連載
  杉と文学 第19回 『高瀬舟』 森鴎外 1916年
文/ 石田紀佳
  (しばらくまんがは休止します。)
 
杉のすの字も出てこないが、物語の舞台である高瀬舟は杉製でしょう。高瀬とは浅瀬のことで、その高瀬を漕ぐ舟が高瀬舟。だからそういう舟が行き交う川である高瀬川は京都にかぎらず、日本各地にあるようです。
   
  森鴎外という人はわたしにはとっつきにくく、まともに作品を読んだことがありませんでした。山椒大夫も紙芝居で見たのか、安寿と厨子王というタイトルでおぼえていたので、山椒魚の話(このお話は大好き)とごっちゃになっていたくらいでした。
でも高瀬舟が杉製だとは聞き知っていたので(油津のチョロ舟もこの系統なのでしょうか)、思いきって読むことにしました。杉さえ出てくれば好き嫌いをいってられない、というところがこの連載をさせてもらうよさですね。
   
  思いのほか、明解な文章でした。
この小説は「翁草」という鎌倉時代から江戸期にかけての伝説などを記録したもののノベライズだそうです。このことは森鴎外自身が「高瀬舟縁起」で語っていて、そこにこの小説のあらすじと彼がノベライズに至った動機が書かれています。
わたしはそのふたつを読んで、小説という「つくり話ドラマ」の存在理由がわかるような気がしました。
もし「高瀬舟縁起」の中で鴎外がいっているふたつのテーマを問題として提起するだけなら、べつに小説仕立てにする必要はないのだけど、小説にすることでもっと多重の意味が迫ってくる。
事実は小説より奇なり、です。わたしも日々の出来事がそれなりにドラマチックで小説を読んでる暇などないわーとうそぶきもしますが、物語にしかできない魔法があるのでしょう。
   
   
  「罪人を載せて、入相いの鐘の鳴る頃に漕ぎ出された高瀬舟は、黒ずんだ京都の町の家々を両岸に見つつ、東へ走って、加茂川を横ぎって下」りながら、護送する下級役人の庄兵衛と弟殺しの罪人喜助の会話によって物語はすすみます。そして
「次第に更けていく朧夜に、沈黙の人二人を載せた高瀬舟は、黒い水の面をすべって行った。」と結ばれる。
黒からはじまって黒で終わる水の上の物語。
このあと二人はどんな人生を歩んだのだろうか。二人をのせた舟をこぐ船頭さんはこのやりとりをどうとらえたか? 高瀬舟を読んだ人とそんな話をしてみたい。
   
   
   
   
  ●<いしだ・のりか> フリーランスキュレ−タ−
1965年京都生まれ、金沢にて小学2年時まで杉の校舎で杉の机と椅子に触れる。
「人と自然とものづくり」をキーワードに「手仕事」を執筆や展覧会企画などで紹介。
近著:「藍から青へ 自然の産物と手工芸」建築資料出版社
草虫暦:http://xusamusi.blog121.fc2.com/
ソトコト10月号より「plants and hands 草木と手仕事」連載開始(エスケープルートという2色刷りページ内)
   
 
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