連載
 

いろいろな樹木とその利用/第13回 「ケヤキ」 

文/写真 岩井淳治
  杉だけではなく様々な樹木を紹介し、樹木と人との関わりを探るコラム
 
このシリーズも2年目に入りました。これまでのところ高木になる樹木の出番が少なかったのですが、今回は日本の樹木の中では針葉樹のマツと並んで双璧とされている広葉樹のケヤキを取り上げます。
語源は「けやけき木」とされ、尊く鮮やかな木という意味があります。
第13回目はケヤキです。
   
 
   
   
  ケヤキの木に残されたアブラゼミの抜け殻 平成21年7月30日撮影   ケヤキの木に登る羽化前の幼虫 平成21年7月30日撮影
 
  ケヤキのつぼみ 平成21年4月14日撮影
   
  この木はどちらかというと都市部や公園など町中で多く見かけます。森林内ではたまに見かける程度なので、都市部のほうが馴染みがあるのではないでしょうか?
樹皮は特徴的なはがれ方をするため樹皮だけで見分けることも出来ますし、神社などで大木になっていることから普段から親しまれていることと思います。近くの公園では特にケヤキの木を中心にセミの抜け殻が幹や葉に大量に残されていましたので、セミはケヤキが好きなのかも知れません。(要調査ですが…)
そんなケヤキですが、どのように使われてきたのでしょうか。
   
   
  ●ケヤキの樹形
  ケヤキは街路樹として非常に多く植えられています。秋には紅葉し美しくなりますし、(黄色や赤褐色になります)、大木になり日陰をつくること、また樹形が美しいこともあり、都市部の街路樹として賞用され、各地に有名なケヤキ並木があります。皆さんのお住まいの地域にもあるのではないでしょうか?
見事なケヤキ並木で有名な明治神宮の表参道ですが、201本のケヤキが植えられたのは大正10年(1921年)とのことです。戦争で被害があり植え直されましたが、東京の真ん中ですばらしい雰囲気を醸し出しており、どんな人工物もまねが出来ません。大切に維持保全してもらいたいものです。
都市部のように根の周囲をアスファルトやコンクリートで固められたような場所で育つケヤキは本当にたくましいと思います。樹皮も葉も排気ガスの影響で黒ずんでいますが、枯れてしまった木を私は見たことがありません。
ケヤキは大きくなるので、街路樹などでは枝を落とされ不格好な形になっているものも見かけますが、本来は扇状に大きく広がり、特徴的な美しい樹形をしています。しかし、中には扇状に枝が張らず、垂直に伸びる性質を持つものがあるため、近頃の街路樹等ではそういう品種が植えられているようです。(武蔵野1号という品種。)今後街路樹のケヤキの樹形に注目してみてください。
晩秋から冬の落葉したケヤキは樹形が分かりやすいので、慣れれば遠くからでもすぐにケヤキと判別できます。武蔵野に大変多く見られますが、もともとの自然の一部が残されているだけではなく、江戸時代から材を船や橋げたに使い、枝は海苔粗朶(のりそだ)に使うという有用樹であるため幕府が植栽を奨励していたためでもあります。
   
   
  ●ケヤキの樹皮
   
  ケヤキ樹皮 特徴的なはがれ方がわかる  撮影日 平成21年7月24日
  ケヤキの樹皮は鱗状にはがれます。若いときははがれませんが、年輪を重ねてくると、鱗状の思わぬ形になって剥がれてきます。
この鱗状の形はなにかの理由でそのようになっているとは思いますが、写真のように剥がれ始めるので、どこがどう剥がれてくるかは予測が付きません。鱗も1枚ずつ剥がれるのではなく、いくつかがくっついて剥がれます。この模様なかなかおもしろいのです。
  剥がれた面はのみで削ったような、金槌でたたいたような凹みが出来ていますが、この剥がれかたの不思議なところは、亀裂が入るまでは、一体どこが剥がれてくるのか想定できない所にあります。
   
