連載

 
東京の杉を考える/第25話 「100年後の東京の森」
文/ 萩原 修
あの9坪ハウスの住人がスギダラ東京支部長に。東京から発する杉ものがたり。
 
 

7月12日。武蔵五日市で「スギカワ2008」が開催された。どうなることかと最後まで心配していたけど、多くの人の協力のおかげで、なんとかかたちになった。そして、いろいろと課題も見えてきた。

ひょんなきっかけから、昨年10月から通いはじめることになった武蔵五日市。月1回のペースで通いはじめて、あらためて見えてきたことは多い。自分の家から1時間ちょっとのところにこんなに自然があること、あたりまえだけどそこで仕事をしている人やこどもたちがいること。遠足やレジャーじゃなくて、自分の日常の暮らしの中に武蔵五日市がある状態が少しずつ実現しつつある。最近では、月に2回、いや毎週のように通うこともある。

それでも、今回「スギカワ2008」を開催して感じたことは、東京23区の人にとっては、武蔵五日市がすごく遠いということ。ここまで足を運んでもらうことの難しさを痛感した。より具体的に、ここでの活動との関わりをつくっていく必要を感じている。

話はかわって、先日、東京のある神社の宮司から興味深い話を聞いた。その神社は、そのままだと存続の危機にたたされていた。そこで、思い切って、土地の半分をデベロッパーに貸して、マンションを建てることにした。50年〜70年の定期借地権だ。定期借地が終了後、マンションを壊しそこに森をつくるのだと言う。都会の中の小さな森。森の中の神社。この計画がほんとうに実現されるのかどうかはわからない。わからないけど、実に夢のある話だと感じた。現在のことだけじゃなくて、自分が生きている間のことだけじゃなくて、どこまで未来のことを考えられるか。現在の自分たちの行動が100年後の暮らしにつながっている。そう考えると、背筋が伸びる。下手なことはできないと思う。

その話を聞いたからかどうかわからないけど、中央線に乗って住宅街を眺めていて、家より大きな木が何本かまとまって生えている場所が何カ所もあることにあらためて気づいた。そう、東京の町を、森にすることだってやりようによってはできるんじゃないか。一定の広さに対して森をつくる。家や建物は、森の高さ以上にならないようにする。すでに、神社や農家で、そのような佇まいの地域はある。たぶん、このままだとそれらは、どんどん減っていくだろう。そうではなくて、それを100年ぐらいかけて、ふやしていくにはどうしたらいいのか。そんな環境に住みたいと考える人がどうやったらふえるのか。

住宅街に森を増やすのとは逆に、森の中に住宅を建てるのはどうなのだろうか。森を守りながら、東京の西側の武蔵五日市や青梅に住む人をふやすにはどうしたいいのだろうか。ある程度、密集していて、お店もあって、仕事もあって、歩いて過ごせる森の中のまち。そんなまちが100年後に実現できたらいいなあと思う。人間は、ひとりでできることは、かぎられている。目の前のことにしか関心をしめさない人も多い。それでも、100年後のことを考えて、行動する人がひとりでも増えていけば、未来は変えられるかもしれない。

もしかしたら、ぼくは、どんなところで、どんな暮らしがしたいのか。そのイメージを想像することすらあきらめていたのかもしれない。武蔵五日市に通うようになって、少しだけそのイメージが膨らみつつある。ひとりでは生きていけない。多くの人とつながりながら、100年後をみつめながら、一歩ずつ進んでいきたい。

   
   
   
   
   
   

●<はぎわら・しゅう> 9坪ハウス/スミレアオイハウス住人。

 



 
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