連載
  杉で仕掛ける/第37回 「日向リング(ベンチ)ができるまで」
文/ 海野洋光
   
 
 
 

●始まり

   
  日向工業高校生建築科の課外授業だ。もう、課外授業は、日向市の名物になりつつある。今回は、高校生対象で私は、途中参加となりました。私の母校ですので頼まれればいやとはいえないのですが…。プレゼンで選定された作品の説明を受けました。説明に出てきたのは、割れ箸を多分、ろうそくの火であぶって曲げたもので面白いデザインベンチでした。この作品を見て、直感的に感じたことは、「あっ やばい!」
  学生のアイデアはそのまま生かして、実現できるところまで図面にするのは、かなりの技術のいるところです。さすが小野寺さんです。それは、何枚も変更の図面が…。本当にご苦労様でした。
 
  プレゼン時の模型   小野寺さんの3D図
   
  かなり、紆余曲折はありましたが、何とか材料を揃えることができました。材料は、全て耳川流域杉材、特一等材です。
   
  ひむかリングの材料   原寸図
   
  この作品で制作上の難点は、「曲がり材をどう作り出すか?」でした。私は、板から曲がり材を削り出す方法しかないと考えていました。当初、NC加工やドイツ製のフンデガーなどを使うことを検討したのですが、時間的な制約と部材の移動、組み立てなどのことを考えると自社で一貫した製作が効率的と判断しました。板材を、手作業で切るために型を作らなければいけません。そのため、無理を言って小野寺さんには原寸図を描いて送ってもらいました。お蔭様で型を起すことができ、作業が効率的にできました。
   
  曲がり材の型 これは柱   曲がり材 柱の出来上がり
   
  削り出す写真がないのは、別に企業秘密ではありません。本当に普通の作業なので…。撮影するのを忘れていました。知りたい方は、メールで「知りたい」と送ってください。お教えします。
   
  この課外授業で私なりに学生(後輩)に伝えたいことがいくつかありました。ひとつは、モノづくりは、多くの人が関わること。デザイナーは、クライアントの要望を満たすことと自分のアイデアを具現化するに当たって技術的な問題やコストのことも計算に入れてその橋渡しをしなければならないことです。これは、学校ではなかなか学ぶ機会はないのです。
   
  もうひとつは、現物の大きさ空間体験だ。これも、学校の授業では、なかなか学べない。自分が作ったものが、どれだけの大きさになるのか学生のうちから体験しておくと実社会では、特に役に立つ。実物大の空間体験は、デザイナーのキャリアとしては、とても大切だろう。あと、公共物を作るときの考え方やデザインの根本のようなもの学んでくれたらと…。
   
   
  加工現場の見学会    
   
   
  ●危険な話
   
  実は、この課外授業は、頓挫しそうだった。私は途中からの参加だったが、どうも、予算がないらしい!!途中から声をかけられるのは、大抵、予算の話だろう!模型を見せられ、小野寺さんのメールで図面がきて、「見積を…」。「○○○万円です」「あ〜、やっぱりね」
本当に恐ろしい予算でした。○○分の1しかないんです。というか、当初から実物を製作する話はなかったようだ。
   
 

そこに登場したのが、M課長です。日向のまちづくりで体得した「フレミングの左手の法則」を使って、マジックのように難題を解決したのです。M課長は、常に左手をくるくると回しているのですぐにわかると思います。いや!本当に見事でした。

部材を作り出すのも大変、予算も大変。でも、組み立てるのも大変なんです。できてしまえば、そんなことは、誰もほめてはくれませんが…。

 

曲がり材をかついて日向のまちを歩くM課長
   
  今回の作業は、形も変わっていますので、非常にギャラリーが多く「これは何??」と尋ねる方がいっぱいました。叔父が、ギャラリーの話を立ち聞きしたそうで「これは、すごい!」「実に丁寧な仕事をしちょる」こんな会話に、叔父は、本当にうれしかったみたいで「これは甥っ子が作ったもので…」と思わず声を出したそうです。
  写真をよ〜く見てください。柱を基礎に入れているでしょう。ここが、構造上・製作上この作品の大きなポイントでした。専門用語を使うと「固定端」にしたことで、この作品は成立しました。
   
  日向(ひむか)リングの製作状況   貫がミソです
 
  クレーンで吊り上げて
   
  基礎コンクリート打設して設置   M課長実にご満悦!
   
  3月15日に関係者を集めて式典   写真中央のOさんが一番苦労した方です
 
  日向(ひむか)リング
   
  ひむかリングの製作者   みんなで寄せ書きをしました。公共物への寄せ書きも日向では当たり前のようです
 
   
   
  ●最後に
   
  いつも、日向市のプロジェクトをみて感じるところなのですが、まちづくりは、人なのです。建築士会青年部の方や元請建設会社の現場監督の方、現場で実際に作業をしている職人さんなど応援してくれる人が必ず集まるのです。M課長は左手を回しながら「元請のK社さんは、駅舎キャノピーのときの建設会社だからわかってくれるよ!」と言っていました。実際、ご相談に行くと日向工業高校建築科のOBで「後輩のためになれば…」とも言って頂きました。このように今回のプロジェクトの肝は、今までコツコツと人を育ててきた日向市の財産だと改めて気づきました。
   
  私も日向工業高校建築科のOBとして一言。公共物を学生にデザインさせて実際に設置するなんてどこのまちでもやっていることではないですよ。このひむかリングをしっかり、見守ることと自分たちの行ったプロジェクトに誇りを持ってこれからのモノづくりの原点にしてください。
   
 
  地元紙にもかなり大きく取り上げられました
   
   
   
   
  ●<うみの・ひろみつ>木材コンシェルジュ
ほぼ、毎日更新しています。ブログ「海杉 木材コンシェルジュ」 http://blog.goo.ne.jp/umisugi/
2009年3月31日をもって、日向木の芽会 を卒業しました。
海野建設株式会社 代表取締役 / HN :海杉
『杉で仕掛ける』web単行本:http://www.m-sugi.com/books/books_umi.htm
   
 
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