特集 はだの間伐材活用デザインコンテスト
  最優秀賞 里山活用部門 『街を見下ろす丘で』
文/写真 和田彦丸・奥村真倫子
 
  自分たちで作り上げた椅子『街を見下ろす丘で』
   
  人と木の距離感
   
  秦野市で過ごした1週間。私たちは木のぬくもり、人のぬくもり、太陽のぬくもり(猛烈な暑さ)を感じながら、大学では学べないことを学びました。
   
  ●木を知らない私たち
  このコンペに応募する前に、私たちはまず秦野市を知ることから始めました。失礼ながら、秦野市について場所すら存じませんでした。私たちの想像では、山奥で、非常に交通が不便な土地なのかな、などと一般的な田舎のイメージが浮かんでいました。
しかし、秦野市の場所を知った時、その東京からの近さにまず驚き、交通が不便どころか小田急線で東京からわずか1時間ほどではありませんか。都心からこんなに近くても林業ができる場所があるのか、それが秦野市に対する第一印象だったことを覚えています。
   
  私たちは学生で、大学院で建築を学んでいます。このコンペに参加したのは、実際に作品を制作させて頂けること、そして間伐材が問題視されている日本の林業の現状にも興味があったためでした。
机上の空論で終わりがちな大学の設計課題に対して、このコンペでは先に述べましたように実作が作れます。最近の学生はパソコンの技術ばかりに長けてしまい、モノを作り出すことの根本的な知識・技術のない頭でっかちな人ばかりで、実はこれが建築を学ぶ大半の学生の現状だと私たちは思っています。
それは、私たちの勉強不足が一番の問題ではあるのですが、大学の授業にも疑問は感じています。建築と木の関係は、切っても切れないものであるにも関わらず、建築学科では木という素材を学べる機会が、他の建築資材に比べて少なすぎると感じていました。木の国日本であるからこそ、自国がもつ木という財産の価値、その現状や問題も知らなければなりません。建築を学ぶ私たちと、“木”には距離ができてしまっていたと思います。
そこで、実際に間伐材に触れ、そこに暮らす人々の生活とも関わりながら、間伐材の問題を考えることのできるこのコンペに魅力を感じ、応募したのです。
   
  ●街を見下ろす特等席
  そんな私たちの作品は「街を見下ろす丘で」と題した椅子です。
秦野には、緑豊かな山々があり、ハイキングコースが何本も張り巡らされています。そんなコースの傍らに、秦野の自然を感じ、美しい秦野の街を一望できる特等席を作りたい、そんな思いがアイデアに繋がりました。
大地から木がにょきにょきと生え、その成長具合(高さ)によって、機能が生まれる。つまり、木の高さによってステージになったり、座面になったり。そのようなイメージから第1次審査のために、下の絵を描きました。色んな太さや種類の間伐材が共演し、一本一本の小口からは様々な表情をした年輪が顔を見せます。
   
 
  第1次審査に提出した『街を見下ろす丘で』イメージ
   
  ●秦野の魅力
  秦野に到着すると、とても静かで夜空が大きいことに気づき、私たちが普段生活している所と比べると、その違いはとても新鮮でした。
作業に向かうため、制作場所までの急な坂道を登っていると、目線の先には山が次から次へと現れ、その風景の美しさが私たちの歩を進めてくれているように感じました。
   
  日光が容赦なく照りつけ、土や木屑にまみれる私たちを、市役所の方、地元の方などが本当に親身になって手伝ってくださったお陰で、スムーズに作業を進めることができました。何度も足を運んで工具を届けてくれたり、一緒にチェーンソーで木を切ってくれたり、時にはアイスを届けてくれた方もいました。
   
  全ての工程を終え、自分たちで作り上げたこの椅子に腰かけた時、その眺めは格別で、秦野市の魅力の一つに、海、町、山がとても近く絵画的な風景が楽しめることがあると気づきました。私たちはこの風景の価値を高めるために、この椅子を作りました。ところが同時に、この風景があるからこそ、この椅子の存在価値も高めてくれている、そんな気がしました。
また、年輪が並ぶ美しさは私たちの想像を超えるもので、これは私たちお得意のパソコンでも表現できないな、と実感しました。
   
   
  初めてチェーンソーを使いました   一本ずつ丸太を選んで並べます
   
  ●人と木の距離感
  私たちの作品は特に地元の審査員の方に好感を持って頂けたようで、プレゼンテーションの際にも、私たち以上に作品について熱く語って下さったように思います。特に、間伐材を大量に使用できる点や、簡単に作れる仕組みを評価して頂きました。今後街の人々で、同様の椅子を制作させてほしいとのお話も聞くことができ、間伐材活用に悩む市に対して、自発的な活用の為のひとつのきっかけを示唆できたことを喜ばしく思います。
このような地元の方からの後押しがあり、活用部門で最優秀賞を受賞させて頂きました。
   
  とあるニュースで間伐材が活用しにくい原因の一つに、安定供給ができない、という問題があることを知りました。そしてそれは間伐材が生まれる性格上、今後も変え難い事実であると思います。
今は、間伐材を市場に出す、というようなスケールで考えるのではなく、まずは地元が自分たちの単位で自分たちなりに間伐材活用に取り組んでいることを、様々な人に認知してもらうことが必要で、そのための情報発信も必要だと思います。それが今回のようなコンペであったり、教育機関やメディアが問題を取り上げたり。
様々な人を巻き込んで林業の問題を全員が当事者かのように考えられる社会が構築されなければならないと思います。人と木の距離を少しずつ縮めなければなりません。
私たちは今後秦野の山の中に、街を見下ろす特等席がある風景を、秦野の皆さんと共に創り上げていきます。その椅子が少しでも多くの人の目に触れ、そして木に触れてもらうことで、間伐材に関心を持っていただけたらと思います。
   
   
   
   
  ●<CUT>千葉大学大学院の学生によるチーム
メンバー:和田彦丸、奥村真倫子、牛島隆敬、皆川拓、渡辺剛士、生出健太郎、郡司圭
   
 
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