連載
  スギダラな一生/第29笑 「笑い杉話第2弾 疾走するマッチ棒」
文/ 若杉浩一
  内田洋行TDCメンバーに感謝の気持ちを込めて
 

激動の杉イベント「日南飫肥杉大作戦」が終わり、また新たな世界に突入し始めている。本当に今年は昨年と違い、色々な人たちや分野に拡大した年だった。一仲間の動きが領域を超え、新しい仲間と出会い、本当の意味である所へ行ってしまった感がある。何か別の世界に繋がった感じがするのである。
それと同時に新しい関係性と動きに近づいている事が体で解るのである。今までとは、明らかに違う利害や経済主導ではない何かの力が動き出した、そういう関係性だ。
益々、楽しくなってきた。今年の秋は立て続けに、そんな事ばかりやっていたせいか、日南のイベントが終わり、関西へ乗り込む直前、熱を出してしまった。いつもはすぐ復活するのだが、なかなか復活しない、滅多に無いお休みをしてしまった。

 

(*月刊杉51号「スギダラな一生/番外編」参照)

   
  頭は覚醒しているのだが、続く大イベントに、体の方がご辞退を申し上げてきたのだ。恐らく関わった全てのメンバーがこんな感じではなかったろうか。このイベントまでは心も体も臨戦態勢だった、終わった瞬間、ストンと落ちてしまった。まるで夢でも見ている感じだった。
僕の会社のメンバーだっておそらくそうだろう、若いとはいえ、よく動いていた。
日南の松山さんが「今時、珍しく動く若者」と言い、林野庁の39(サンキュー)プロジェクトでは、主催者でもないのに、設営や、片付けに自然と体が動くメンバーに「おたくのメンバーはどうして、こんなに自然に体が動くのですか」と聞かれる。
   
  普段は当たり前だと思っていたが、こんなに、色々な人に言われると嬉しい。いや自分が褒められるよりもっと嬉しい。僕らは、楽しい事も、苦しい事も、この荷物を皆で持ち合うようにしている。沢山の荷物が届くと自然に皆が準備を始める。
なににつけ終わった瞬間が楽しいのだ、そして感謝するのだ。日常の些細な時間に楽しさが潜んでいる事を知っているのだ。楽しさや美しさは、知ろうとする気持ちによって、目の前に現れる。我々は知らぬ間に、年を取って、贅沢にになって、奢ってしまって、好奇心が薄れて、見えなくなってしまっただけだ。
   
  好奇心と喜びは顔に出る。39のイベントの準備が終わり、皆で完成を愛で、心地よい時間を、主催者から頂いた弁当を食べながら、皆で過ごした。
僕は、彼らの顔を見ながら思わず感激と感謝で、目の前が曇ってしまった。
本当に素敵な仲間に巡り会った、この僕がこんな事を出来るのも彼らのお陰だ、誰一人欠けたとしても成り立たない。大変なことがこれからも沢山あるが、真っすぐ生きていこう、そう決心させられる。
仲間は素晴らしい、一人の輝きは、相手を照らし、お互いが輝いていく、こんな美しい光景に出会えたことに本当に感謝している。
   
  さて長くなってしまった。今回は、また学生時代の恥ずかしい事を一つ、寒くなった季節にバカバカしい熱さを提供出来たら幸いである。
主人公は「高浜さん」である。高校時代からの先輩で僕は一浪、先輩は二浪、熊本の予備校時代の出来事である。彼は熊本随一の進学校の野球部だった。僕は彼とは、予備校の下宿が同じだったことから、仲良くなった。
まったく、元気で楽しくて、ハチャメチャで、抜群の人を笑わせる才能を持っていた。僕は、あっと今に仲良くなって何時も一緒に行動していた。
お金もないのに、よく飲みにいっていた。そして、お互いよくも勉強をしなかった。
   
