連載
  田野の大根やぐら
文/写真 ・ 南雲勝志
  いま地域が生き残るために・・・
 

今年ももうすぐ終わろうとしている。色んなことがあった。楽しかったけど疲れた。とにかく慌ただしく走り回った年であった。

年末、宮崎に行く飛行機の中で機内誌をめくっていると、ふと気になる記事に目がいった。大根を干すための巨大なやぐらが載っている。一目で引きずり込まれそうな風景であった。
記事を読むと田野町という所で、干し大根の出荷が日本一。そのやぐらは巨大で組み立ては地区の住民が共同で行う事、この地が乾燥した寒風と零度以下にならない温度など大根干しに適した気候である事、しかしその管理は大変で、一昼夜天気、気温をチェックする必要があり、雨や霜から守るためにビニールシートを掛けて守らなければいけない事などが書いてあった。

実物を見て見たい! 直感的に思った。地名は宮崎市田野町とある。聞いたことがない。もっと山の中の話かと思ったが、宮崎市内だったことに少し驚いた。まあ、それだったらいずれそのうち見る機会もあるだろう、と思い、レンタカーでひとり都城に向かった。しばらくするとなんと高速の標識に田野ICという文字が見えるではないか。 もしかして・・・わくわくしながら外の風景を見ていると、やはり見えてきた。写真と同じ光景だ。しかし、それはあっという間に見えなくなった。車のスピードで約20秒程度であっただろうか。
その夜、都城木青会と忘年会で一緒になり、興奮気味に大根やぐらのことをまくし立てたが、誰も話に乗ってくれない。恐らく日常的で見なれたものだからであろう。

幸運な事に翌日ちょっとだけ時間が出来、高速を途中下車して、間近に見ることが出来た。
遠くで見るより遥かに巨大で、合掌造りを思わせるその迫力に圧倒された。「スゲー!」思わず声をあげずにはいられない。何本の大根が干してあるのだろう。そのやぐらがアチコチに点在している。中に入ると、プーンと甘い大根の香りが漂う。
農業としての力強さ、美しくもある構造物と大根を効率的に干すための知恵、毎年繰り返される収穫の中で最も必然的なかたちなのだろう。杉と竹の織りなす構造だ。法則があるのかどうかは良くわからないが、大きな三角形は杉で組んである。それに横方向、屋根でいうと棟木や母屋にあたる部材、合掌型に組んであるもの、ブレース部は竹が使われている。想像であるが、剛と柔の素材が使い分けられているようにも見える。
しかしながらこの風物詩はそんなに古いものではないらしい。35 年ほど前から盛んになり、需要と共にこの地に育ってきたという 。

 
  こんなやぐらがアチコチに建っている。古代の住居のようでもある。
 
  これを掛けるのにどのくらいの時間が必要なのか? 干し大根が出来るまで15日ほどだという。
   
  とにかく凄い。   住むことも出来そう。
     稲の収穫が終わった後の田んぼのあちこちに繰り広げられるその光景を見て、子供の時に手伝ったハゼ掛けを思い出す。等間隔に植えられたスギの木に、まず杉丸太で横方向を連結する。高さは5〜6mあっただろうか。それが済むと縦横50cm程度に格子状に縄を張る。その縄に稲を掛けていく。その姿も今思えば美しいものであり、大根やぐらと共通したものがある。でも今は実家のあたりは櫨がけはほとんど行われなくなった。機械化が進みコンバインや人口乾燥機が普及したためだ。しかし、秋田や岩手に行くと未だに田んぼで天日干しを見る機会が多い。それは穂仁王(ほんにょう)と呼ばれ、仁王が立っているようでもある。 また信州茅野で見た寒天干しもまたその地の気候や温度の差ををうまく利用しながら、そこでしか出来ないものをつくっていくという意味では大根干しと似たようなものであったなあと思い出す。  
  こちらは清武町の切り干し大根。繊細だ。
 
  岩手県平泉町の穂仁王(ほんにょう)掛け。
 

米の乾燥は籾の中の米を均一に乾燥させれば良い。だから人工になっても許されるものがある。だが干し大根は天日に加えて乾燥した冷風、そして気温が揃って初めて甘さと旨みがます。そのおいしさを追求したら、なかなか人工乾燥はあり得ないのだろう。

今週号の特集、吉野のこともまた同じ事かも知れないと思いを巡らせる。
11月に 久しぶりに訪ねた吉野で、今、改めて若者が立ち上がり、再び吉野の未来に挑戦しようとしている姿を見た。吉野山や吉野川の美しい風景、その麓に立ち並ぶ製材や木材業の歴史ある集落を見ながら、吉野杉ならではの独自の方法がきっとあるはずだ、と思った。
杉林を視察に行ったとき、実は吉野杉の植林はそんなに歴史のあるものでなく、江戸時代後期、そもそも樽や桶によって発達したという話を聞いた。その後樽桶の需要の現象とともに、建材にシフトしていった。吉野杉の始まりは気候風土と関連した独自性があったわけだ。そういえば樽桶といえば、いつか長町さんが月刊杉書いていたな、とバックナンバーをみると、あった、あった。月刊杉22号、特集『鮭と杉』タイトルは「杉があって桶・樽が生まれ、桶・樽で日本は変わった」ちゃんと吉野の事も書いてある。読んで納得。う〜ん、さすが。

新しいい年に向かい、改めてデザインをするということ事、そして丹念に手を掛け、完成していくものの意味を考えたりしている。工業化や効率化の元に消えていく文化もある。一方で自然をじっくり観察し、利用することで生まれる新たな自然もある。それは生活そのものであり、文化でもある。それが地域の力にもなり誇りになっていく。デザインもそういう必然性と共に歩むべきじゃないかな。 ・・・そんな事を思いながらまたひとつ歳をとっていく。

   
   
   
  ● <なぐも・かつし>  デザイナー
ナグモデザイン事務所 代表。新潟県六日町生まれ。
家具や景観プロダクトを中心に活動。最近はひとやまちづくりを通したデザインに奮闘。
著書『デザイン図鑑+ナグモノガタリ』(ラトルズ)など。 日本全国スギダラケ倶楽部 本部
 
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