   
  ●ケヤキの材の赤と青
 

ケヤキの材については、赤や青があり、赤はよいが青は材質が悪いといわれ、材木を扱う人達はケヤキの材を区別してきました。そのため、長らくケヤキとツキという2種類があるとされてきましたが、現在はケヤキ1種類であり、材質の違いはケヤキの生育状況によって違うものとされています。
平井信二著 木の事典のケヤキの項目にはその辺りの話が次のように書かれています。

   
 
  「植物学的にはケヤキとツキは同一で、ツキはその古名でと考えてよいが、材を扱う上で昔からケヤキとツキの区別がよくいわれている。ただ処により、人によりかなり違った内容、すなわち材の色や硬さの表現と、その評価がいろいろあるので、これを整理することは難しいが、おおよそ共通なのはケヤキが良い材で、ツキはそれに劣るということである。一応次のように考えるのが比較的妥当ではないかと思う。
ケヤキとツキは遺伝的な品種の違いではなくて、その樹の育った条件によって材の性質が違ってできたものであろう。成長がよい状況、すなわち幅広い年輪が作られる場合は材の赤味が少なく重く硬い材ができる。それは成長の良否によって大径道管が並ぶ孔圏の幅がほとんど変らないのに、孔圏外の緻密な材部の形成される割合が著しく変化するからである。したがって成長のよいものは加工が困難であり、材に狂いが出やすい。これがツキでアオゲヤキ、イシゲヤキというのもこれに相当する。そうでないのがツキに対応したケヤキで、ホンゲヤキアカゲヤキ、ベニケヤキなどというのもこれに当たる。おそらく若木ではツキにあたるものが多く、本当に良いケヤキの材は老大木からのものと思われる。」
   
  ここに書かれているように、ケヤキというのは成長がよく年輪幅が広いと重硬な材となり、成長が遅いと年輪幅が狭く道管(孔)の割合が多くなるので軽い材になるという、今までの常識が当てはまらない性質を持っています。(このような孔の多い材は塗料の吸収がよいため漆器木地に向いていますが、建築材には不向きです。)
   
   
  ●利用方法
  ケヤキは、材が緻密で堅いこと、大きな部材がとれることから、古来様々な用途に使用されており、現在でも高級材として取り扱われています。
大黒柱、梁、上がり框、建具、造作、自在(自在鉤)、囲炉裏縁、寺社の彫刻、一般家屋の恵比寿大黒の彫刻、仏壇、太鼓、臼と杵、農機具、墨壺、和家具材、船艦、椅子、食卓、馬車、汽車の客車、漆器の木地、飯杓子、楽器(太鼓胴、三味線胴、琵琶胴)。
特に杢(如輪杢、鶉(うずら)杢、玉杢、牡丹(ぼたん)杢)が出ている材は、貴重な室内装飾品、文房具、上質な箱類、戸棚、戸板、煙草盆、小箱に利用しました。
迎賓館の床はケヤキの寄せ木を基本に作られたとのことです。
上記のなかでも別な樹種や素材に変わってしまったものも多いのですが、楽器についてはケヤキで作られていますし、餅つきでおなじみの臼や杵(持ち手は別)もケヤキです。(地域によっては別な素材もありますが。)
あと、会社などでの偉い人の机に「社長」「専務」などと書いて置いてある三角の職名板(正式名がわかりません)を見かけますが、ほとんどケヤキです。
   
   
  ●種子の散布方法
 

以前、「神社のケヤキの葉が例年より小さくなって弱っているみたいだから見てくれないか?」という話が職場にあり、確認に行ったところ、種がびっしりついていて、確かに葉が小さくなっていました。これは種子が着いている場合の特徴で、種子が付いていない個体では通常の大きな葉が付いています。身近なケヤキの木に注目してみてください。
ケヤキは写真のように、葉の付け根に種子がつきますが、秋になってその種子がポロリと落ちるわけではなく、葉のついた枝先自体が落ちて、風に飛ばされるという珍しい散布方式をとっています。
カエデ類の種やマツ類の種には翼がついていて、種を風に乗せて遠くへ飛ばしますが、その翼の役目を枝先全体の小さくなった葉がおこなっているのです。

  写真はちょっとわかりにくいですが、種付きは葉柄が短くなり、葉は通常の1/2〜1/3程度になってしまいます。
   
   
  葉の付け根の種子の様子   奥のケヤキは種子付で、手前は種子が付いていないケヤキ。種類が違う木ではありませんし、向こうの木が遠く離れているわけでもありません!
   
