連載
  スギダラな人々探訪/第37回 「サンブスギ」
文/   千代田健一
  杉を愛してやまない人びとを、日本各地に訪ねます。どんな杉好きが待ち受けているでしょう。
 
   
  今回は千葉県のサンブスギの話題。サンブスギ(山武杉)とは千葉県東金市、山武市、松尾町一帯に分布する杉で、江戸時代初期から建具や船の材料として使われていたという歴史を持っている。
   
  今回ご紹介するのは、そのサンブスギの中でも「スギ非赤枯性溝腐病」という木の病に侵された被害木に関する話である。サンブスギは大工に「釘が入らない」と言われるほど密で固く、色味も薄紅色で美しいと言われている。どこの杉と比較してそうなのか不明ではあるが・・・挿し木によって植林されてきたサンブスギはまっすぐに成長し、断面が円に近いと言う特徴があり、昔から木材としての価値を高く評価されており、産業として成り立っていたのだと思う。ただ、この挿し木によるクローン種には前述の「スギ非赤枯性溝腐病」にかかりやすいという特性もあるようだ。それがどの地域にも共通するように木材としての需要が減り、価格の低迷、林業に従事する労働力の減少から山林の手入れをしてゆくことが困難となり、この溝腐病にかかる木が増えているのだそうだ。樹齢40年くらいの構造材として充分に使える木にこの被害が目立っており、腐った部分は脆くなって爪でむしることができる程度の強度だと言う。そのままにしておくと、腐った箇所は広がり、倒れてしまうことになる。問題なのはこれらが平地に分布しているということだ。車道に面したところも多く、腐った部分が景観に及ぼす悪影響もあるが、車道に倒れてきたりしたら大変なことになるわけで、この被害木の処理は山武市の中でも大きな問題になっているのである。
   
  このサンブスギに行き着いたのはとある建築関係のシンポジウムからだった。昨年から一緒にお仕事させていただいている建築ジャーナリストの中崎隆司さんから案内をもらい、杉を使った木構造の新しい試み「木を積む」というプロジェクトのシンポジウムに行った時のことである。東京大学生産技術研究所の野城智也(やしろともなり)教授と野城研究室の信太洋行(しだひろゆき)さん、構造設計家の腰原幹雄さん(同東大生産技術研究所准教授)と出会い、サンブスギのこととそのサンブスギの被害木を利用した家具プロジェクトのことをご紹介していただいた。
感の良い読者の方であれば、スギダラ的な繋がりを感じていただいていると思う。
メンバーのひとり、信太さん。日本人でお名前がシダーなのだから、正に杉である。
おまけに洋行! これは並々ならぬ縁を感じてしまったわけである。
   
  その後、構造設計の腰原さんには内田洋行のあるプロジェクトにアドバイスをいただいたりしており、スギダラ本部に来ていただいた折に、サンブスギの被害木を利用した家具プロジェクトのもう一人の登場人物、その家具群のデザインを担当した建築家の伊藤博之さんをご紹介いただいた。このサンブスギプロジェクトにはさらにもうひとつのスギダラ的な繋がりがあって、杉の絆の強さを痛感するのだが、その家具の製作を担当したのが、TH-1という工務店の朝倉さんという方だ。実はその朝倉さんが前述の建築ジャーナリスト中崎さんを我々に引き合わせてくれた張本人なのである。朝倉さんから始まった出会いの連鎖がまた朝倉さんのところまで戻ってくるという奇遇はいかにもスギダラ的と思わざるを得なかった。
   
  さて、本題に入りたい。
今回、このサンブスギのことを書こうと思ったのは、ちょっと疑問に思ったことがあったからだ。再度東大生産技術研究所を訪問し、野城さん、信太さん、伊藤さんにお話を伺ってきた。
被害にあった部位を積極的にデザインに活かした家具として、とても素晴らしい出来栄えであるのだが、そもそも被害にあっていないサンブスギたちはどういう状況にあるのだろう? というのがぼくの疑問であった。そもそもその被害木を活用するきっかけとなったのは何だったのか? その辺のいきさつから伺った。
   
