連載

 
新・つれづれ杉話 第17回 「杉木立の陰に宿るもの」
文/写真 長町美和子
杉について、モノづくりについて、デザインについて、日常の中で感じたモロモロを語るエッセイ。 
 
  今月の一枚

※話の内容に関係なく適当な写真をアップするという身勝手なコーナーです。

冬の鱈三。寒くなると、南向きのリビングの奥の奥まで日が入り、桐の床(すみません杉じゃなくて)がポカポカに温まります。そこで無防備にくつろぐ猫を見ると、もっとポカポカになれるのでした。
 
 
 
 
 
 
    杉木立の陰に宿るもの
 

 

 

雑誌『コンフォルト』の書評の仕事で、建築家であり芸大の教授でもある(今年退官されます)益子義弘さんにお会いしました。益子さんの文章は前に場の領域や広がりを解説する文章を読んだことがあるだけで、書籍としてまとまったものを読むのは今回が初めてのこと。もう、なんというか、ははぁ!とひれ伏したくなるほど魅力的な言葉の連続で、もちろん内容的にも素晴らしく、こんなことは滅多にないのですが、心に響く部分をノートに書き写しながら読んだのでした。

   
  その2冊のうち、『建築への思索―場所を紡ぐ』(建築資料研究社)に杉に関する印象的な写真が載っていました。最上盆地の一面の田んぼの真ん中にこんもりと茂った杉木立と、その前にポツッと立っている鳥居の風景。こういう景色は、地方に出かける途中の列車からよく見かけます。その木立の中にお社があるんだろうな、というのは、日本人なら教わることがなくてもわかるし、足を踏み入れなくてもそこがどんな雰囲気に満ちているのか想像できるでしょう。
益子さんはこんな風に描写しています。
   
 
  浅黄色の稲穂の広がりの中でその杉木立は特有に色濃い緑を見せ、まぶしい光とその空間の中に一点の深い陰を宿すというふうでもある。
   
  暗い森が前に立っている鳥居の赤を強め、鳥居の赤が背後の杉木立の陰を深めている、その組み合わせに、益子さんは「信仰と呼ぶ以前の、土地への感謝や拠り所に寄せた形」を見るのです。
   
  杉は神木として神社の境内にも植えられますし、この場合も、田んぼの中のお社を守る意味で杉木立がある、という説明の仕方をするのが一般的でしょう。でも、ここで興味深いのは、益子さんが杉の存在そのものではなく、杉木立がつくる「陰」に注目している点です。
   
 

木立の中にある小さな祠はその陰に芯を与えているに過ぎず、むしろ、木々が生む陰り以外に実体は何もないと言っていい、と益子さんは書きます。

   
 
 

たぶんひと叢(むら)の木立は、光まぶしい野の広がりの中で、ぼくらの体が自然に欲する影の所在であると同時に、ひとびとの心や精神が光の渇きの中でごく自然に求める陰りなのだろう。赤い小さな鳥居は、その陰りに付されたひとびとの共感の形、そうした場所を通して想像される深い自然への畏敬の気持ちの印なのだと感じられた。

   
 

これがヒノキの木立だったらどうか、松林だったらどうか、と考えると、たしかに杉のこんもりと茂った暗い陰りは特別な緊張感、畏れのようなものを持っているかもしれない、と思い至ります。周囲の明るさから切り離された別世界への入り口。それは杉の木そのものの存在だけでなく、杉の濃い緑がつくる影の力でもあった、と。目からウロコのお話でした。

   
 

余談ですが、この益子先生、インタビューすると、まるで本に書かれているまんまの美しい言葉が口から流れてくるのです。理路整然としている、という以上に、表現が詩のように美しい。話言葉をそのまま書き写しても読める、という人はなかなかいません。頭の中身をのぞいてみたい、久々にそんな方に巡り会えた、幸せな経験でした。

   
   
   
   
   
 
 
  <ながまち・みわこ>ライター
1965年横浜生まれ。ムサ美の造形学部でインテリアデザインを専攻。
雑誌編集者を経て97年にライターとして独立。
建築、デザイン、 暮らしの垣根を越えて執筆活動を展開中。
特に日本の風土や暮らしが育んだモノやかたちに興味あり

   
   
   
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