  種子を付けた葉の大きさ   種子を付けていない葉の大きさ
   
   
  ●語源と方言
  樹木を覚え始めたころは方言名などには興味がなかったのですが、今は、方言名こそ重要な情報が詰まっており、方言名を良く知ることが必要だと思っています。
アオケヤキ、アオマキ、アオヤケ、アカケヤ、アカケヤキ、アカゲヤケ、アキケヤキ、イシケヤキ、イシゲヤク、イツキ、イヌケヤキ、オーケヤキ、オーバケヤキ、カイケ、カエキ、カナギ、キヤキ、キヤケ、キヤシキ、クロオモ、クロブナ、ケヤ、ケヤギ、ケヤキノキ、ケヤケ、ケヤシキ、ケヤノキ、コバノケヤキ、ザクゲヤキ、シラキ、シロキ、スナズキ、チギ、ツキ、ツキケヤキ、ツキゲヤク、ツキノキ、ナタクマ、ナタクマケヤキ、ネバ、ハナゲヤキ、ホンゲヤキ、ホンケヤキ、マキ、ヤブゲヤキ、ユミノキ。
  アカやホン、アオやイシは前述の通り材質から来ています。ツキというのはケヤキの別名です。弓に作ったのでユミノキという地方もありますが、ナタクマというのはナタカマが訛ったものだとすると、ナタやカマの柄にしたのではと思われます。
クロブナという地方(福岡)もありますが、ケヤキの葉は植物に慣れないうちはブナの葉と見間違える場合がありますので、樹皮の黒いケヤキをそのように言っていたのでしょう。
   
   
  ●その他
  昔の木の電柱の「腕木」にケヤキの材は利用され、他のものでは代用できないというほど賞用されていたと聞いています。しかし、今でも多少残っている木の電柱を見ても腕木の部分は金属製ですから往時の状況を想像出来ませんが、古い写真などには残されているかも知れません。
ケヤキは葉も利用しました。生葉の状態でさわってみると、紙ヤスリのようにかなりざらざらしていますが、このようなざらざら感がある葉はケヤキぐらいではないでしょうか。見かけたらさわって確認して見てください。これを乾燥して物を磨くのに利用しました。これ、今でも使えますよ!大きめのケヤキの葉を集めて乾燥しておけば、紙ヤスリの代りになります。(300番手くらいの細かさ)たまに私の爪磨きに使ったりしていますが、女性用には向かないと思います。
材に含まれる成分であるケヤキノール・ケヤキニンはポリエステル重合阻害を起こすことが知られています。同様にセメント硬化不良も起こすとのことなので、セメント用合板には不向きです(高級な材なので利用しないとは思いますが)。
   
   
  【標準和名:ケヤキ 学名:Zelkova serrata (thunb) MAKINO.(ニレ科ケヤキ属)】
   
   
 
   
  今月の一言
 

*編集部に毎月、原稿と一緒に送られてくる岩井さんの一言。原稿もいいけど、この一言もとてもいい!ということで、読者の皆さんへ、ご紹介させていただきます。(編集部)

  追伸 ケヤキの葉のざらざら、本当にすごいですよ!猫の舌とか鮫膚の雰囲気がありますので、お試しを。
   
   
   
   
  ●<いわい・じゅんじ> 樹木の利用方法の歴史を調べるうち、民俗学の面白さに目覚め、最近は「植物(樹木)民俗学」の調査がライフワークになりつつある。
   
 
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