  事の起こりは2003年から東大野城研で取り組んできた文部科学省管轄の産学官連携による「一般・産業廃棄物・バイオマスの複合処理・再資源化プロジェクト」の一環ということで、そのバイオマス研究のモデル都市として選ばれたのが、サンブスギの産地、千葉県山武市である。バイオマスの研究なので、被害木や間伐材の堆肥利用、ガス化による電力供給の仕組みづくりなどが検討されるのであるが、被害にあって腐ってる部分だけを取り除いたり選別するにも手間とお金がかかるので、バイオマス以外で他に活用の方法がないか木材構造の専門家である腰原幹雄さんに相談をすることになる。腰原氏は当初ブロック状にして積み木のように使う構造材としてなら使えるか?とか、板材にするとどれだけ使える部分が出てくるか策を練るのだが、そもそも被害にあって腐ってる箇所を取り除き、正常な部分を長尺の建材として製材するのは、木取りが難しくなり、余計に時間もかかるし、手間がかかる割には被害木ということで市場では価値が下がってしまう。よってチップにして燃料としたりするしかない。それでは芸が無い。何か新しい価値を見出せないか検討の末、手間をかけずに通常の製材手法で被害箇所を気にせず板材を引き、出たとこ勝負で活用する方法を模索することになる。その腐った部分の欠点をデザインで解決してゆくことを検討するのであるが、そこで登場するのが建築家の伊藤博之さんである。
   
  信太さんと伊藤さんは現地に赴き、とりあえずその被害木を切ってみるところから始める。事前に腰原さんからは腐った溝の部分はそのままにしてガラスを載せてテーブルの天板として使いたいとの話を聞いていたらしいが、その被害木を実際に見た時、伊藤さんは見た目がワイルド過ぎると感じた。しかも病気になった木をそのままリビングなど居住空間に持ち込み、この上で食事を取ったりするテーブルに使うには抵抗感があり、ひと工夫しないと使えないのではないかと考えたそうだ。
   
   
   
  確かに切り出された板材はかなり激しい形相をしている。溝腐れ部分が木によってどこまで侵食しているか、切ってみないとわからないし、溝が板の中でどういう意匠を持ってくるのかわからない。本当に出たとこ勝負で、それぞれの材料をどう使ったらいいか個別に見て行くしかなさそうである。これは思った以上にやっかいだ。一方、溝腐れした部位はその色合い、木目、質感が、意図的に作ろうと思っても作れない味わいを持っている。例えて言うなら、数百年生の大径木の根っこの部分や人工林ではない野生の杉を切り出した時に出てくるようなそれこそ野生的な表情に近い要素を持っていると感じる。昔はそんな激しい表情を持った材料を座卓の天板や衝立として、工芸品的に使ったりしたのだと思う。ただ、そういう使い方ができる素材はめったにあるものでは無いし、職人が長い時間をかけて作り上げてゆくものだから成り立っていたのであろうが、この被害は大量に植林されたものに発生していて、かなりの数量があるため、希少な価値を見出すこともできない。それどころか、被害にあった木として安く買い叩かれているというのが実情のようだ。伊藤さんが言うようによほど工夫を凝らさなければ、家具材料として現代的に使ってゆくのは難しそうである。
   
  素材としては赤味が強いというより、赤黒い感じで、オイルを塗るとさらに深みが増すという魅力も感じていた伊藤さんはこの腐った部分でできた溝をどういう風に見せてゆくか検討する。この話を前述のTH-1朝倉さんにしたところ、京都のデザイン会社リブアートの谷口さんという方が、溝をうまく見せる家具を作っているということで紹介され、実際の製作を引き受けてくれることになったそうである。
融点の低いスズや透明なアクリル樹脂で埋めたり、ブラシをかけて溝をそのまま残したり、使う箇所やデザインするモノに応じた処理の仕方を検討していった。
用意した家具はダイニングテーブルと本棚、ローテーブルの3種類でそれぞれにふさわしいデザインと溝の仕上げ方が考案されている。
   
   
   
