みつけば
雪を越えてきたつめたい風はみねから吹き
野はらの白樺の葉は紅や金やせはしくゆすれ
北上山地はほのかな幾層の青い縞をつくる

 
 

(あれがぼくのしゃつだ
青いリンネルの農民シャツだ)

   
   
   
   
  ●<いしだ・のりか> フリーランスキュレ−タ−
1965年京都生まれ、金沢にて小学2年時まで杉の校舎で杉の机と椅子に触れる。
「人と自然とものづくり」をキーワードに「手仕事」を執筆や展覧会企画などで紹介。
近著:「藍から青へ 自然の産物と手工芸」建築資料出版社
草虫暦:http://xusamusi.blog121.fc2.com/
『杉暦』web単行本:http://www.m-sugi.com/books/books_nori.htm
『小さな杉暦』web単行本:http://www.m-sugi.com/books/books_nori2.htm
ソトコト(エスケープルートという2色刷りページ内)「plants and hands 草木と手仕事」連載中
   
 
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