  天気がいい日は、「おい、若杉、野球しに行くぞ。熊本城公園だ」「メンバーはですか?」「これから集めるったい」そして、午後から予備校をさぼり野球大会になる。
お陰で、下宿のおばさんから、僕たちは「ほんとに、あんた達は、予備校で、どげん勉強の仕方をすると、そげん顔が真っ黒になるとね」と嫌みをよく言われていた。この下宿は歴代、東大や国立の医学部に多く入学する学生をお世話してきた名門下宿だった、それにも関わらず僕たちは、おばさんから「今までに、こんなに大騒ぎばかりで、こげ〜ん、勉強せん学生はあんた達が始めてばい」と言われてばかりいた。実際よく下宿で飲んでいた、そしてバカバカしい事を言っては大笑い、よく怒られていた。
高浜さんの、特筆すべきは、何に付けリアクションが「尻丸出し芸」だ。とにかく尻を丸出しするのが好きなのだ。
真面目な顔をして尻を出す、予備校で授業を受けているときでも遠くから合図を送ってはコッチに向かって尻を見せる。もう可笑しくって、たまらない、授業どころではない、喜べば喜ぶほど余計な事ばかり仕掛けてくる。全く意味不明、お互い勉強した記憶がまったくない。
   
  そんな僕たちの下宿には風呂がなかった。二人でよく一緒に銭湯に行っていた。
そして、その帰り、いつもの高浜さんの悪魔の誘いがやってくる。
「おい、若杉。ここから下宿までパンツ下ろして走って帰るぞ。」と言うのである。「高浜さん、まずいっすよ、見つかったら捕まります」「よし、一つルールがある」「なんですか?」「洗面器たい。」「洗面器?」
「洗面器で前だけ隠そう!!そうしたら何か解らんやろ。」
「そっ。そうですね」
言う方も言う方だが、それで納得する方もどうにかしている。
いや、たとえ僕が嫌だと言っても一人ででも、実行する人である、この際だからこの人のこの感覚を体験してみるのも良いかもしれない、という、これまた、全く意味不明な好奇心が沸き起こってくる。
   
  「うぉ〜〜〜〜。」短パンとパンツを膝まで下ろし、片手には着替え、片手には洗面器を前に、勢い走るのだが、膝までしか下がっていないパンツが歩幅を極端に狭め、まるで「おかま」の走りである。走り込んだ高浜さんの不格好さと、白いお尻を目の前に一緒に走り込むのであった。
もう大変なのである、息苦しいは、可笑しいは、緊張するは。下宿にたどり着いた後は、しばらく笑いが止まらない、思い出すだけで、涙が出るのである。
暗闇のなかに、電柱の明かりのたびに、浮かび上がる白い尻。
こんなにも面白い体験はした事がなかった。恐らく意味不明でアホなのだが、やった本人同士しか解らないチッポケな感動がもうたまらないのである。
   
  それからというもの、高浜さんの野望は止まらなくなってしまった。
もう、銭湯と下宿の間では満足出来なくなってしまった。別に見せるのが好きなのではない、人が恐らく、やろうとすら思わない、下らないことを、やる。そしてそこにある、特別な感じを共有するのが好きなのだ。
   
  「若杉、今日は、上通り商店街を疾走しよう。ルールはいつも通りだ。」
「いいか、この陰から商店街を疾走、そして路地に消える、俺が先に行く」
思えば何時も高浜さんがルールを決め、先に疾走する事ばかりだった、お陰で僕は先輩の尻しか見ていない、先を走る疾走感を味わえなかったのが今考えると残念だった。
しかし、さすがに商店街は、本当に緊張した。まず明るい、そして人通りもかなりある。はっきり言って捕まれば終わりである。しかし、彼のギラギラした目を見ると、「やめましょう。」なんて言えない。
いよいよ、路地裏から商店街を走り込む訳だが、さすがにパンツを下げただけでは、スピードもでないどころか、転倒の恐れすらある。彼はいよいよ下半身丸出しになって、暗闇から通りを凝視していた「よし!!行くぞ。」彼は洗面器一丁で走り込んでしまった。もうここでじっととしている方が恥ずかしい。「よし、行きます。」こうして穏やかな夜の商店街に僕らは、笑いと絶叫を提供して暗闇に消えて行った。もう帰ってからの、興奮と、やり遂げた達成感は何ものにも代え難い、夜遅くまで涙を流しながら笑い転げ、祝杯をあげた。
もう、ここまでくれば、満足だろう。そう思っていた僕は馬鹿だった。
彼の野望は更に昇華し限界まで挑む決心をしていたのだ。
   