   

design:伊藤博之さん(伊藤博之建築設計事務所)
http://www.ofda.jp/ito/works/type/06other/03/index.html

photo:阿野太一さん

   
  できあがった家具群はどれもシンプルモダンなテイストの現代的な感覚で、かなり研ぎ澄まされた印象で美しい。ディテールの押さえ方、つくりこみもとても丁寧で、高級感があるし、実際の製作ではかなり細かい手間をかけているだろうから、名実共に上質な高級家具となっている。最初からここまで突き詰めていった理由を伊藤さんに聞いたところ、以下のように語ってくれた。
   
  「杉の林に病気が蔓延していることが社会的にも問題となって、林業の衰退にも繋がっていて、それを何とかして行かなければならない。それをある程度富裕層の方に理解してもらい、これを所有することがステイタスとなるように価値を認めてくれれば、ある価格帯で出していける可能性があるのではないか。ある程度お金を出せる人がハイブリッド車に乗るように、ランニングコストを抑えるということもあるが、それよりもそういったものを所有しているということに意義を見出している。そういうものとして売り出せれば、道があるのではないか・・・」
   
  なるほど、その通りである。信太さんのチームはこの問題に対して、ものづくりの中では手間をかけて向き合ってゆくアプローチを取った。実際は1,2ヶ月の短期間で詰めて作っていったそうであるが・・・
  スギダラ倶楽部ではどちらかと言うと手間をかけずに杉をできるだけいろんなところに使って行こうとすることが多かったが、このような向き合い方もあると実感した次第である。単にいいデザインとして昇華させて行くのではなく、この被害木のように社会的に起こっている問題を世に知らしめ、その考え方に賛同者を増やしてゆく必要がある。アプローチは違っても根っこのところでは同じような想いがあるのだと感じた。
   
  このプロジェクトの成果として出来上がったサンブスギの家具は、2008年のグッドデザイン賞を受賞しており、この時の審査員の一人がスギダラのメンバーでもあるデザイナーの五十嵐久枝さんというのも奇遇だ。
http://www.g-mark.org/search/Detail?id=34120&sheet=outline
   
  もうひとつ、この取り組みもやはり人の繋がり、人が持っている想い、情熱が繋がって起こっているということだ。バイオマスという循環系のしくみづくりの研究過程で野城研究室はサンブスギ被害木と出会い、信太さんがデザインを伊藤さんに依頼。伊藤さんのデザインを見事なモノとして作りあげた谷口さん。その出会いを繋いだ朝倉さん、こういった連携がこの成果をもたらしたのだと思う。一方、グッドデザイン賞を受賞し、社会的にも注目あびてはいるが、このサンブスギの被害木の具体的な出口はまだ見つかっていない。
  産業として成り立たなくなっている原因は木材の輸入による国産材の価格の低迷やライフスタイルの変化、ものづくりのトレンドといったことだけではなく、それぞれの地域特有の問題もあることがわかった。そんな中、こういった問題に真っ向から取り組んでいる人々が必ずいて、スギダラ倶楽部にも繋がった。今回、月刊杉という媒体でどれだけこういった社会に巣食う問題を訴え、世の関心を引き出せるか未知数であるが、そのような機会に恵まれたこと自体に感謝している。この出会いと連携をさらに広げて行きたい、具体的に動いて行ける仲間の輪を広げて行きたい、と思った。
尚、このサンブスギの家具の一部はミラノ・サローネ「JAPAN DESIGN SELECTION 2009」に出展される。
   
  取材に応じてくれた東京大学生産技術研究所 野城研究室の信太洋行さん、建築家の伊藤博之さんに感謝いたします。ありがとうございました。(ち)
   
 
 

左:伊藤博之さん(建築家) http://www.ofda.jp/ito/index.html
右:信太洋行さん(東京大学生産技術研究所 野城研究室研究員) http://yashirolab.iis.u-tokyo.ac.jp/

   
   
   
   
  ●<ちよだ・けんいち>インハウス・プロダクトデザイナー
株式会社内田洋行 テクニカルデザインセンター所属。 日本全国スギダラケ倶楽部 本部広報宣伝部長
   
 
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