連載
  杉と文学 第13回 『吉野葛』 谷崎潤一郎 1931年
文/写真 石田紀佳
  (しばらくまんがは休止します。)
 
 

緑の葛の葉が風にふかれて白い裏を見せる。白狐、手漉き紙の白と、それを漉く乙女の白い指。吉野葛というタイトルが葛粉の白を彷佛させるせいか、この物語は白い印象…、と一度きりしか読んでないものをふりかえると、ふっと「ずくし柿」の透明に真っ赤に熟したのが思い出される。そして秋の吉野の山の色。
清廉にして色鮮やかな物語。

吉野が舞台なら杉のひとつやふたつ出てくるだろうと気安く手にとったが、ほんとにひとつふたつの杉の文字があっただけだった。杉とは書いていないが、筏師の話がでてくるのも杉を運んだのだろう。杉のことを少し知ってからは想像できる映像が具体的になったかもしれない。
ともあれ、この小説は吉野杉ではなく吉野葛であり、また手漉きの紙が大切な役割をしていた。昆布という姓が多いとの一文に、思い当たる節があったので紙舗直の「紙の大陸」をめくってみた。昆布久(こぶきゅう)の紙をすく昆布きよのさんについて書いてあって、彼女の写真ものっていた。かわいい人で当時80才でまだ元気に紙を漉いていた。
小説の中で津村が見初めた少女は、もしかしてきよのさんがモデルだったのかしら、などと勝手な空想がふくらむ。御存命ならきよのさんは90才をこえてらっしゃるはずだ。

さて、杉がでてくる情景は、
「この辺、楓が割合いに少く、かつ一と所にかたまっていないけれども、紅葉は今が真っ盛りで、蔦、櫨、山漆などが、杉の木の多い峰の此処彼処に点々として、最も濃い紅から最も薄い黄に至る色とりどりな葉を見せている」。
野州塩原の秋のように山一体が真っ赤に染まるのもいいが、ここ吉野のような「黄を基調にした」秋の色も悪くないといい、「〜その葉が、峰と峰との裂け目から溪合いへ溢れ込む光線の中を、ときどき金粉のようにきらめきつつ水に落ちる」と述べる。

物語の最後のほうで主人公は「木深い杉林の中」を案内の人につれられておっかなびっくり行く。運動神経があまりよくない彼はけっきょく足元ばかり気になって風景を楽しむことができなかった。けれども読者はそれほどまで険しい道なら…とよりいっそうその風景の美しさに入っていける。

   
   
   
   
  ●<いしだ・のりか> フリーランスキュレ−タ−
1965年京都生まれ、金沢にて小学2年時まで杉の校舎で杉の机と椅子に触れる。
「人と自然とものづくり」をキーワードに「手仕事」を執筆や展覧会企画などで紹介。
近著:「藍から青へ 自然の産物と手工芸」建築資料出版社
草虫暦:http://xusamusi.blog121.fc2.com/
ソトコト10月号より「plants and hands 草木と手仕事」連載開始(エスケープルートという2色刷りページ内)
   
 
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