  それは、熱くて、寝苦しいほどの熱帯夜の夜だった。
「若杉〜〜」と入ってきた先輩の手にはフルフェイスのヘルメットが一つ、そして、明かに何か企んでいるあの目だった。「まさか?」はみごとに的中した。
「おい、今日は暑いだろ。みんなこういう日は眠れない、そこでだ、これ一丁で隣の女子校の皆さんに楽しみを提供しようと思う。どうだ!!」
「えっ?どういう事ですか?」
「今度のルールはこれだ。ヘルメット以外は何も身に付けない、靴さえはかない!!スッポンポンだ!!」
「そして、その姿で、女子寮を一周走る。交代交代で、だ。」
その、自信に満ちあふれた姿からはオーラさえ出ていた。全く意味不明だが。
そしてまた、「俺が最初に走る、その次がお前だ、若杉!!」
   
  実は我々が住んでいる、下宿の隣は女子校の寮で沢山の女子高生が住んでいた。ぼくらは、いつも、向こうの華やかな世界を妄想しては、いつか、お知り合いになりたいと思っていた。しかしだ、その最初がこれではなくても良かったのではないか?これでは、ほんとのお尻合いではないか。おまけに顔が隠れているので誰か、すら、解らない、本末転倒だ。
しかし、否定する間も与えずに、先輩は全て脱ぎ捨て、そのヘルメットをかぶって見せた、そして、仁王立ちで「どうだ、若杉!!」と言うのである。
その姿を見て大爆笑だった、痩せた白い体に、真っ赤なフルフェイスのヘルメット、まるでマッチ棒なのだ。
余りにも、情けなくて、面白くて笑い転げていたら、高浜さんは、俺にも見せろと言う。僕はしかたなく、スッポンポンになってヘルメットをかぶって見せた。もう彼は、大爆笑だった。「お前、それだけで笑える。よし行こう!!」あっという間に彼の手にはまってしまった。
   
  僕らは、スタスタ、一つだけのヘルメットを手にして草むらに身を隠し、走るタイミングとコースを確認し合った。
「よし、行くぞ。」彼はヘルメットをかぶり、暗闇から明るい女学生寮に向かって走って行った。一人取り残された僕は、その後とてつもない恐怖におののいた。何故なら、先輩はヘルメットをかぶっているが、僕はそれこそ何もつけずに、草むらにしゃがんでいるのだ、顔丸出しで。先輩が走っている間ずっと無防備なのだ。もう心臓がバクバク、脳内のアドレナリン大放出!!例えるなら「子供の頃、鬼ごっこで、逃げていて鬼に捕まりそうな瞬間。」って感じなのだ。
よっぽど走っている方が良いと思った。「早く帰ってきてくれ、早く〜!!」
そう思っているのに、先輩は注意を引くために、色々な事をしながら、走っているのだ。彼は、一周めですっかり、女子高生の注目を集めてしまった。
   
  「はあ、はあ、はあ、なあ!!どうだった?どうだった?」
「いいから、早くそれください」僕は先輩からヘルメットを奪い取り、そして身につけ、というか、かぶり、疾走した。
「キャー、裸よ、裸!!キャー」寮の窓から沢山の女子高生の顔と絶叫が飛び込んでくる。先輩のように余裕の無い僕は、ペタペタと全力で疾走した。
「はあ、はあ、はあ、先輩!目的完了しました。」
「若杉、恥ずかしいから、早くよこせ!!」そう言うと、ヘルメットを奪い取り、また、疾走して行った。もう、寮の窓という窓から女子高生の顔。そこにマッチ棒が疾走している、何だかもう、笑いだが涙だか汗だか解らない、顔が汁まみれになって、痙攣するのである。お互いに2週し、下宿へと逃げ込んで、このマッチ棒事件は集結した。それから、先輩の止まる事の無い野望もこれ以上は進化しなかった。そして、僕らは、相変わらず、アホな事を考え、試し、笑い、飲み、今でも映画のいちシーンのように記憶に残る時間を沢山過ごした。
   
  勉強もさっぱりしない、僕らは、お陰で僕は二浪し、先輩は三浪が確定した。
僕らはそれぞれ、予備校を変え、大学へ入学することになった。それ以来高浜さんとは一度も会っていない。人づてに、高浜さんが東大の医学部に合格した事そして、友達にいつも、この出来事を話しては「あ〜〜、若杉に会いちゃ〜。」
と言っていたそうだ。僕だって、会って、また盛り上がってみたい。
高浜さんがいたから、出来たことだ(出来なくても良かったかも知れないが)。
   
  ただ、これから僕の人生の中で何かこの体験が新しい事に挑むときの指針になっている。新しいことを知る時のドキドキ感と、怖さ加減、そして自分が壊れて行きかねないギリギリ感、そしてその先に或る新たな感覚。
そうやって、自分の知らなかった世界を体感して行く、その感覚と喜び。
恐らく、人生は美しく、感動的な、そして魅力的な本質が日常には潜んでいる。
しかし、我々はその結末や、感覚を体験もせず、小さな自分で世界を見ようとし、判断し、押し付けようとする。小さい世界は小さい価値をもっと小さくし、つまらない、感動がない時間と、組織が横たわる。人はそれを仕事と呼び、苦労しているといい、諦めてしまっている。本当は、人の希望によって世界は変わるし、人によってどんなにも美しい空間になるのだ。
どんなに、理不尽で、不合理で、汚くて、泥を被せられようとも。魂の中には無限の美しさと可能性が満ちあふれている。我々がそれを活かし、実体化し、未来に幾つ伝える事が出来るかどうかにかかっている。
祖先から受け継いだ可能性を形にして未来に伝える義務があるのだ。
   
  僕は、スギダラの仲間に接して、この一見意味不明な活動の先には恐らく、そういう何かが潜んでいる事を確信した。そうでないと、理解不能である。
   
  一人では、とてもできない、思いつかない事が、実態化し感動的で美しい光景に変わる。そんな出来事がスギダラでは起こっている。僕らはその喜びと、本質を伝えなければならない。そして沢山の豊かな感覚と価値を見出して行かなければならないと思うのである。懐かしくて豊かな未来のために。
   
  (美しい光景を作ってくれている、内田洋行TDCメンバーに感謝の気持ちを込めて。)
   
   
 
  こんにちは、下妻です。今回の挿絵はかなり悩みました。なぜなら、描きたいシーンが山ほどあったからです。オカマ走り、暗闇に浮かぶ白い尻、マッチ棒を見て爆笑する若杉さん。今回この女子寮を選んだ理由はこの高浜さん事件のクライマックスを表現したいと思ったからです。
   
   
 
   
   
  特集 日南飫肥杉大作戦にちなんで、おまけ
 
  日南のイベント会場で、こんな着ぐるみを見つけました。見覚えのあるこれはもしや・・・
   
  そうです!去年の日向での杉コレで、若杉さんが着ていたあの着ぐるみです!!今見ても、この後姿は何とも言えない味があります。1年ぶりの再会に、何だか感動してしまいした!!(月刊杉編集部)
   
   
   
   
  ●<わかすぎ・こういち> インハウス・プロダクトデザイナー
株式会社内田洋行 テクニカルデザインセンターに所属するが、 企業の枠やジャンルの枠にこだわらない
活動を行う。 日本全国スギダラケ倶楽部 本部デザイン部長
   
 
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